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真っ白な空間。
上下の感覚すら曖昧な世界に、彼女はただ一人、静かに立っていた。
その正面には、金糸をさらりと流したような髪と、透き通る青い瞳を持つ、美しい青年が佇んでいる。
「……君さ、理想の神を美化しすぎてない?」
苦笑する青年に、彼女は頬を赤らめながら視線を逸らした。
「……放っておいてよ。これは、私の脳内イメージなんだから」
青年は肩をすくめ、問いかける。
「さて。……彼の様子をここで眺めているだけは嫌だ、と。ほんとに? あの世界に降りたいの?」
「当然でしょ」
即答だった。
「どうして、あの子だけが危険な目にあわなきゃいけないの。まだ十歳なのよ。放っておけるわけないじゃない」
青年はため息をついた。
「君は、モブでも何でもない。あの世界では“ただの石”になるかもしれない。
あるいは、誰かに倒されるだけの魔物になるかもしれない。それでもいいわけ?」
「死んだら、この世界に戻って来られるのでしょう?」
彼女は落ち着いた声で返した。
「まあね。でも、本当になんにもできない“木”とか“草”として存在する可能性だって――」
「いいのよ」
彼女はきっぱりと言い切った。
「たとえ世界の隅の小石でも、ただ見ているだけの選択は、私にはできない。……だから、お願い。あの世界に送って」
青年はしばし沈黙し、やがて小さく笑った。
「……どうなっても知らないよ?」
「覚悟してるわ」
その瞳には迷いがなかった。
「――わかった。望みを叶えてあげる」
青年が手をかざした瞬間、白い世界が光に溶けた。
そして彼女は、ゲーム世界へと送り出された。
意識が戻ったとき、彼女はまず――世界の色に驚いた。
どこまでも広がる、透明な青。
空のようでもあり、水のようでもあり、境界がどこにも見えない。
……そして、気づく。
手がない。
足もない。
身体を動かそうとしても、微動だにしない。
まるで自分の存在そのものが、空間にただ漂っているだけのようだった。
自分の姿形がどうなっているのか。
そもそも“形”というものを持っているのか。それすら分からない。
あの子――彼の姿を、空から見下ろすこともできない。気配すら感じられない。
それでも。
彼女は不思議と恐怖を感じなかった。
むしろ胸の奥に、温かいものが灯っていた。
――必ず会えるはずだ。
そう信じていた。
たとえ今の自分が何者であろうと、どんな存在に転生したのだとしても。
彼のそばまで、きっと辿り着ける。
その確信だけが、青い世界に溶け込むように静かに彼女を支えていた。




