33
僕は女の子二人をポケットに入れ、再び階段を登り始めた。
鳥は僕の少し前を飛びながら、時々突然現れる魔物を、ためらいもなく黒焦げにしていく。
……もしかして、この鳥、アレクサンダー並みに強い?
僕は一度も魔法を唱えることなく、ただ黙々と階段を登り続けた。
ふと、鳥と目が合った。
鳥は一瞬だけこちらを見て――
「任せろ」とでも言うように、軽く羽を打った気がした。
……気のせい、かもしれないけど。
「ここで、寝るのです」
突然、ポケットの中から声がした。
「……なんで?」
僕は思わず聞き返した。
まだ、歩ける。疲れてはいるけど、進めないほどじゃない。
「先が見えない、ということは、今は無理なのです」 「つべこべ言わずに、寝る」
二人して、容赦なく僕を責めてくる。
……ちょっと、酷くない?
僕は諦めて、パンと干し肉を食べ、収納していた毛布にくるまった。
女の子たちは僕の足元に、服を使って小さな寝床を作った。
鳥は、何も言わずに僕のすぐそばへ降りてきて、寄り添うように丸くなった。
……なんだろう。
塔の中なのに。
魔物が出る場所なのに。
少しだけ、怖さよりも安心を感じている自分がいた。
僕は、いつの間にか眠っていた。
ふと目を覚ますと、女の子たちも、鳥も、静かに眠っていた。
……大丈夫だ。
そう思って、僕はもう一度、目を閉じた。
僕は、塔の中で何回眠ったのか、もうわからなくなっていた。
言われた時に眠り、
言われた時に食べる。
……いつまで、これが続くんだろう。
そんなことを考えた、その時だった。
突然、天井が――明るくなった。
……もしかして、終わり?
胸が跳ねた。
考えるより先に、僕は走り出していた。
「待って!」
胸のポケットから、女の子たちの声がした。
でも、その声は、僕の耳に届かなかった。
もう少しで――
そう思った瞬間。
突然、背中に強い衝撃を受けた。
「――っ!」
前へ転がり込む。
「痛っ」
そう思って、反射的に振り返った。
その瞬間、全身が凍りついた。
僕が立っていた場所に、
赤々と燃える火柱が、天井から落ちていた。
……間に合わなかったら、僕が。
火柱の中に、影が見えた。
羽を広げた――あの、鳥の影。
……え?
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
……もしかして。
僕は、その場に座り込んだまま、
燃え盛る火柱と、鳥の影を、呆然と見つめていた。
「待って、って言ったのに」
女の子の一人が、ぽつりと呟いた。
僕は、何も言えなかった。
ただ、震える手を、ぎゅっと握りしめた。
僕は、火が完全に消えるまで、動けなかった。
鳥がいた場所には、
ただ――黒い灰の塊だけが残っていた。
「……嘘」
自分でも驚くほど、感情のない声で、そう呟いていた。
女の子たちは、何も言わない。
僕は、ふらりと立ち上がり、
黒い灰の塊の前で、膝をついた。
……どうして。
あの時、走ったこと。
声を聞かなかったこと。
後悔が、遅れて胸を締めつけてきた。
「早く、するのです」
女の子の一人が、静かに言った。
……今、何て言った?
僕は無言で二人の女の子をポケットから出して、床に置いた。
そして、暗い目で女の子を見た。
二人は、並んで、僕をまっすぐ見ていた。
「……何、だって?」
震える声で、僕は聞き返した。
「早くしろ、って言ったのです」
その瞬間。
視界が、真っ赤になった。
「……なんで」
そう言いかけて、二人に向かって手を伸ばした――その時だった。
背中から、強い光が溢れ出した。
……何?
僕は、思わず後ろを振り返った。
眩しくて、何も見えない。
しばらくして、ようやく光が収まった。
そこにいたのは――
白銀の鳥だった。
さっきより、少しだけ大きい。
「ようやく、成体になったのです」
「良かったね~」
女の子たちは、二人そろって拍手をしていた。
白銀の鳥は、ばっさばっさと羽ばたき、
その声援に応えるように鳴いた。
……なんですか、これは。
僕は、状況についていけないまま、ただ座り込んでいた。
白銀の鳥は、ふわりと羽ばたいて女の子たちの元へ飛んでいった。
「綺麗になりましたね」
「うんうん。長かったねえ」
二人は、まるで昔からの友達のように、鳥と仲良くしている。
……あの。
僕、ここにいるんだけど。
鳥が、くいくいと嘴で女の子たちをつつき、こちらを示した。
「あー、いたわ」
……ちょっと、扱いが雑じゃない?
「この鳥はね、魔物でも最強クラスの“不死鳥”なのです」
「さっきの炎で、大人になったね」
「あのままじゃ、弱すぎですからね~」
白銀の鳥は、二人の言葉に誇らしげに頷いていた。
……え。
あれより、強い?
じゃあ、僕は……?
考えるのが、急にどうでもよくなった。
……こんな塔、結局ただのふざけた悪戯じゃないか。
そう思った、瞬間だった。
世界が、暗転した。
足元も、天井も、すべてが消える。
ただ――一筋の光だけが、差し込んでいた。
その先に、一本の木が立っている。
……実が、なっている?
……もしかして。
これが、最後のアイテム?
僕は、息を呑んで、その光を見つめた。




