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夜の子シリーズ

顔はあげて力は抜こう

作者: そら

今日は大雪のため早く帰れたので、つい短編を書いちゃいました。

自分でもなんでこんな話になったのか不思議。

  うちの母はとてもユニークだ。


 中肉中背の平均的な「お母さん」にしか見えないけれど、ちょっと母の子育ては今思いおこしても、やっぱりちょっとどころか大層変わっていたと思う。


 母の見た目だけを言えば可愛い系だけど、やる事なす事確かにぶっとんでた。


 あたしが思い出す母の「違うだろ~」と思う最初の記憶は、確か保育園の年中さんになったある日の出来事だ。


 父親という存在がいるというのをその日の保育園の行事で知ったあたしが、帰り道になにげに聞いた一言「私のお父さんはどこにいるの?」と母に聞いた時だった。


 保育園の先生にその場で聞いた時は「美羽ちゃん、大丈夫よ。あんなに素敵なお母様がいらっしゃるし、天の神様がちゃんと見守って下さってますからね」そう答えて抱きしめられた。


 しかしどうにも納得できず、お迎えにきた我が母に同じ事を問うあたしに母はバカにしたように私を見て笑って言った。


 「あんたの生物学上のならとうに死んだわ。でもね、現在ぜひとも私の夫になって欲しい現時点での一番は〇〇〇ね。あれは絶対ありだわ、いいわねぇ」


 そう、ニヤリと笑いあたしが大好きで毎週欠かさずテレビで見てる某アニメのキャラ、それもヒーロー側ではなく悪の方のトップの名前をあげた。


 その日は寝るまで、ちなみに母がだけど、いかにその悪の大王が使えるいい男なのかを、この幼いあたしが眠りたいというのを許さずに起こされ続け「いい男の条件」とやらを延々と具体的に説明された。


 あたしが大好きだったヒーローがどんなにダメダメな奴かも、あたしに同時に言い聞かせながら。


「正義という愚直な単純さは恐ろしいの、あんたの嫌いなお化け以上なんだから覚えときなさい」


 そう四歳児に言われても、それを理解できるものか、と今なら言えるのに。


 その時ついでに、ついでだと言っていた・・・。


 どうして子供ができるのかを女の子として夢を見る暇なく懇切丁寧に母に説明を受けた。


 いらないよね。


 もちろん当時四歳のあたしが理解できた事なんてたかが知れてるけど、確かにあたしの中で保育園で読んでもらったキャベツ畑や妖精の祝福やら諸々の赤ちゃん誕生神話があたしの中から消え去った瞬間でもあった。


 あたしは、今でもあの時に母の言った「ヒーローなんてのを、ましてや自分からやるような奴ほど危ないやつはいない、同じ唯我独尊でも余裕がある悪の大王の方がいいんだ」と言いながら、真剣に私に男の選び方を諭す母のあの声と、どこか凍りつくような目で遠くを見るような母の顔も何故かはっきりと今も覚えている。


 何故あたしに父親がいないのかと聞いただけなのになんで夜も寝させてもらえないでこんな事になったんだろう?そうしてあまりにいろいろありすぎて眠れなくなったのに、その元凶の母が気持ち良く眠るのを茫然と見ていたのも覚えている。




 そんなふうに母はいつでも、あたしに対して子供扱いなど一切しなかった人だった。


 そうしてそれはミルクを片手に小さな体でちょこんと座るあたしと、お酒を片手に飲みながらその時々の話題を「そんな無茶苦茶な」というくらいの理屈で話してくる母との妙な団らんというの形が中学を卒業する年まで続いていった。


