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僕は斧を握りしめた。
とりあえず、経験値を稼がないと話にならない。
斧を振る練習をしていたら、突然――ぽん、と音を立てて豚が現れた。
「……うわ、急に出るの?」
豚は凄い速さで「プギャー」と気色の悪い声をあげながら、僕に向かって走ってきた。僕の心臓はどくりと跳ねた。斧を両手でぐっと握りしめて持ち上げ、豚の頭に振り下ろした。
ぶふっ、と妙な音を残して豚は消えた。僕はへなへなと座り込んだ。そして、地面へ“肉の塊”が落ちてくる。
「……食べ物?」
だけど、生肉。赤い。
このまま食べたら確実にお腹壊すやつだ。
僕は恐る恐る生肉を左手に持ち、《創造》をイメージした。
――瞬間。
ぱあっと光が走り、手の中の肉は焼き肉になっていた。
しかも、丁寧に白い皿に盛られて。
「……すごっ。見た目、完全に焼き肉定食のアレじゃん」
どきどきしながら一口食べる。
――普通においしい。
しかもタレ味。甘口。
「……豚を倒すと、肉と経験値が入る世界なんだ……」
焼き肉を食べ終わると、皿はふっと消えた。
謎は深まるばかりだ。
でも、空腹はすっかりなくなった。
ふと、腹が満ちると欲が出てくる。
「……次は、野菜食べたいな」
そうつぶやきながら、僕は再び斧を持ち、じっと足元の草を眺めた。
どう見ても野菜とは程遠い、ただの雑草。とりあえず引き抜いてみて、《創造》を発動する。
《設定上、不可能です》
……やっぱりか。
そんな都合よく野菜に化けたりしないか。
気を取り直して、家の中を確認することにした。一階建てのログハウス――見た目だけは立派だ。ドアを開ける。
「…………え?」
何もない。
いや、本当に何もない。床と壁と屋根だけ。
どういうことだと首をかしげながら、異世界生活ガイドの本を取り出す。
ページを開くと、仲良さげな女の子二人が絵で会話していた。
「家、建てました!」
「頑張ったねー」
笑顔の女の子はドアを開いた。
「ちょっと、何もありません! 詐欺です!」
「違う違う、最初は何にもないのよ。材料を集めて、一つひとつ作っていくの」
「やだー、面倒」
「じゃあ床で寝れば?」
「無理! ベッド欲しい~! ふかふかの!!」
「仕方ないなあ。作り方を教えてあげよう」
「えっ、ホント?」
期待する少女に、お姉さん風が言う。
「ギーギー鳥を倒して、羽毛を手に入れるの。あとは木と羽毛を《創造》すればベッド完成」
「はい先生、質問です。ギーギー鳥はどこにいますか」
「“地図開け”って言えば出てくるわ。がんばって☆」
……うわ。本当にめんどくさい世界に来てしまった。
完全に騙された気分だ。
でも、安眠するためには布団が必要なのも事実。諦めて僕は呟く。
「地図開け」
すると目の前に、半透明のウインドウがふわりと現れた。
タブレットのアプリ画面みたいなUIだ。
「ギーギー鳥の場所を知りたい」
ウインドウが反応し、ぽんと光る点が表示される。
僕の現在地と、行くべき方向を示す矢印も出てきた。
……つまり、矢印のほうに行けと。
異世界は、色々と面倒くさい。仕方なく僕は斧を持って、矢印の示す方向に歩いた。
結構、遠くない。やった…!!
しかし、ギーギー鳥の生息地点に到着した僕は、思わず息を呑んだ。
……待って。
一羽どころじゃない。
十……いや、もっといる。群れだ。
こんなの、斧を持って近寄ったら全方向に逃げ散るに決まっている。
僕は慌てて異世界ガイドの本を開いた。
例の女の子二人が、いつものテンションで立っていた。
「ギーギー鳥、多い~」
「はい、じゃあこうするのよ」
そう言って、一人の女の子は鳥の群れに向かって右手をピストルの形に構える。
「…………」
伏せ字。何か言ったようなのだけど?
そして次の瞬間――ギーギー鳥が全て消えていた。
残されたのは、山盛りの羽毛だけ。
…………ちょっと待って。
何をしたの?
そこが一番重要なんだけど?
僕はページをめくり返す。
めくる。
まためくる。
……うん、何も書いてない。
説明ゼロ。
魔法……なのかな?
でも火魔法じゃ羽毛ごと燃えるよね。
風魔法、使うべきか。僕は少し、考えた。
しばらくした後、深呼吸し、イメージした。
鎌鼬。
鋭い風の刃。
《風魔法》《鎌鼬》
女の子の真似をして右手をピストルのように構える。
人差し指が示す先にはギーギー鳥の群れ。
ひゅんっ。
見えない何かが空気を裂いた。
次の瞬間、ギーギー鳥たちは跡形もなく消え――
地面には、ふわりと羽毛だけが残った。
「…………え、できた」
魔法って……すごい。




