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足が、棒のように重くなっていた。
……さすがに、疲れたな。
僕は階段の途中、壁際に腰を下ろした。
見渡しても、あるのは古びたレンガと、上へと続く螺旋階段だけ。
話し相手もいない。
静かすぎて、逆に心が削られる。
……あ。
僕は《収納》していた叡知の書――もとい、女の子二人を思い出した。
《収納》を解除する。
「突然は、酷いのです」
「ホント、ヒドイ」
姿を現すなり、二人は揃って文句を言い始めた。
……え? なんで?
「ずっと一緒にいられそうな、良い場面だったのに」
「どうして収納するのです?」
詰め寄られて、僕は言葉に詰まった。
……理由?
考えたけれど、しっくりくる答えが見つからない。
「……何となく?」
かろうじて、そう答えた。
「……ああん?」
「何となくですって?」
一人の女の子が、キッと僕を睨んだ。
身体は小さいのに、迫力だけは一人前だ。
「……えっと。ずっと外に出しておけば、いいの?」
おそるおそる言うと、
「そうなのです」
女の子は腰に手を当て、仁王立ちになって断言した。
……えー。
正直な感想が、心の中に浮かぶ。
なんか……
すごく、うるさそうなんだけど。
僕は服を《創造》して、胸元に大きめのポケットを作った。
「……ここに入ってくれる?」
そう聞くと、二人は無言で、じーっと僕を見つめてきた。
「どう、思います?」
「だっさ」
「やっぱり、そうですよね」
「あり得ん」
……ちょっと。全部、聞こえてるんだけど。
「……じゃあ、二人は歩くの?」
そう言うと、今度は二人そろって沈黙した。
しばらくして、
「……仕方ないですね。ポケットに入りますか」
「あーあ」
……何なの?
その、ものすごく嫌そうな態度は。
二人がポケットに収まったのを確認してから、僕は階段を見上げた。
「ねえ。何時間くらい登れば、着くか知ってる?」
すると、
「三十日、くらい?」
「違うのです。一年です」
……あれ?
二人の意見が、食い違っている。
「あー、これ。答えが無いタイプのやつだ」 「……そうでしたね」
二人だけが納得して、頷き合う。
……ちょっと。
僕を除け者にするのは、やめてほしい。
「正解は、無いの?」
そう聞くと、女の子の一人が答えた。
「この塔は、迷いの塔」
「心が迷うと、登る時間が長くなるのです」
……待って。
それってつまり。
頂上を疑ったら、
一生、着けないってこと?
僕は、ふいに疲れと空腹を感じた。
「……休憩、するよ」
そう言って、僕は同じ景色、同じ階段が延々と続く世界の中に、よいしょ、と腰を下ろした。
《収納》から、干し肉とパン、それから飲み物を取り出す。
干し肉を噛みしめた瞬間、胸の奥が、きゅっとした。
……アレクサンダーと、エミリー。
二人の優しさが、まるで指先から伝わってくるみたいだった。
ここまで用意してくれていたんだな、と思うと、喉の奥が熱くなる。
その様子を見ていた女の子二人が、顔を寄せて囁いた。
「あー、泣きそう」
「こら、言わないのです」
……いや、聞こえてるから。
二人は、僕の気も知らずに、勝手なことを言っていた。
休憩を終えた僕は、再び階段を登り始めた。
上を見ても、下を見ても、全く同じ景色。
同じ色のレンガ、同じ幅、同じ傾きの螺旋階段。
……やっぱり、変だ。
そう思った瞬間だった。
階段が、途切れていた。
三メートル以上向こうに、続きを思わせる階段が見える。しかし、そこまでの間には、何もない空間がぽっかりと口を開けていた。
僕は、思わず足を止めた。
「……創造で、足場を作ればいいのかな?」
小さく呟いて、手を伸ばす。
《創造》《階段》
……何も起きない。
もう一度、意識を集中してみるが、やはり階段は現れなかった。
「……駄目、か」
この塔では、自由に創造できないらしい。
「風魔法を使って、跳ぶ?」
そう呟いた瞬間だった。
「やめとき~」
女の子の一人が、軽い声で言った。
「小さい木の破片でも出して、投げてみな」
言われるまま、僕は《収納》から材木の一部を取り出し、向こう側の階段に向かって投げた。
次の瞬間――
ばくん。
……え?
壁の中から、何かが飛び出した。
一瞬しか見えなかったが、それは“口”だった。歯のようなものが並び、木片を一息に噛み砕き、飲み込んだ。
……食べた?
喉が、ひくりと鳴った。
血の気が、一気に引いていくのがわかる。
足が、震えた。
……どうすれば、いいの?
目の前の空間が、ただの「隙間」ではないことだけは、はっきりしていた。