 大きくなるにつれて飲み物をミルクからコーヒーに変えて。



 「目には目を」


 「人は信じるな、ただし信頼できる人は見つけろ」


 「泣いてる暇があれば動け」


 いろいろな会話の中であたしが母に教わった言葉だ。




 ある時、美談としてニュースが流れた時があった。


 当時小学生の私も子供ながら感動した話しだった。


 自転車を道端から拾った子が一生懸命それを整備し綺麗にして交番に届けたという話しだった。


 持ち主も見つかり、それがどうやら盗まれたまま放置されていたという話しも一緒に流れた。


 私が「良かったね」とニュースを見ていうと母はその時綺麗に笑った。


 ニヤリと笑わずに綺麗に笑った時は母がろくでもない事を考えている時だと、さすがにその頃にはあたしもわかっていた。


 思わずそのまま身構えていたが何もおこらずにいたので、その話しすらいつか忘れていた。


 しかしその後、母が私を電車に乗せてつれていってくれたのは忘れてた話しの片方の当事者の家だった。


 そこで見せられたのは、持ち主に帰された自転車が、新しい自転車の陰に放置されて埃をかぶっている姿だった。


 「誰も悪くないけど、どうしようもない事がある」


 それを見ながら母は言った。


 持ち主はないものとして新しい自転車を買った。


 だから自転車が戻って確かに嬉しかったけど、やっぱり新しい自転車の方がいいから新しい自転車に乗っている。


 だけど折角戻ってきた自転車も処分できない。


 そこでこうして車庫の肥やしになっているいるのだとその姿を見せられた。


 帰り道で更に母は私に例えの話しをしてくれた。


 あの自転車を綺麗に直して届けた子供の話しをしよう、と。


 「万が一交番に届ける前に、その子が試し乗りを自宅の庭でなく普通の道路でしたとしたらどうなったと思う?」


 「そうして運がない事にパトロールのお巡りさんに呼び止められて自転車の防犯登録の確認をされたらどうなったと思う?」と私に聞いた。


 あたしが「わからない」と答えると母は私を見ながら言った。


 「簡単だよ、自転車窃盗になるんだ」


 そう淡々とあたしに言った。


 私が「そんなはずない、盗んでなんかないもの!」と怒ると、持ち主ではない人が乗っている段階で、まして貰っものならば最低限答えられる持ち主の名前さえわからないんだよ、その子の親やその子が「拾ったので直していました」と答えても、お巡りさんは気の毒そうに「決まりは決まりだから」と言うしかないんだよ、と電車の窓を見ながら母はあたしに言った。


 誰も悪くない、だけどどこか変な事は腐るほどこの世界にはある。


 だから自分で自分のありようをきちんと持たなきゃダメだ。


 あんたは自分が自分として生きられるようにならなきゃいけない、何にも縛られず自分が自分の心が、より明るい方を選んで生きていけるようにならなくちゃ、と母は珍しくあたしの頭を撫でながらその時言った。


 その後その自転車の話しが出る事はなかったけど、あたしは善も悪もその境界があやふやな中にある事を少しわかった気がした。





 やがて大きくなっていったあたしは変に飄々とした大人びた子供になってしまったように思う。


 そう、どこかが他の子とワンクッションずれた変な子供に。


 それともう一つ母のユニークなところは、お金に糸目をつけずにあたしに習い事をいくらでもさせた事だ。


 ただしそれには「勉強」というのは入らなかったけど。


「勉強なんて学校に通ってるんだから学校でやればいいし身につかないのならあんたには必要がないんだろ」と言っていた。


 そうして母に言われるまま素直にあたしが習ったのは古式水泳に始まって、アウトドア一式がある。


 ガールスカウトなんて洒落たものなんかじゃなくどこで知り合ったのか如何にもな外人さんから教わるサバイバル術の数々がメインだった。


 先生である異国の彼は背が高く寡黙で凄くこわもてな人だった。


 自分をDと呼べとアルファベットの一つのDと呼ばせた。


 それもあたしのDという発音が一番まともだからという理由で。


 数年かけてお互いの関係が何となく落ち着いてくると、サバイバル中の山や大きな川などでたまに口ずさむようにDが聞かせてくれる歌や、特に機嫌のいい時に話してくれる戦争や危ない仕事での面白くも怖いような話しをしてくれた。


