27
僕とサラは、家に戻った。
「母さん、見て」
サラは、僕が作った花の冠を自分の頭に被り、自分が作った冠をエミリーの頭に乗せようとして言った。
「母さん、しゃがんで」
「あら……とても上手に作れているわね」
エミリーのその言葉に、サラは嬉しそうに笑った。
「ケントが、手伝ってくれたの」
エミリーは一瞬だけ驚いた表情を見せたが、
すぐに柔らかく微笑む。
「そう。良かったわね」
サラは背伸びをして、丁寧にエミリーの頭に花の冠を乗せた。
二人が並んで、花の冠を被っている姿は、
見ているだけで心が和む。
……花って、存在そのものがすごいよな。
僕がそんなことを思っていると、アレクサンダーが戻ってきて、その光景を見て笑った。
「似合ってるな」
するとサラが、すぐに言い返す。
「父さんのは、ないよ」
「それは、残念だな」
そう言いながらも、
アレクサンダーの瞳は、優しく笑っていた。
……僕は少し離れたところで、その光景を見ていた。
翌朝、アレクサンダーは僕に少し険しい声で切り出した。
「次の場所は、砂漠の真ん中だ。少し強い魔物がいる。装備は揃えるか?」
……少し強い、か。
アレクサンダーの言う「少し」が、どれほど危険なのか、正直よくわからない。
以前、装備については叡知の書――あの二人にも聞いたけれど、やはり必要なのだろうか。
考え込む僕を見て、アレクサンダーは続けた。
「ケントの戦い方は、肉弾戦じゃない。魔法が主体なら、装備は必須ではないだろう」
「それなら……まずは、このまま行ってみてもいいですか?厳しいと感じたら、揃えたいです」
僕がそう答えると、アレクサンダーは一瞬だけ考え、
「……わかった。判断は、早めにな」
と、短く言った。
そして、僕はアレクサンダーの腕を掴んで、《転移》した。――砂漠の真ん中へ。
目を開いた僕は、思わず瞬きをした。
……あれ?
僕が想像していた砂漠は、どこまでも続く砂丘――砂の山だったはずだ。けれど、そこに広がっていたのは、ひび割れた乾いた大地。
砂はあるが、山ではなく、硬く焼けた地面が延々と続いている。
……これも、砂漠なの?
そう思いながらアレクサンダーを見ると、
彼は険しい表情で、空中の一点をじっと見つめていた。
その視線の先に、“何か”がいることだけは、はっきりとわかった。
「ケント、地面からだ!」
アレクサンダーの険しい声が飛んできた。
直後、足元の大地が大きく揺れた。
低く、嫌な振動が全身に伝わってくる。
――来る。
地面が割れ、砂と土を弾き飛ばしながら、
巨大な蟻の群れが姿を現した。
一匹一匹が、僕の背丈ほどもある。黒光りする外殻。鋭い顎をガチガチと鳴らしながら、
まるで示し合わせたかのように、僕たちを包囲していく。
……どうする?
その問いが、喉までせり上がった瞬間。
「跳べるか!」
アレクサンダーが叫んだ。
……無理。
何の準備もしていない。跳躍用の魔法も、装備もない。
でも――。
《創造》《高台》
僕は地面に意識を集中させ、土を一気に盛り上げた。砂漠の乾いた土が、うねるように立ち上がり、気づけば二階建ての建物ほどの高さの土台が出来上がっていた。
その上に、僕は震える足を感じつつ立っていた。
……高い。かなり、高いよ。これ。
ふと横を見ると、アレクサンダーは――
……空中?
彼は一人乗りの小型ドローンのようなものに乗って、悠々と宙に浮いていた。
……なにそれ?
卑怯じゃない?
そんなことを考えている暇もなく、巨大蟻たちは土の壁に取りつき、器用に脚を使って、よじ登ってきた。
ガリガリ、と土を削る音。顎が擦れ合う、不快な音。
……ギャー。
無理無理無理。
これ、普通に怖いから!
僕は迷わず魔法を放った。
《風魔法》《鎌鼬》
鋭い風の刃が、巨大蟻に叩きつけられる。
――が。
……硬い。
斬れない。風は外殻に弾かれた。衝撃を受けた蟻は、ふわりと地面に落ちると、何事もなかったかのように、再び土の壁を登り始めた。
……嘘だろ。
「ケント、戻るか?」
アレクサンダーの声が飛んでくる。
……まだだ。
僕は歯を食いしばり、地面に意識を集中させた。
《創造》《砂》
高台だった土の塊が、一気に崩れ、さらさらとした砂へと変わる。
足場が消え、僕の身体は、蟻たちと一緒に落下した。
僕は重力を失い、意識が飛びそうになった。でも――次だ。
《創造》《蟻地獄》
地面が渦を巻き、巨大な蟻地獄が生まれる。
落ちた蟻たちは、抵抗する間もなく砂に足を取られ、どんどん底へと引きずり込まれていった。
……でも、このままじゃ、僕も落ちる。
《風魔法》《突風》
僕は、空中にいるアレクサンダーめがけて風を放った。
――正確には、彼がこちらに流される方向へ。
突風に煽られ、アレクサンダーの乗るドローンが、大きく揺れながらこちらへ近づく。
今だ。僕は飛びつくように、ドローンに掴まった。
その下で、巨大蟻たちは、どんよりとした砂の渦に呑み込まれていく。
「ケント、定員オーバーなんだけど?」
アレクサンダーが呆れた声で言った。
……聞こえない。
今は、それどころじゃない。




