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スノーマンが歩き出して、僕はすぐに異変に気づいた。
――足元が、溶けている。
「まずい……!」
白い足が、じゅうじゅうと音を立てて削れていく。
溶岩の熱が、確実に効いていた。
《創造》《スノーマンの足》
とっさに補強する。
氷が盛り上がり、形を保つ。
「急いで!」
僕の声に応じるように、スノーマンは歩幅を広げた。そのせいで、揺れが一気に激しくなる。
「うわっ……!」
僕は必死にしがみついた。
その時だった。
赤い閃光が、横から襲ってくる。溶岩がフレアのように弾け、こちらへ飛んできたのだ。
《創造》《氷の盾》
収納していた水を使い、目の前に氷の壁を作る。
――ドォンッ!!
激突。
溶岩と氷がぶつかり合い、凄まじい水蒸気が噴き上がった。
視界が、真っ白になる。
僕は休む暇もなく、《創造》を繰り返した。
足を補強し、盾を張り、耐え凌ぐ。
だが――。
スノーマンは、少しずつ、確実に小さくなっていく。
……ダメだ。
収納していた水も、もうほとんど残っていない。
「次で……決める」
僕は《収納》から、折紙の飛行機を取り出した。
《創造》《パラグライダー》
……出来た。
布が広がり、風を受ける形が完成する。
「よし……!」
僕は、あえて襲ってくる溶岩を待った。
さっきから、何度も見ていた。
水と溶岩がぶつかった瞬間、爆発のような勢いが生まれることを。
――来た。
迫る溶岩に、残りの水を叩きつける。
――ゴォッ!!
爆発的な水蒸気が噴き上がった、その瞬間。
僕は、その流れにパラグライダーを乗せた。
「行けっ!」
体が、ふわりと浮く。
灼熱の風と蒸気に押され、僕は一気に空へと投げ出された。
視界の先――
アイテムがあるはずの場所へ。
僕は――アイテムのある場所へと、どうにか辿り着いた。
正確には「着地した」というより、
《風魔法》で無理やりパラグライダーをアイテムの場所に落とした、という表現が正しい。
初めて乗った代物だ。
上手く扱えるはずがない。
「……風魔法、ありがとう」
誰にともなく呟き、深く息を吐く。
心臓が、まだ早鐘を打っていた。
視線を上げる。
そこには――一本の木が立っていた。
「……林檎の木?」
けれど、実っている果実は普通じゃない。
白く、銀を溶かしたような色合い。
光を受けて、真珠のように静かに輝いている。
僕は木に近づき、そっと一つ、手に取った。
《収納》
果実は消え、確かな重みだけが残る。
「……これで、三つ目」
ようやく、実感が湧いてきた。
はあ、と長く息を吐く。
視線を向けた先――
アレクサンダーが待っているはずの場所。
そこでは、先ほどまで暴れていた溶岩も、フレアも、すでに静まり返っていた。
まるで、何事もなかったかのように。
僕は、ゆっくりと歩き出した。
足元の地面はまだ熱を帯びているが――
不思議と、歩けないほどではない。
「……道、出来てる」
よく見るとついさっきまで暴れていた溶岩が嘘のように引き、人一人が通れる程度の、ぎりぎりの通路が残されていた。
この辺りだ。スノーマンが、完全に溶けきった場所。そのことを思い出した瞬間、僕はふと、足を止めた。
辺りは、ただの岩場だ。
赤く焼けた岩と、黒ずんだ岩ばかり。
――そのはずなのに。
瞬間、耳元で。
誰かに、息を吹きかけられたような感覚。
「……っ」
ぞわり、と背筋を冷たいものが走る。
反射的に全身が跳ね、僕は周囲を見回した。
「……何?」
視線の先――岩と岩の隙間に、何かが挟まっている。
野球ボールくらいの大きさ。色はくすんでいて、ぱっと見では石ころにしか見えない。
でも。
「……なんか、気になる」
理由はわからない。
ただ、無視してはいけない気がした。
僕はそれを拾い上げ、すぐに――
《収納》
掌から消えたそれを見送り、ひとつ息をつく。
「……あとで、確認しよう」
そう呟いて、僕は再び、アレクサンダーの待つ場所へと歩き出した。
僕は、ようやくアレクサンダーの元へと辿り着いた。
「お待たせしました」
そう声をかけると、アレクサンダーは少し驚いたように目を瞬かせてから、すぐに笑った。
「いや、速かったよ。上出来さ」
その笑顔を見て、僕はふと、そんなことを思う。――アレクサンダーは、笑顔がよく似合う。
強くて、厳しくて、どこか近寄りがたい人だと思っていたけれど、こうして笑うと、不思議と安心感があった。
「今日はまだ時間がある。近くで食糧用の狩りをしていってもいいか?」
アレクサンダーはそう言って、こちらを見た。
「もちろん、いいです」
僕が答えると、彼は満足そうに頷いた。
……考えてみれば、
僕は彼に助けられてばかりなのに、僕はアレクサンダーの助けを何もしていない。
それなのに、アドバイスをくれるだけじゃなく、こうして気まで遣ってくれる。
「……大人だな」
思わず、そんな感想が胸に浮かんだ。
アレクサンダーの背中を見ながら、僕はその“余裕”というものを、少しだけ羨ましく感じていた。