 あの独特の人口の明かりなどない暗い夜の原始のような世界と共に鮮明にそれを覚えてる。


 彼には保育園の年長から始まって中学に上がるまで長い休みに入れば必ず預けられたし、彼に暇があれば休みなど関係なしに連れられて出かけていた。


 初めは日本国内だったのが海外にまでいくようにいつのまにかなっていた。


 それと共に英語やスペイン語などの外国語もDが教えてくれた。


 あたしは彼に馬鹿にされるのが嫌で、それらの言葉を必死に覚えた。


 次に会った時つたないなりにも現地の言葉で会話すると、彼はちょっと目を細めて、すぐにその柔らかい表情を一瞬で隠してしまうけど笑うのだ、嬉しそうに。


 彼があたしの父親代わりだった。


 中学に入って初めての夏休みなのに中々迎えにこない彼を待ってる私に母は彼はもう来ないと何でもない事のように簡単に言った。


 それを聞いてあたしは母に隠れてワーワー声を布団で抑えながら泣いた。


 なぜならDとは二度と会えないとそれでわかったから。


 けれど母の前で泣くなんて、どれだけこの先それでからかわれ続けるかわかるので泣けなかった。


 母はあたしが泣く事をひどく馬鹿にするから。




 彼の言葉の幾つかを思い出す。


 「ミー、俺が生きてるうちは俺が渡せるものは全てお前に渡してやる、ママには言うなよ。鼻で笑われてからかわれるのがオチだ。俺は散々ひどい事をやった。現に今もやってる。そんな俺への神とやらからの嫌がらせはお前を俺に与えた事だな。だが・・まあ、いい。所詮俺は俺だってことだ、変わらない」


 「大事な、それこそ自分より大事なそんなものが出来たなんて言ったって、俺を知る誰もが信じない。俺自身信じられないくらいだからな。だからって、この俺がヤワになるわけじゃないが、けれどお前だけが心配だ。」


 「今までより更に俺が生き抜く為にどんな事でもやってやる。なぁ、ミー、お前に俺の全てをくれてやる。俺がお前を迎えに行けなくなった時は俺がくたばった時だ。そん時はわかってんな」

 そう言って数字の幾つかとアルファベットをその年毎に変わるそれを暗唱させられた。


 彼、年齢も国籍も不詳な私のサバイバルの先生、Dと呼んでいた人はあたしに大金や彼との繋がりのある人間とをあたしに遺してこうしていなくなった。


 いつ、どこでどうなったかもわからないまま。


 この時は「落ち込む」というのがどういう事か身を持って知った。


 もちろんごく普通の習い事も通ってはいた。


 ピアノやバイオリン、合気道や剣道、居合道、自分でも良く続いたと思うくらい母に言われるまま習っていた。


 そう、学校にいく時間を削ってまで。


 母いわく、「義務教育というのはうまく効率よく休むもの」だそうだ。


 友達がいない、出来る暇がないともいう小学校と中学校の六年間をこうしてあたしは過ごした。




 そうして高校一年になったばかりの春先、母は死んだ。


 無茶苦茶な人だったけど一緒に歩いていた交差点で信号無視の車に大勢なぎ倒された中の死亡者の一人として母は死んだ。


 私をかばって抱きしめながら。


 私の方が母より十センチは背が高くなっていたのに、まるで当たり前のように私を抱きしめ、その身に庇って。


 ひどく、ひどくその死の理不尽さに泣いた。


 もうあたしが泣いてバカにする人はいないから。


 足だけ痛めただけのあたしはすぐに退院できた。


 交差点に突っ込んできた車が通り魔だったとか騒がれたけれど、それがなんなんだと思う。


 部屋に一人いてもいたたまらずに、母の部屋を片づけていた。


 本当に片づけるためにやっているんじゃなくて、ただ漠然と母の気配に触れていたかった。


 そうして過ごすうちに、母が生まれてはじめてあたしが落ち込んだ時に、Dがいなくなって落ち込むあたしに酔っぱらって言った言葉を思い出した。


 「どうしてもいつかはあんたより先にいなくなる。あいつのようにね。あいつは、お前の父さんの部下だったんだよ。ああ知らないって?Dと呼ばせてたんだっけ?まあいいさな、いつかあたしもいなくなって、きっとあんたもそのころはピッチピチじゃなくなってるよ、いい気味だ。あんたこの間目じりの皺を気にする私を笑ったろ。ばっちり知ってるんだからね。まったく・・・。まあ話は戻るけど、どうしても、ちっと生きるのに疲れちまったなと思ったら、ここのとこを開けてごらん。あんた次第のびっくり箱が入ってるから」


 その言葉を思い出した。


 私はノロノロと母が言うところのびっくり箱が入っている、母らしく無造作におかれている床下収納風の小さなそこを、教えてもらっていなければ気が付かないようなそこを開けた。


