24
夜。サラからもらったハーブを枕元に置き、僕は天井を見上げていた。
――何か、できないかな。サラが、喜ぶようなこと。
《収納》の中を意識して探る。
あまり物は残っていない。食料はアレクサンダーに返したし……。
その時、ふと思い出した。
――材木が、あったよね。
僕はほんの少しだけ材木を取り出し、左手に乗せる。
《創造》《折紙》
木材は、さらりとした感触の紙へと姿を変えた。しかも、色とりどりの、カラフルな折紙だ。
……うん。これなら。
翌朝。
「ハーブ、ありがとう。とってもよく眠れたよ」
そう言うと、サラは少しだけ、はにかんだように笑った。
「よかった」
「ねえ、折紙って知ってる?」
「……おりがみ?」
サラは首をかしげる。
「こういうの」
僕は折紙を取り出し、黄色の一枚を選んだ。
指先で、すっと折り畳み、形を作っていく。
サラは、すぐそばで息をひそめるように見ている。
「ほら、蝶々だよ」
完成したそれを見せると、
「……うわぁ」
サラは目を見開いた。
《創造》《蝶の髪飾り》
折紙の蝶々をもとに、僕はイメージを重ねる。もっと綺麗で、髪に飾れて、前に渡した花のそばにも添えられる――
そんな、小さな蝶。
僕の手のひらに、淡い光とともに、明るい黄色の蝶々が現れた。そう、モンキチョウに似ている。でも、質感は硬い。プラスチックに似ている。
「……すごい。綺麗」
サラは、蝶々から目を離せないまま呟いた。
「あげるよ。お礼」
「……ふぇ」
「髪に飾っても、可愛いと思うんだ」
サラは、両手でそっと蝶々を受け取った。
「飾ろうか?」
そう聞くと、サラは顔を真っ赤にして、ぶんぶんと首を振る。
そして、そのままエミリーのもとへ走っていった。
……嬉しかったのかな?
正直、よくわからない。
「ケント、何をしているんだ」
突然、頭上からアレクサンダーの声が降ってきた。思わず肩が跳ねる。
僕は、そろりと振り返って答えた。
「サラに……ハーブのお礼を渡したんだけど……」
……ちょっと。
そんなに睨まなくてもいいじゃないか。
本当に、何もしてません。
アレクサンダーは、深くため息をついた。
やれやれ、といった様子だ。
……何なんだろう。
僕、何か地雷踏んだ?
「まあ、いい」
そう言って、話題を切り替える。
「ケント、アイテムを取りに行けるか?」
「行けるよ。いつでも」
……望むところだ。
「少し厄介かもしれんが……まあ、何とかなるだろう」
アレクサンダーはそう言うと、僕の手を取った。
「近くまで転移するぞ」
次の瞬間――
《転移》
視界が歪み、僕たちはその場から消えた。
……ちょっと待って。少し、厄介って。結構問題なのでは……?と思った時は既に遅かった。
視界が開けた瞬間、熱気が肌を叩いた。
僕の目の前に広がっていたのは、草木一本生えていない荒れ果てた大地。
遠くでは、赤く煮えた溶岩が脈打つように流れている。
……これ、火山地帯だよね?
というか、めちゃくちゃ暑い。
立っているだけで汗が噴き出し、喉が一瞬で渇いた。
「ここはな、溶岩が生き物のように襲ってくる場所だ」
アレクサンダーが、いつもの落ち着いた声で言う。
「このずっと先に、目的のアイテムがある」
……待って。
聞き捨てならないこと、今さらっと言わなかった?
溶岩が、襲ってくる?
しかも、この熱さ。
装備も対策も、何もしていません。
無理です。普通に死にます。
「……僕が、一人で行くんですか?」
恐る恐る聞くと、アレクサンダーは即答した。
「そうだ。これも試練だからな」
……あ、はい。
やっぱり、そうですよね。
僕はしばらく黙り込んだまま考えた。
このまま突っ込むのは、自殺行為だ。
そして、ひとつ思いついた。
「……どこかで、大量の水は手に入りませんか?」
アレクサンダーは顎に手を当て、少し考える素振りを見せたあと――
「あるぞ」
そう言って、僕の手を取った。
《転移》
次の瞬間、目の前に広がったのは――
どこまでも続く、巨大な湖だった。
僕は慌てて《収納》を使い、可能な限りの水を詰め込んでいく。
これでもか、というほど水を確保したところで、
《転移》
再び、灼熱の大地へ戻ってきた。
……よし。
これで、何とかなるかもしれない。
僕は、じっと溶岩の方を見つめた。
赤く煮えた溶岩が、時折うねり、弾ける。
まるで太陽のフレアみたいに、不規則に動いていた。
……あれが、襲ってくるのか。
今の装備では、まず歩くことすら不可能だ。
一歩踏み出した瞬間、焼け焦げる未来しか見えない。
僕は、ふっと息を吐いた。
そして、《収納》から折紙を取り出す。
……そうだ。
紙飛行機を折り始める。
手は自然と動いた。
《創造》《飛行機》
イメージしたのは、一人乗りの小型機。
軽くて、操作が簡単で、空を飛べる――はずのもの。
僕の経験値は、もう十分ある。
《創造》も、昔に比べてずっと自由に扱える。
……はずだった。
――何も、起こらない。
「……無理か」
容積の問題?
それとも素材? 構造?
考えれば考えるほど、原因は多すぎた。
いい案だと思ったんだけどな。
僕は肩を落とし、気持ちを切り替える。
次に折ったのは――スノーマン。
雪だるまの形を、折紙で丁寧に作った。
そして、先ほど《収納》しておいた大量の水を意識する。
《創造》《スノーマン》
次の瞬間、地面が震えた。
白い巨体が、ぐぐっと盛り上がる。
水が瞬時に凍りつき、巨大な雪の人形へと変わっていった。
……で、でかい。
「僕を乗せて、向こうまで連れて行って」
恐る恐る、指示を出す。
スノーマンは無言のまま僕を肩に乗せ、ゆっくりと歩き始めた。
……ちょっと待って。
高い。
高いって!?
「うわっ……!」
視界が一気に持ち上がり、足元が遠くなる。
揺れる。
揺れる揺れる揺れる!
落ちたら、死ぬ。
確実に。
「ちょ、ちょっと! ゆっくり! 慎重に――!」
溶岩の熱気が下から立ち上る中、
僕は必死にスノーマンの頭にしがみついた。




