26
僕はアレクサンダーに掴まり、そのまま《転移》した。
行き先は、アレクサンダーがよく利用している狩場らしい。
視界が安定すると、
草原の向こうに、牛によく似た大型の獣の群れが見えた。
「……十分な数だな。少し、待っていてくれ」
そう言い残すと、
アレクサンダーは一歩前に出て、群れへと左手を向けた。
《風魔法》《乱刃》
前方にかざした左手から、
無数の刃のような風が生まれ、音もなく放たれる。
次の瞬間――
群れは、抵抗する暇もなく切り裂かれ、
一瞬でその場に倒れ伏していた。
……え?
あまりにも、速い。
アレクサンダーは倒れた獣たちに近づくと、
迷いなく魔法を重ねる。
《創造》《肉》
獣の身体は瞬時に解体され、
扱いやすい肉へと変換されていく。
さらにそのまま、
《収納》《肉》
手際よく収納を終えたアレクサンダーは、
何事もなかったかのように振り返った。
……ちょっと、凄すぎない?
まだ狩場に来てから、
十五分も経っていないはずだ。
僕はただ、呆然と立ち尽くして見ていただけで、狩りはすべて終わっていた。
これだけ短時間で、しかも大量の肉を確保できるのなら、時間に余裕が生まれるのも当然だ。
それにしても――
あの《風魔法》の威力。
僕は改めて、アレクサンダーの実力の高さをしみじみと思い知らされた。
「さて、帰るとするか。……どうした?」
アレクサンダーは、
呆然と立ち尽くしている僕を見て、そう声をかけた。
「……いえ。魔法が、凄いなと思って」
正直な感想を口にすると、アレクサンダーは肩をすくめるように笑った。
「ケントも、それくらいは出来るだろう?」
……本当に?
自分に向けられた評価に、
僕は内心で首をかしげた。
出来るのか。いや、出来るとしても――同じ精度で?アレクサンダーは、周囲を見回してから言った。
「……今日は、この辺りで群れを探すのは厳しそうだな。今度、挑戦してみるか?」
「はい」
即答したものの、胸の奥には小さな緊張が芽生えていた。
そうして僕たちは、アレクサンダーの家へと《転移》する。
――もし、自分が狩りをするとしたら。
風魔法だろうか。それとも、雷の魔法か。
使えるかどうかではなく、
問題は“強さ”と“精度”。
僕は静かに、これからの自分を考えていた。
アレクサンダーの家へ転移した。
「ケント、今日も泊まっていかないか?」
アレクサンダーが、こちらを見てそう言った。
……でも、そんなに泊まってしまって大丈夫なのだろうか。迷惑になっていないだろうか。
どうやら、その考えは顔に出ていたらしい。
「迷惑じゃないよ。サラとエミリーも喜ぶ」
アレクサンダーは、穏やかな声でそう言った。
「それなら……よろしくお願いします」
僕が頭を下げると、ちょうどその時、明るい声が響いた。
「父さん、おかえりなさい!」
サラが、僕たちに気づいて駆け寄ってくる。
「ただいま」
アレクサンダーが応えると、サラは満面の笑みで近くまで走ってきた。
「早かったね」
「……ケントが頑張ったからな」
アレクサンダーは、そう言って笑った。
「ケント、強いの?」
突然、サラが僕を見上げて聞いてくる。
「強くは……ないと思う」
自信がなくて、正直に答えた。
「ふーん」
サラは少し考えるような顔をしたあと、
ぱっと表情を明るくする。
「ねぇ、ケント。花畑があるよ。見に行こうよ!」
僕は思わず、アレクサンダーの方を見た。
すると彼は、
「行ってこい」と言うように、ひらひらと手を振った。
「行っても、いいみたいだね。どこなの?」
そう言うと、サラは嬉しそうに
「こっち!」
と言って僕の手を引っ張った。でも、ちらりと僕を見て、パッと手を離した。
……うん?どうしたのだろう?
「……ついてきてね」
サラはそう言って、歩き出した。
僕はその小さな背中を追って、サラの後ろをついていった。
サラは僕を、花が咲き誇る草原へと案内した。
白、ピンク、黄色。一面に広がる花々が、風に揺れている。
「……すごい」
思わず、声が漏れた。
サラは嬉しそうにうなずくと、せっせと花を摘み始め、冠を作り始めた。
……懐かしいな。妹たちにも、よく作ってあげたっけ。
気がつくと、僕も自然と花を摘み、
同じように冠を作り始めていた。
しばらくして、僕の手元を見たサラが声を上げる。
「ケント、ずるい!
なんでそんなに、キレイなの作れるの!」
……そんなこと言われても。何となく、だ。
でも確かに、サラの冠は少し不恰好で、
僕のものとは形が違っていた。
「サラ、少し貸して」
口を尖らせているサラに、そう言う。サラの作った冠を受け取り、色や大きさを選びながら花を足していく。
形を整え、一本、また一本と花を加えるたびに、冠は少しずつ素敵になっていった。
「……こんな感じかな?」
そう言って、冠をサラに返す。
「これが……私が作ってたの……?」
サラは、信じられないように言った。
「そうだよ。ちゃんと見てたでしょ?僕は、少し手伝っただけ。サラもすぐ、できるようになるよ」
そう言いながら、僕は自分の作った冠を、そっとサラの頭に乗せた。
「……あげる。帰ろう」
サラは顔を真っ赤にして、少しだけ体を震わせたあと、小さな声で言った。
「うん……ありがと」
……やっぱり、冠を被った女の子って、いつも可愛い。
僕は小さな花をいくつかそっと摘んで《収納》し、サラと並んで家へと向かった。