 そこには古ぼけた石みたいなものが置いてあった。


 ガサガサの茶色を通り越した黒に近い紙のようなものと一緒に。


 それを手に取ると同時に激しい光にみまわれ身を切り裂かれるような出来事を映す潮流があたしの脳裡にこれでもかというくらい叩きつけられる。


 それは物語、それは歴史、それは一人一人が生きた人生、国が興り国が亡び王が立ち王が滅っせられる。


 そうしてあたしは気を失った。


 まるで深い泥のような灰色の中、あたしは眠っていた。


 その泥があたしを優しく包み守る。


 そうしてあたしは知った。


 はるかな世界の終焉を。


 異なる世界の終焉に、その世界を統べる一族は一縷の望みを託して最も尊いと言われる直系の数少ない姫巫女達とその近衛達にその血筋にだけ仕える生き物、ある者は神獣といい、またある者は魔獣と呼ぶ最も強い生き物たちを添えて、最後の力を振り絞りまだ見ぬ世界に送り出した。


 そうしてこの地球という星にたどりついたのが母のまたその母。

 

 けれど地球ではその力はわずかばかり突出した程度でしかなく、肝心の強い生き物たち、彼女に付き従うはずの生き物さえ呼び出すこともできなかった。


 生まれた母もまたダメだった。


 けれど母は全てを聞かされ育てられた。


 また生き残っているのもわずかばかりで母の代では生まれた時から夫と定めれた男とその家臣のみ。


 だから母にとってはちょっとしたびっくり箱で、己の出自を知ることで気分転換すればいい、くらいだった。


 あたしの気持ちをリセットさせるだけのもの、という認識だったから、酔った拍子に話しただけのものだった。


 


 あたしはゆっくり灰色の中に埋もれて思う。


 すぐそばに付き従う気配が一つ、二つ、三つ。


 更にその外にもたくさんの気配。


 その気配がどんどん増え続けていく。


 あのはるかな世界、消えゆく世界からあたしを求め助けを求める生き物たち。


 だからあたしは灰色にまみれて思う。


 またせてごめん。


 さあ、早くおいで、ここにおいで。


 「私はここにいる」のだから。


 



 その時その滅びを待つばかりの世界で、声が響いた。


 「私はここにいる。私の声を求めてくればいい。今新たな門は開かれたのだから」




 滅びの力を加速させその力をも己に取り込んで三神獣の力も借りて、歴史上かってないほどの呪力を持つ尊き姫巫女が異界への門を開き、滅びをかろうじて生き残っていた、より力のあった人や動物や魔族などを一瞬にしてその地に呼び寄せた。


 その時それまでの地球は混とんうずまく新たな星に生まれ変わった。


 国をあげて対策に乗り出すもこれといって有効なものはなく、数年もしないうちに慣れていった。


 元々の地球に住むものは「昼を歩むもの」と呼ばれ、まるで悪夢のように現れたもの達を「夜を歩むもの」と名付け、数々の血で血を洗う争いを経てそれぞれの代表が調印し、大陸をわけあった。


 太陽がある時間は「昼を歩む者」がおおむね支配し、暗闇は「夜を歩むもの」がおおむね支配する。


 この「おおむね」というあやふやさに力を求め金を求める人間はそれまでの世界と変わらず奔走する。


 その不確かな世界のありようは、こうして出来上がった。


 




 「美羽~、待ってってば」


 あの突然の混乱から二年ほどは学校なんてものは通えず避難所で皆何とか暮らしていたが、やっと調印条約が結ばれ、学校も再び始まった。


 あれから更に二年もたてば、皆その生活を当たり前にしている。


 昼はこうして昔どうりに暮らすけれど、夜はそれぞれ各家の門や玄関につる草模様の飾りをぶらさげ「調印ずみ」の印をかかげ、家の中でひっそりと暮らす。


 たとえ街中を魔族や恐ろしげな生き物が闊歩しても、その印をかかげた家には侵入をしない。


 その「夜を歩むもの」たちとのルールを破れば殺されるだけの単純なルール。


 本来ならばもう卒業をするはずの18だけどみんなこれでもバリバリの女子高生だ。


 高校でできた友人たちが今日はどこで遊ぶ?と聞いてくる。


 高校も6年生になった。


 なぜなら昼で授業が終わるから。


 皆太陽が沈むまでには帰宅していたいから。


 会社も病院も同じだ。


 けれど「夜歩くもの」たちからの恩恵ともいえる新しい農作物や何やらで、何とか皆普通にそれで暮らせている。


 良い事と悪い事が半々だ。


 私は思い切りくるりと振り返って「カラオケ」と笑って答えた。


 私は2つをつなぐもの。


 夜を統べるものの女王。


 けれど今どきのちょっと飄々とした女子高生でもある。


 


 


 


 


 

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