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僕は《叡知の書》を開いた。
……やっぱり読めない。日本語でもないし、英語でもない。記号みたいな文字がびっしり並んでいて、どこから手を付ければいいのかもわからなかった。
しばらくページをめくりながら考えたあと、僕はそっと叡知の書を左手に持ち直した。
《創造》
特殊能力とあった。……イメージすれば物を作れる――多分。
だから僕は強く想像した。
このゲームの攻略本。僕でも読めるバージョンを。
しかし、淡い光とともにウインドウが開く。
《設定上、不可能です》
「……まあ、そうだよね」
ちょっと期待していた自分が恥ずかしい。
でも、諦めずにもう一度。
「《創造》このゲームを、簡単にクリアするためのマニュアル本!」
《設定上、不可能です》
……ですよね。
それでも僕は考えられる限りの本を、次から次へとイメージしてみた。
そのたびに、《設定上、不可能です》の文字が虚しく浮かんでは消えていく。
だけど。
《創造》……初めてこの世界に来た人でも楽しめる、初心者向けで、読みやすいガイドブック。
その瞬間だった。
叡知の書が、ぱあっと眩しい光を放った。
反射的に目を細める。
気づくと、僕の左手には、叡知の書とは別の――一冊の本が握られていた。
表紙には、やさしい文字で書かれていた。
『はじめての異世界生活ガイド』
僕はおそるおそるページを捲った。
一ページ目には、大きな文字でこう書かれていた。
「生活の基本を身につけよう」
しかも、まさかのコミック形式だ。
登場人物は二人の女の子らしい。ゆるいタッチのキャラが、楽しげに漫才みたいなテンポで会話していた。
「初めて来た人はね、まず寝る場所を作るのよ!」
「なんで?」
「夜になると魔物が襲って来るからよ。だから木の家を作るか、洞穴を掘るか、どこかの家を探すの!」
「えー、そんなのやり方わかんないよ〜」
……いや、ちょっと待って。
夜になると魔物が襲ってくる?
なにそれ、普通に怖いんだけど。
僕は慌てて次のページを開いた。
「木を創造すれば、家になるわよ!」
「はい。できませ〜ん」
「それは創造力か経験値が足りないの。魔物を倒したり、いろんなものを壊して経験値をためてね!」
……さっきの目玉二匹で、経験値は入ったはずだよね?
恐る恐る木に手を当て、左手をそっと触れた。
《創造》家。
瞬間、木が淡い光に包まれ――
気がつくと、そこにはちゃんとした家が建っていた。
「……え、できた。」
ゲームみたいな世界、叡知の書、そして創造の力。
わからないことだらけだけど、とりあえず今日はここで寝られそうだ。
僕はさらにページを捲った。
コミックの中の女の子が、にこにこと笑っている。
「家を作ったりするとね、経験値が減っちゃうから、しっかり貯めておくのよ!」
「えー。やだー」女の子たちの会話が続く。
え、経験値、減るの?
慌てて自分のステータスを呼び出す。
……さっきちらっと見た数字より、明らかに下がっていた。
「……これ、また魔物を倒したりして稼がないといけないの?」
僕の手元にある武器といえば――せいぜい箸くらいだ。
ページの中の女の子が、星を飛ばして言う。
「武器を作って、サクサク魔物を倒すといいよ☆」
「サクサク。無理でーす!怖くてできません」
「だいじょーぶ、大丈夫!」
……いや、何が大丈夫なんだよ。
「木と石があれば、斧とかつるはしとか作れるの」
「え、それも経験値がいるの?」
「ふっふっふっ。武器はね、経験値ゼロで作れるのよ! 優しいでしょ!」
「すごい……!」
感動している女の子と、ドヤ顔の女の子。
……いや、全然優しくないと思う。
けど、箸よりはマシな武器が欲しいのは事実だ。
僕は辺りを見回し、大きめの石を探した。
それを木の根元の横に置く。
左手をそっとかざし、深呼吸。
《創造》……斧。
光が走り、木と石が飲み込まれる。
そしてその場に、ちゃんとした斧が現れた。
「……できた。ほんとにできた……」
恐る恐る手に取る。
ずし、と重い。
これが……人生で初めて持つ“武器”。
思わず息を呑んだ。
怖いけど、これがないと生きていけないんだ。




