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夏の夜の出来事

作者: 佐方仁優

夜の9時。みんなで遊びに行った帰りのバスの中は、冷房がひんやり効いていて、気持ちがいい。

煌々と点いている蛍光灯は家の中で見ていると、青白くてさびしい感じがするものだけれど、

バスの中だと幻想的だな、と感じる。

真っ暗な夜の中を明るく車内を照らしているバスが走る。


そして隣に眠っている彼の存在は私にはあまりにも素敵で

見つめていると、呼吸をすることを忘れさせてしまう。


子供のようにあどけない顔だ

びっしりとついたまつげの付いた目は、しっかりと閉じられていて

その周りを弓なりに囲う眉毛

しっかりとつむられた唇は

なぞりたくなるほどに優雅な形をしている

そして眠ることに一生懸命な表情・・・



息が苦しくなって大きく空気を吸い込むと、一度体の中に組み込まれたそれは深いため息に変わって口からこぼれる。

私の気持ちを外に吐き出してしまわないといつまでも体の中に不安に揺れる気持ちがたまってしまって苦しくなる・・・


いつからだろうか

いつもと同じだった筈のこの景色が、いつのまにか気づかぬうちに、生き生きとして煌びやかな世界に変わっていたのは

いつもよりも明るく輝いて見える街の通り

ドラッグストアの前に陳列された商品も、愛情であふれんばかりに感じる

あの時、テイクアウトで買った果汁の入ってないジュースですら、私の為に特別に作られたような飲み物のような味がして、驚いて隣に座っていた彼を見た

その時、『ん?』という顔をした彼の目にそのまま吸い込まれて・・・彼を見つめて・・・


・・・次に自分の心臓がドクっと鳴ったとき、私は恋に落ちたんだ、とわかった・・・




バスが止まって、数人の乗客がバスを降りた

次は私達が降りるバス停だ



明日は朝7時半から部活の練習、授業が終わってからも部活、

6時半に家に帰って、ごはんを食べたら今度は塾

帰ってくるのはいつも夜の10時ごろ


まるで生き急いでるみたい、なんて言われるときもある

でも、それが普通で忙しいとか周りがいうほど、そうは感じない


そして、いつも傍にいて、意識している彼の存在

朝の大きなあくびをしながらかばんを片側に背負って、前を歩く姿

運動場のネットの外側で走ってる姿

休み時間に通りすぎる彼の教室では

友達と数人で集まって何か楽しそうだ

ふいに顔を上げた彼と目があうと気持ちを見透かされたような気がして、急いで目をそらし教室を通り過ぎる

胸がどきどきして、顔が真っ赤になったのがわかる

急いで自分の教室に避難する


どうしてだろうか・・・あんなに離れていたのに、はっきりと彼と目が合ったのがわかる


目が合ったときは、まるで時間が止まってしまったみたいに、一瞬周りの動きが止まって、何も聞こえなくなる


彼の瞳が、私の目に焼き付いて離れない・・・




バスの運転手が私達の降りるバス停の名前を告げて、

それで目が覚めたのか彼は起き上がると手を伸ばして、前の座席の背中にくっついているブザーを押す。

その動きで私に寄りかかっていた体を起こす

周りを見回した後、目で『行け』と合図する

立ち上がってバスのドアの前に移動する



「ありがとうございました」

照れくさいから、小さい声で運転手に言ってバスを降りると、

並んで私の家まで一緒に歩く

送ってもらうのはもうずっと習慣になっている

もう今日は終わり、もうすぐ家に着いたらもう彼とはお別れだ

なんかせつなくなってくる


・・・まだ離れたくない、もっとずっと一緒にいたい・・・



「やっぱ、あっついな~、外は、もう夜なのにな」


「バスの中って天国だったよね」


「うーん」



急に彼が立ち止まるので私もつられて止まる

手をつかまれて引っ張られて、そのままぎゅっと抱きしめられる


突然の出来事に体が硬直する



「やっぱ冷たいよな~まだ、お前って体冷たいよな」


「・・・ひっ冷え性なの」


「何言ってんの・・・夏は便利だな」


「ばっ」


バカじゃないのっていおうとしたら、体が離れて手をつないだまま、さっさと彼は前を歩く

どんどん先を行くから彼の顔が見えない

それでいい、私もどうしたらいいかわからなくなってるから・・・

背が高くて、広い背中の後ろを私はついて歩く


私の家の前に来ると、いつものように「じゃっ」と言って彼は帰っていった

暗闇の中にどんどん消えていってしまう彼の背を目で追う

姿が見えなくなって、ドアを開けて家の中に入ると急にさっきの出来事を思い出して

『うわぁ』と心の中で叫んでしまう。



・・・ダメだ・・・今夜は眠れなさそう・・・


終わりだと思っていた今日は、明日の朝まで延長されそうだ・・・




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