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転移宝玉の示した地点に着いた瞬間、僕は思わず足を止めた。
一面の――カボチャ畑。
しかも全部、僕より大きい。
あの転がってきた怪物級カボチャは、どうやらこの畑の一員らしい。
そして、そのど真ん中にぽつんと祠があった。その前に、人影が立っている。
……いや、人影“らしきもの”だ。
狼の頭。人の体。そして、手には長い槍。
「……番人、かなぁ?」
言葉に出した瞬間、背筋に寒気が走った。
僕の方を見ている気がする。
あの狼の目が、ぎらりと光って――こわっ。
僕は慌てて異世界ガイドを開いた。
いつもの二人の女の子がページの中でひょこっと現れる。
「着きましたー! カボチャいっぱい! 美味しそーです!」
「はいストップ。それ、宝玉を盗むと攻撃してくるからね」
「え。……え?カボチャ、硬いよ~。当たったらマジ痛い」
「うん、痛いよね~」
「というか、あの狼頭は何なんですか!」
「見てのとおり、番人です」
「強そーですが!?」
「そだね」
「ウギャー! どーすんの!? どうすんのコレ!」
「よく観察するのよ」
「いーやーだー! ヒント教えてー! ヒントー!」
「だからぁ、よく見ろって言ってんの!」
……ヒントになってないよ。
ページを閉じてから、僕はもう一度番人を見た。
狼頭ってことは……強いよね、やっぱり。
むしろ、“強いよ”って書いてあるようなデザインしてる。何、あの槍?長いし、スゴく切れそう。
……マジで?
風魔法でいけるのかな……。
いや、まずは観察しろって言われたし……。
僕はごくりと喉を鳴らした。
僕は息を殺して、狼頭の番人を観察した。
ずっと突っ立っているように見えたけれど……よく見ると違う。
狼頭はゆっくりと顔を上げ、周囲をぐるりと見渡した。そのあと、祠のまわりを――ゆっくりと歩き始める。
その歩みは、本当にのろのろで、まるで古いゼンマイ仕掛けのおもちゃみたいだった。
一周すると、最初の位置に戻り、動きを止める。しばらくすると、また歩き出す。その繰り返し。しかも、歩く速さも、立っている時間もいつも同じだ。
「……これ、パターン?」
そう思って近くをよく見ると、番人の足元には……白いものが転がっていた。
骨だ。
大小さまざまな骨がゴロゴロと散らばっている。たぶん、ここに挑んだ人たちの――
背中がぞわっと粟立った。
それでも、引き返すつもりはない。
転移宝玉は絶対に必要だ。
僕は深呼吸してから、そっと異世界ガイドブックを開いた。……やっぱり、何か教えて欲しい。
「じゃじゃーん! ゲットしたどー!!」
ページの中で、いつもの女の子が転移宝玉を高々と掲げていた。ぱあっと光る宝玉を前に、もう一人の女の子が手をたたく。
「わー! パチパチパチパチ!」
「がんばったー! わたしスゴい!」
「うんうん!」
……ちょっと待って?
僕はページを前に戻す。その前のページを見る。
……ない。
どこにも“どうやって取ったのか”が書いていない。
完全に、端折られている。
「自分で考えろってこと……?」
僕は本を閉じ、狼頭の番人を見つめ直した。
――ここから先は、自分で掴み取るしかない。
僕は、カボチャの影から、立っている狼頭に向かって構えた。
《風魔法》《鎌鼬》
でも、鎌鼬は狼頭に当たる前に見えない何かにぶつかったように消えた。
……え?
僕は三回、四回と繰り返したけど、鎌鼬は消えた。
……どうすれば、いいの?
僕は目を大きく開いたまま狼頭を見ていた。けれど頭の中の思考は回転を加速させる。
──ひらめいた。
僕はそっと、大きなカボチャの葉の影に身を滑り込ませた。せっせと周りの草をむしり取り、小さな山を築く。そして左手をかざす。
《創造》《土色のサンシェード》
ぽん、と手の中に折り畳み式のサンシェードが生まれた。次に、近くのカボチャへ手を添える。
《創造》《カボチャの着ぐるみ》
ぼふんと軽い音。目の前に現れたのは、本物のカボチャそっくりの巨大な着ぐるみ。中は空洞で、僕がすっぽり入れる大きさだった。手足と顔だけが出せるようになっており、必要な時は全部引っ込めて“ただのカボチャ”になれる仕様だ。
……よし、行くぞ。
僕はカボチャの中に潜り込み、地面を転がるようにして狼頭へ近づく。狼頭がぐるりと周囲を見渡すたび、僕は手足を引っ込めて“カボチャ”と化す。それを繰り返し、ついに目と鼻の先まで到達した。
心臓がばくばくする。呼吸が浅くなる。
深呼吸を二度、三度。落ち着け、僕。今しかない。
狼頭はちょうど祠の周りを歩く“例の行動パターン”に入った。
──今だ!
《破壊》《穴》
狼頭が先ほど立っていた地面が、ざらりと砂になって崩れる。僕は即座にその砂を《収納》した。
もう一度、《破壊》《穴》。そして《収納》。
焦るな、でも急げ。狼頭の背丈ほどの深さになるまで繰り返す。
次に、サンシェードをパッと広げ、穴の上に被せた。土色で周囲に同化する、即席の落とし穴だ。
僕は少し離れて、またカボチャになった。
やってきた。
ドクン、ドクン、ドクン……。
来い……もう少し……来い──!
狼頭はサンシェードを踏み抜いた。
ずぼっ。
そのまま穴の底へ落ちる。僕は即座に《収納》していた砂を一気に落とし、穴を埋めた。
…………やった。
カボチャを脱ぎ捨て、祠へ駆け上がる。手に入れた。転移宝玉。
僕は転がる勢いで祠を下り、再びカボチャの着ぐるみを被った。
ほどなくして、近くの“本物のカボチャ達”が宝玉が無くなっていることに気づいたらしい。
ドスンドスンッ! ドスンドスンッ!
怒ったように跳ね回っている。
……僕はカボチャ。
静かに耐える。じっと。ひたすら。…僕はカボチャ。




