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「ここは、人間の精神力と創造を試す場所なのです」
「ですです」
二人は並んで頷きながら、相変わらず息の合った調子で説明を続ける。
「食料を持ち、私たちがいれば、闇も孤独もありません」
「うんうん」
「精神サポートは、バッチリします」
「わー、ぱちぱちぱち」
……いや、軽い。説明の内容は重いのに、雰囲気だけコントみたいに軽すぎる。
どうやら二人がいれば何とかなる、という意味らしい。
けれど、その軽快な掛け合いを聞いていたら、逆に不安になってきた。
ふと思い立って、僕は質問する。
「叡知の書が無い人はどうなるの?」
「脱落ですね」
「発狂かな?」
即答。しかも迷いなし。
「自殺した人もいましたね」
「あー、世界を壊す、とか途中から言う人もいたかな?」
言う内容がサラッと地獄なんだけど。
何だか、胃が重くなってきた。
「ごく稀に、自分の意思で乗り越える人もいますけど」
……本当に?
「叡知の書って、そんなにスゴいの?」思わず聞き返す。
「不吉を呼ぶ竜の瞳は、とっても強い魔物です」
「初心者は戦うと死ぬね。確実に」
「魔物が出す光に、少しでも触れると、消滅します」
「そう。一瞬で」
「叡知の書は、この世界でも数人しか持ってません」
二人はそろって僕を見た。
「その一人だよ。 オメデトー」
「ぱちぱちぱち」
……え、そんなレアアイテムなの?
驚きすぎて言葉が出なかった。
「だから、アレクもさっさと消えたのだよね」「そうですね」
二人の言葉を聞いて、ようやく理解した。
――アレクサンダーは僕を信頼して、任せてくれたのだ。
「なんかムカついたから、嫌がらせされたのかと思った」
思わず本音が漏れる。すると、
「……少しは、あると思いますよ?」
「えっ。え、なにか僕、したっけ?」
心当たりがない。いや、本当にない。
「よくわからないのだけど?」と僕は訊ねる。
「そーゆーのはね、自分で考えるの!」
「そうです」
二人にあっさり質問を切り捨てられた。
……あれ?
叡知の書って、何でも教えてくれるんじゃないの?
「さあ、ご飯食べて寝るの」
女の子が当然のように言う。
「お腹、空いてないし、眠くないんだけど」僕は抗議する。
「ダーメー。ここは、すべての感覚が狂うのだから」
「ほら、さっさと食料を出してください」
言われるがままに食料を取り出し、食べ始めた。
けれど、二人がじっとこっちを見ているせいで、やたら食べづらい。
「食べたら、寝る」
「そうです」
……本当に眠くないのに。
しかし、二人そろって僕を睨んでくる。
「……うん」
観念して、僕は横になり、目を閉じた。
……思っていたより、瞼が重い。
気づけば、意識は静かに沈んでいき――
いつの間にか、深い眠りへ落ちていた。
目を覚ますと、二人の少女が僕のそばに並んで座って、じっとこっちを見ていた。
「おはよう」と僕が言うと、
「おはよう」「おはよう」
二人はそろってにっこり笑った。
……なんか、いいな。この雰囲気。
「では、ご飯を食べるのです」「うんうん」
……やっぱり、そうなるんだ。
言われるままに収納から食料を取り出し、食べながら僕は尋ねた。
「アレクサンダーは、ここに来たときどうだったのかな?」
すると少女たちは口をそろえて言った。
「大変でしたね」
「いや、普通だよ。あれは」
一人が説明を始め、隣の子はなぜかアレクサンダーの演技を始めた。
暗闇で困っている様子を、全身を使って表現している。
「まず、闇の中で枯れ木を探して火をつけようとしました。しかし、全くつきません」
……隣の子、動きがやたら上手い。
アレクサンダーの困っている様子がよく分かる。
「そこでアレクは枯れ木を《創造》《火》で、松明を作り出したのです」
気づけば少女の手にはミニ松明が握られていた。
「しかし、歩いても歩いても闇ばかりです」
……パントマイム能力、高いな。
「アレクは松明を焚き火にして、土から人形を作りました」
いつの間にか、小さな土人形が少女の手に乗っている。
……クオリティ高いし、可愛いけど、大人の男がこれを作ったと思うと複雑だ。
「そして、ICチップのような頭脳を作り始めたのです。土の中の成分を使って」
少女は真剣な手つきで小さな“頭脳”を人形に組み込んでいく。
……うん、可愛い。可愛いけど、アレクサンダーが本気でやってると思うとなかなかシュールだ。
「アレクは寝るのも食べるのも忘れて打ち込みました。そして気づいたら、世界には光が戻っていました」
少女は小さな土人形を、幸せそうに見つめている。そして、ぎゅっと抱き締めた。
「そのときアレクの手には、意思を持った人形が握られていたのです」
……うん。大人の男が人形をぎゅっと抱いてる絵面は、やっぱりちょっと問題あると思う。
「それはやがて――エミリーの元となります」
……は?




