28
巨大蟻の姿が、すべて砂の底へと消えた。
僕は展開していた《蟻地獄》を解除する。
その瞬間、どっと疲労が押し寄せ、思わず肩で息をした。
……思ったより、魔力を消耗している。
「本命はまだだが、どうする?」
アレクサンダーがこちらを振り返って聞いた。
「……姿を見てから、判断します」
まだ、大丈夫。そう自分に言い聞かせるように、僕は答えた。
アレクサンダーはそれ以上何も言わず、しばらく歩いた。
「ここだ」
そう言って、ぴたりと足を止めた。
……周囲を見回す。
乾いた大地が広がるだけで、何もない。
どういうこと?
「ここは、砂の魔物だ」
アレクサンダーは淡々と続ける。
「実体がない。ひたすら、熱砂が襲ってくる」
……倒しようが、あるの?
僕の頭は混乱した。
だが、そんな僕とは対照的に、アレクサンダーは余裕の表情で立っている。
「来るぞ」
その瞬間だった。
空気が揺れ、砂が一気に集まり、塊となってアレクサンダーへ襲いかかる。
――危ない!
そう思った次の瞬間。
砂の塊は、アレクサンダーの目の前で、さらさらと力を失い、地面へと崩れ落ちた。
……え?
当たって、いない?
いや、それ以前に――
何を、した?
「来るぞ」
アレクサンダーが短く告げた。
次の瞬間、僕の正面から、砂が一気に集まり、巨大な塊となって迫ってくる。
《創造》《壁》
反射的に、目の前へ壁を生み出した。
――激突。
砂は壁に叩きつけられ、轟音とともに弾け飛ぶ。だが、僕の壁は耐えきれず、あっさりと崩壊した。
砕けた砂が、焼けるような熱を帯びて飛び散る。
「――っ!」
頬と腕を、刃物のような砂が切り裂いた。
……熱い。
冗談じゃない、むちゃくちゃ熱い。
「まだだ。後ろからだ」
アレクサンダーの声が、険しく響く。
……後ろ?
僕は混乱した。
だって、アレクサンダーは――
何かを、したの?
どうして、平然と立っていられる?
考える暇もなく、僕は反射的に後ろを振り向いた。
その瞬間、視界いっぱいに広がる砂の塊。
――近い!
右手を、前に突き出す。
《破壊》《砂》
右腕に、焼けつくような熱が走った。
顔を撫でる熱波に、思わず歯を食いしばる。
だが――
砂の塊は、僕の目の前で、さらさらと力を失い、元の砂へと戻っていった。
……え?
出来た……のか?
おそるおそる、アレクサンダーを見る。
彼は腕を組み、静かに頷いていた。
……正解?
それからは、ただひたすらだった。
次々と襲ってくる、灼熱の砂。
僕はそのすべてを、《破壊》で打ち消し続けた。
でも、右腕の感覚が徐々に失くなっていく。
身体が重くなってきた。
視界が、ゆっくりと滲んでいく。
僕は、耐えきれずに膝をついた。
「立て、ケント。――見るんだ」
アレクサンダーの声が、遠くから聞こえた。
……何を?
感覚の失われた右手を、だらりと下げたまま、僕は前を見た。
――そこに、一本の木が立っていた。
……木?
砂漠の真ん中に、あり得ないほど静かに、一本だけ。枝には、実がなっている。
足は重く、地面に縫い止められているようだった。でも、僕は立って、一歩ずつゆっくりと歩いた。
近づくにつれて、それは、はっきりと分かった。りんご飴のように艶やかで、光を閉じ込めたかのような黄金色の実。
確かに――そこに木はあり、実はなっている。
僕は、震える指でひとつの実を掴んだ。
《収納》
黄金の実は、光を残して消えた。
その瞬間、張り詰めていた力が、一気に抜け落ちる。
――もう、限界だ。
僕の意識は、闇へと沈んでいった。
僕が目を覚ました時、すぐにアレクサンダーの家だと分かった。何度も泊まって、すっかり見慣れた場所だ。
この家は、いつも料理の美味しそうな匂いがしていて、どこか暖かい。
僕は起き上がろうとした。
……身体が、痛い。
「痛っ」
思わず声が漏れた。
「ケント、起きたの?」
近くにいたサラが、すぐに気づいた。
「うん」
そう答えると、
「はい、お水だよ」
サラは小さな手でコップを差し出してくれた。中には、きちんと注がれた水。
「ありがとう」
僕はそう言って、一気に飲み干した。喉が、からからだった。
「……どうして、サラが?」
僕が聞くと、サラは少しもじもじしながら答えた。
「父さんが、そろそろ起きるかもって。
もし起きたら、水をあげてって言ったから……。待ってたの」
……優しい子だな。
「とても助かったよ」
僕は、素直にそう言った。
「……何か、食べる?」
サラは、少し心配そうに聞いてきた。
確かに、お腹は空いている。でも、起き上がろうとして、力が入らないことに気づいた。
「ここで、食べていいのかな?」
僕がそう聞くと、
「大丈夫だよ。待ってて」
サラはそう言って、駆け出すように部屋の外へ向かっていった。




