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僕は落ちた。
けれど、落ちた先は――異様に柔らかかった。
ふわっ、と水の中に潜り込むみたいに身体が沈んでいく。
柔らかい何かに包まれながら、ゆっくり地面へと向かっていく感覚がした。
地面の少し手前で、僕はふわりと停止した。
次の瞬間、包んでいた“水のような何か”が消えた。
――テッテレ〜♪
耳慣れない軽い電子音が響き、目の前に透けるスクリーンが現れた。
《キングスライムを倒しました。レベルが7上がりました》
《経験値が入りました》
《火炎魔法を覚えました》
《風魔法を覚えました》
《体力が上がりました》
《知力が上がりました》
《生命力が上がりました》
……面倒。
どうやらレベルが上がったらしいけど、意味がよくわからない。
確か、神様が「特典を適当につけてやる」とか言っていたけど……あれのこと?
僕はスクリーンに指をかざした。
スマホを操作するみたいにスッ、スッと触ると、新しい画面が開いた。
《特殊能力》
そこに表示されたのは――
《右手に破壊》
《左手に創造》
……いや、わからない。
名前だけだと全然イメージが湧かないんだけど。
他に持ち物があるか確認してみる。
持ち物タブを開く。
《靴》
《服》
……それだけか。
お弁当とか水筒とか、ないの?
これ、もしお腹空いたらどうするんだろう。
ゲームだから空腹は無いのかな。いや、それでも不安だ。
僕は、ようやく周囲を見渡した。
岩があって、草があって、木が生い茂っている――森だ。
風の匂いがして、土の感触もする。
どう見ても、ゲームとは思えないほど“本物”だ。
ここから、どうすればいいんだろう。
よくわからないけれど、まずは試してみないと始まらない。
僕は近くの木に歩み寄った。
「能力の確認、だよね」
右手を木の幹に軽く当て、《破壊》のイメージを頭の中で思い浮かべる。
すると、目の前に透けたウィンドウがふわりと現れた。
《レベルが足りません》
……できない、ってことか。
破壊って名前の割には、要求が高い。
次に、地面に落ちていた葉っぱを一枚拾う。
小さくて軽い、いわゆるただの葉っぱ。
これならどうだろう。
《破壊》をイメージした瞬間、葉は――
ぱらぱら、と灰みたいに崩れて、僕の手からこぼれ落ちた。
……怖っ。
軽い気持ちでやるものじゃないな、これ。
次は《創造》の番か。
僕は木に左手を当てて、さっきと同じように力を思い描く。
《経験値が足りません》
……はい、こっちも無理、と。
何ができて、何ができないのか、まださっぱりわからない。
僕は今度は足元の小枝を拾い上げた。
細くて軽い、ただの折れた枝。
よし、テスト対象にちょうどいい。
《創造》《箸》をイメージする。
一瞬、指先が熱くなった。
次の瞬間――小枝が消えて、僕の手の中には“箸”が現れていた。
「……できた」
いや、便利だけど。
便利なんだけど、これで何をしろと?
僕は箸を持ったまま、森をぐるりと見渡した。
どこまでも続きそうな深い森。
静かな風。
見えるのは岩と木と草だけ。
……ここで、僕はどう生きていくんだろう?
僕は箸を持ったまま、てくてくと歩いた。
方向なんてわからない。ただ “前” に進むだけだ。
しばらくして、前方に何かがちらっと見えた。
ゆっくり近づいていくと、それが何なのかだんだんはっきりしてきた。
……二匹の“目玉だけの生き物”が、喧嘩をしていた。
体はない。
大きな目玉がぷかぷか浮かんで、互いに怪しげな光線みたいなものを出して威嚇している。
僕のところまでは光は届いてこない。
ただ、ピカッ、ピカッとやってるだけだ。
暫くぼんやり見ていたら、二匹とも動きがだんだん鈍くなってきた。
……なんだこれ。
飽きたのかな。
僕はそのまま、てくてく歩いて二匹のそばまで行った。
そして、ふと――
二匹が “僕を見た” と感じた瞬間。
僕は箸を強く握りしめ、そのまま勢いよく目玉のひとつを突き刺した。
ぐさっ。
次に、抜いた箸でもう一匹を突き刺す。
ぐさっ。
二匹は小さく震え、すぐに僕の目の前で光の粒になって消えた。
直後、電子音が響いた。
――テッテレ〜♪
透けるスクリーンが目の前に展開する。
《不吉を呼ぶ竜の瞳を倒しました。レベルが10上がりました》
《経験値が入りました》
《火炎魔法(2)を覚えました》
《風魔法(2)を覚えました》
《体力が上がりました》
《知力が上がりました》
《生命力が上がりました》
……うん。
やっぱり、よくわからない。
とりあえず何か強くなったらしい。
目玉が消えた場所を見ると、一冊の本が落ちていた。
僕はそれを拾い上げる。
《叡知の書を手に入れました》
テッテ、テッテレーン♪
再び電子音が鳴った。




