内緒話
触れられない温度を求めていた
それを知ってしまった今
此の心地良さを手放すなど、もう、
「な、夏目くんごめんなさい!!」
ピンポン、とチャイムを押してから数分。
ぱたぱたと慌ただしい足音に続いて聞き覚えのある声が聞こえてきた。
だいぶ急いだのだろう、顔が赤くなっている。
「いや、大丈夫」
午後から会う約束をしていて、ただいま六時を回ったところだ。
「それよりごめん、ご両親に怒られなかった?」
あすかの普段の行動を見ていればわかるが、恐らくいい家庭で育ったのだろう。
だから、夜から呼び出すのには正直気が引けた。
だが、そんな夏目の心配とは裏腹に彼女はうんと笑う。
「なんかね、すごく楽しそうに送り出されちゃった」
「…そう。なら、よかった」
あー、これはたぶん勘付かれたんだろうなー。
ちらとそんなことを思ったが、それならそれで話は早い。
遅くまで連れ回すつもりはないが、夜でないとつまらないものを今日はしたかった。
「…じゃあ、行こう」
「あ、うん」
あすかに向かって手を出してみると、自然と指が絡まった。
恥ずかしそうなのが繋がっている指先から伝わってきてくすぐったい。
小柄な彼女の歩くスピードに合わせてゆっくりと歩く。
彼女の歩くペースはもう覚えた。
最初は速く歩きすぎて彼女を小走りにさせてしまい反省したことを思い出した。
「遠藤さんの手、冷たいね」
「えっ!そ、うかなあ…」
思い出した過去の失態に恥ずかしくなって声をかければ、あすかはきょとんと首を傾げたようだった。
「うん、ひんやりして気持ちいい」
「うーん…あ、でも、夏目くんの手はあったかいね」
「冬に活躍するんだよ」
「じゃあ、冬はお世話になります」
笑いながらきゅっと軽く手を握られた。
それを握り返せば、彼女が嬉しそうに笑う。
「あ、ねえ夏目くん。どこに行くの?」
「……秘密」
秘密と言っても目的地はすぐそこで、今も微かに水の音が聞こえる。
「……川?」
「うん。ちょっと待ってて、荷物持ってくるから」
つないだ手をそっと離して高架下へと急ぐ。
離れた手の温もりが寂しくて、わずかに手を握る。
高架下に隠していたバケツを抱えてあすかの元へと戻る。
「わ…花火?」
「うん、昨日見つけて遠藤さんとやりたいなと思って」
「花火好きなの。ありがとう夏目くん!」
ぱあっと嬉しそうに笑う顔を見て夏目の頬も緩む。
付き合う前からずっと近くで見たかった顔だった。
準備を済ませて立ったまま微動だにしない夏目にあすかがそっと声をかける。
「…夏目、くん?やろう?」
「…あ、あぁ。ごめん。じゃあ火つけるよ」
ロウソクに火をつけると、夏とは言え薄暗かったあたりがぼうと明るくなった。
ゆらゆら揺れるロウソクが夏の終わりを示しているようで切なくなる。
しゃがみこんでいるあすかの隣に夏目もしゃがみ込む。
花火に火がつけられることはなくて、互いに炎を眺めた。
「……夏目くん」
「うん?」
「……好き。大好き、です」
驚いて思わず顔をあげるが、あすかの顔は夏目を向いていなかった。
炎に照らされた横顔が赤いのが分かって、つられて夏目まで赤面した。
「……うん」
決して苦ではない沈黙が流れる。
互いに口を開かず目を合わせることもせず。
微かに触れ合う肩が熱い。
相手がいる側にばかり意識が集中して、でも振り返ることは出来ない。
と、故意に空気が流れてあたりが突然暗くなった。
ふっと隣から聞こえたのは幻聴ではなく、あすかは夏目を見上げた。
「な、夏目くん…?」
ロウソクの灯りに慣れた目が暗闇の中でぼやけてしか夏目を認識してくれない。
だから、反応が遅れた。
「……ん、」
ちゅっと軽いリップ音を残して離れた夏目の香りに、あすかははっとした。
衣擦れの音がして夏目の匂いが気配がすぐ近くでして、唇になにかが触れて。
唇を押さえて夏目を見上げたあすかが再び夏目の香りで包まれる。
「な、夏目く…」
「……ごめん」
「…え?」
抱きしめられてると理解が追いついたのは耳元で声がしたからで、喋る息が耳にかかってくすぐったい。
「…我慢、出来なかった」
ぽつりと低く落とされた言葉にびくりと反応する。
あすかがどうしようかと戸惑っていると、「あ」と声がして夏目が身体を離そうとした。
思わず服の裾をつまんで引き留めると、息を飲む音がした。
「…いいよ」
小さく小さくかろうじて聞きとれたあすかの声に嫌悪は含まれていなかった。
軽く服をつまんでいたあすかの手がおずおずと伸ばされてまわされたのは夏目の背中。
「…遠藤さん」
「…ん?」
遠慮がちに抱きしめてみると、あすかからも同じ反応が返ってくる。
「俺も。大好きだよ」
暗闇に慣れた目がぱちりと合って、それからあすかはふわりと嬉しそうに笑った。
その顔が可愛くて、色々吹っ飛びそうになったのを理性で必死に抑える。
――だから反則だってば、その顔。
合ったままの目が、ふと閉じられた。
俺は、それ、許可としか捉えないよ知らないよ、と言い訳をしながら顔を近づけてみるが一向にあすかの目が開かれる気配はなかった。
「……」
再び近付いた唇がふわりと重なる。
触れるだけの、軽いキス。
「……あすか」
ほんのわずかに離した唇の上で息を転がすように囁く。
ぴくりとわずかに反応したあすかの唇にもう一度己のソレを落とす。
触れるだけでそれ以上は動かなかった。
「……好きだよ」
十分の間をおいて離れた唇と、どちらからともなくこぼれた愛を囁く言葉。
照れたようにさげていた視線をあげれば互いの視線が絡み合う。
ロウソクのあかりが消えた夜の闇の中、満面の星空が瞬いて見えた。
内緒話するみたいにくちづけ
FIN
*雑記*
今回は二人に少し成長してもらおうと思って書いたものでした。
……思いの他成長してくれました。いや、オカーサン的に名前呼びは今度でよかったよ。
でも、お互いに頑張って色々歩み寄ってる感じとか出てるといいなと思います。
女の子のふとしたときの表情が可愛くて色々吹っ飛びそうになる男の子が可愛いですよね。私だけでしょうか。
初ちゅー初ぎゅー初名前呼び。だいぶ成長してくれました。初々しくて可愛いですね。
この子たちは今後もずっと見守っていてあげたい二人です。
みなさんも是非、温かく見守ってやってください。 緋百