23
女の子たちは枝の上から、ふわりと身軽に飛び降り、そのまま僕の肩へと降り立った。
……小鳥が止まるって、たぶんこんな感じなんだろう。
ちょっとくすぐったくて、落ち着かない。
そのとき、後ろから声がした。
「無事だったようだな」
振り返ると、アレクサンダーが立っていた。
「はい。なんとか」
僕は答えたけど……いや、僕、何もしてないよ?
アレクサンダーは僕の肩に目を向け、わずかに目を見開いた。
「君たちが叡知の書か? 上手くケントを守ったようだな」
「そうよ」
「よくわかってるのです」
……あれ? この二人、やたら評価高くない?
「君たちは、この形態のままなのかな?」
アレクサンダーが尋ねると、二人は顔を見合わせた。
「さあ?」
「どうなのでしょう?」
どうやら本人たちにもわからないらしい。
アレクサンダーは少し考えてから、僕のほうを向いた。
「……ケント、二人は《収納》できるのか?」
収納? どうだろう。
僕は試しに《収納》を使ってみた。
ふたりの姿が、スッと消える。
……え、収納できるんだ。
その事実に、僕は素直に驚いた。
「なかなか良い《創造》だな」
アレクサンダーが感心したように言う。
「本来、叡知の書は無機物だが……」
「そう……なのですか?」
僕には何がどうすごいのか、よくわからない。
「ああ。自立型で、思考回路を持ち、かつ別々に反応する個体を二体も。これは俺の想定以上だ」
どこか興奮気味のアレクサンダー。
……ソウデスカ。
僕はちょっと引いた。
(それよりアレクサンダーの叡知の書のほうが断然カッコいいんだけど……)
とは、さすがに言えなかった。
「アイテムは手に入れたな」
アレクサンダーが言った。
「はい。黒で金色の林檎ですよね」
僕はうなずく。
「じゃあ、戻ろう」
そう言うと、アレクサンダーは自然な動作で僕の手を取った。
《転移》
視界が切り替わり、僕とアレクサンダーは彼の自宅の前に立っていた。
「おかえりなさい、父さん! ケント!」
サラがいち早く気づき、走ってきた。
「ほら、ケントはちゃんと無事だったろう?」
サラの頭を撫でながら、アレクサンダーが言った。サラはプクッとほっぺを膨らませた。
「だって……」
サラは、僕の服の裾をそっと握った。
どうやら相当心配していたらしい。
「……心配してくれてたの? ありがとう、サラ」
僕がそう言うと、サラは何かを言いかけた。
けれど、僕の服の裾を離し、顔を真っ赤にして、そのまま走り去っていった。
……あれ?
どうしたんだろう?
「さてと、今日は泊まっていきなさい。疲れただろう?」
アレクサンダーが優しい声で言った。
……その言葉が、泣けるほど嬉しかった。
僕は素直に頷く。
そういえば——サラにお土産、何も用意できなかったな。
周囲を見渡すと、相変わらずの集落の景色。前と同じ人々がいて、いつも通りの穏やかな空気が流れている。
……僕が《創造》で作れる物は、見当たらなかった。
「ほら、家に入るぞ」
アレクサンダーの声に、慌てて「はい」と返事してついていった。
家の中に入ると、台所ではエミリーがスープを煮込んでいた。
ふわりと漂う、優しい匂い。
見た目はどう見ても、普通の人——いや、僕となんら変わらない。
エミリーは僕に気づくと、ぱっと花が咲くように微笑んだ。
「大変だったでしょう? よく頑張ったわね」
……どうして、こんなにみんな優しいのだろう。
胸の奥がきゅっと締めつけられた。
「……良い家族だろ?」
アレクサンダーが、僕だけに聞こえる声で囁く。
「……今日はもう何も考えるな。ゆっくり休め」
僕は、ただ静かに頷いた。
夕飯を食べ終えて、ほっと一息ついていた時だった。サラが、もじもじと指を絡ませながら、僕のほうへ近づいてきた。
「……どうしたの?」
思わず小声で聞く。
サラは何かを決意したように、ぎゅっと握っていた手を差し出した。
「これ。枕元に置いて寝ると、よく眠れるの」
彼女の手の中には、小さな束になったハーブがあった。ふわりと優しい香りが漂い、思わず鼻を近づける。
「良い香りだね。……僕のために?」
問いかけると、
「……そうよ」
サラは顔をそむけながら答えた。
「とっても嬉しいよ、サラ。ありがとう」
自然と笑みがこぼれた。
「……花のお礼」
頬を赤く染め、蚊の鳴くような声で呟く。
……こういう気遣い、久しぶりかな。
「サラはとっても優しいんだね」
素直に言うと、
サラはビクッと肩を震わせ、目を大きく開いた。そして、さらに顔を真っ赤にし——
何も言わず、エミリーのもとへ小走りで逃げていった。
……あれ?
そこは「もっと褒めて!」って胸を張るところじゃないの?どうして逃げるのさ。
――って、アレクサンダー。
ちょっとその目つき、怖いんだけど?
「サラを泣かしたら、許さないからな」
アレクサンダーは僕だけに聞こえるように言った。
……なんで?何もしてないって。




