19
「男の子から花を貰うなんて、初めてね」
エミリーが、いたずらっぽく微笑みながら言った。
……え、そうなの?
妹たちにはよく摘んであげたけどなぁ。タンポポとか。綿毛なんて渡しただけで、無茶苦茶喜んでたし。
「そっか。また綺麗な花を見つけたら、摘んで来てあげるよ。髪に飾ると、可愛いし」
自然とそんな言葉が口から出る。
だって、妹たちはよく髪に花をさして遊んでた。すぐ落ちるんだけど、それでも嬉しそうだった。
サラは――
コク、コク、コク。
両手で花を持ったまま、まるで壊れた人形のように、首を縦に振り続けていた。顔は真っ赤のまま。
……そんなに嬉しいのかな?
だとしたら、花ってすごい。
「……ケント。ちょっと、男だけの話をしないか」
急にアレクサンダーが真剣な声で言ってきた。
え。なんで?
さっきから目がやけに鋭いんだけど。
「ちょ、ちょっと!?」
僕が抵抗する間もなく、アレクサンダーに腕をつかまれ、そのままズルズルと別室へと連れて行かれた。
……なんでこうなるの?
アレクサンダーの別室に連れ込まれた僕はそのまま延々と、
「女の子は大切にするものだ」
「軽々しく貴重な物を渡すんじゃない」
「他人には簡単に触ろうとしてはいけない」
などなど、父親らしい説教(?)を聞かされ続けた。
……うん?プリザーブドフラワーって、貴重なのかな?でも、女の子は大切に、は、わかる。それは僕、十分知ってるんだよ。
妹たちに少しでも手を出そうものなら、母さんが稲妻のような勢いで飛んできて僕は叱られるし。
それに――妹たちは口がとんでもなく悪くて、本気で口喧嘩したら僕が負けそうなくらいなんだけど。……でも、笑うとすごく可愛いんだ。
生意気でも、大切な妹たちなんだ。
「……大切な人は、いつだって笑っててほしいよね」
ふと漏れた僕の言葉に、アレクサンダーは黙り込んだ。
重い沈黙がしばらく流れ――
そしてようやく、小さく答えが返ってくる。
「……そうだな」
ぽつりと呟いたあと、アレクサンダーはふっと視線をそらし、
「……明日もある。寝るぞ」
と、なぜか照れ隠しのように僕を寝室へ連れて行った。
……結局、なんだったんだろう。最後までよくわからないまま、布団に入った。
一方その頃
サラは、ケントからもらった花を両手で包むように抱えながら、小さな瓶にそっと差した。
瓶は、ベッドの枕元へ。
花を見つめると――自然と口元がゆるみ、たまらず両手で顔を覆ってしまう。
「ふ、ふぇぇ……!」
自分でも理由がわからないくらい、胸がくすぐったい。
その様子を見たエミリーは、まるで宝物を見つめるような優しい目で、そっと娘の背中を撫でていた。
翌朝。
朝食を終えたタイミングで、アレクサンダーが突然、僕に向き直った。
「次のアイテムを取りに行くぞ。目的地は――漆黒の森だ。一週間分の食料は収納してるか?」
……え。……そんな、冒険者みたいな準備、してないんだけど。なぜ急に? と頭が追いつかないまま、僕は正直に答えた。
「持ってません」
「仕方ないな。後日、返せよ」
アレクサンダーは溜息をつきつつ、収納を開いた。次の瞬間、僕の目の前のテーブルに――一週間分の食料が、山のように積み上げられた。
「えっ、多っ……!」
その様子を見ていたエミリーが、不安げに眉を寄せる。
「アレクサンダー、ケントには……まだ早いのでは?」
アレクサンダーは豪快に笑った。
「大丈夫だ。ケントは見た目より強い」
大丈夫って何だろう……。
僕、まだ全然ついていけてないんだけど。
そのとき、サラがおずおずとアレクサンダーの袖をつまんだ。
「父さん、すぐ帰ってくるよね?」
アレクサンダーはにっこり微笑んで、優しく言う。
「もちろんだとも。ケントを案内したら、すぐ戻るさ」
……えっと。
サラの心配してるのは、“僕”じゃなくて“父さん”の方なのかな?よく分からないけど、とりあえず食料を《収納》した。
「転移するから、掴まれ」
そう言われ、僕はアレクサンダーの腕をがっしり掴んだ。
次の瞬間――
視界が白く弾け、二人はそのまま転移した。
目を開けた時、僕の目の前には深い森が広がっていた。
「……この場所は、度々問題が起こるからな。転移ゲートを《創造》して作ったのさ」
アレクサンダーは周りをぐるりと見渡した後、まるで普通の事をしたように軽く言った。
……転移ゲートなんて、知りません。ていうか、どうして《創造》で転移ゲートが作れるのですか!?ところで、これ、普通の森……なのかな?
見た目は森なのだけれど、空気が重い。
まるで空気そのものの密度が高くて、呼吸するたびに胸が圧されるようだ。
北も南も分からず、方向感覚も削がれる。
どこを見ても木々の壁、木々の影。
まるで森全体が“外に出す気がない”ようだった。
そんな中で、アレクサンダーは周囲を見回し、静かに呟いた。
「……変わらないな、ここは」
少し懐かしむような声だった。
そして次の瞬間――
アレクサンダーは僕に向き直り、さらりと言った。
「さて。俺が去ると、ここは闇に包まれる。
一週間、ここで一人だ。時間が過ぎれば、アイテムが自動的に現れる。……頑張れよ」
その言葉と同時に、彼の姿が《転移》でふっと掻き消えた。
本当に――何のためらいもなく、あっさりと。
「……えっと」
残された僕は、風の音だけが響く森のど真ん中で立ち尽くした。
「僕……捨てられた……?」




