18
僕たちは一瞬の光に包まれ、アレクサンダーの家へと転移した。
「父さん、お帰りなさい!」
玄関に入った瞬間、少女の影――サラが勢いよくアレクサンダーの腕へ飛びこんだ。
「ただいま。いい子にしてたか?」
アレクサンダーは笑いながら、サラの頭を優しく撫でる。
「うん。母さんのお手伝い、いっぱいしたんだから!」
胸を張るサラは、本当に嬉しそうだった。
そして僕の方へ向き直ると、ぱっと両手を広げて言った。
「ケント、ようこそ我が家に!」
……仲良しだなぁ。本当の親子にしか見えない。
その光景をぽかんと眺めていた僕は、慌てて言葉を返した。
「……呼んでくれて、ありがとう」
するとサラはじっとアレクサンダーを見上げて、口を尖らせた。
「父さん、危険なことしてないでしょうね?」
「ずっと安全だったよな、ケント?」
アレクサンダーは胸を張り、堂々と言い切った。
……嘘だ。危険ばっかりだったけど!!
けれど僕の口から出たのは――
「心配するほどでは、ないよ」
という、弱々しいフォローだった。
「夕飯ね、わたしも手伝ったんだから! ほら、こっちこっち!」
サラは僕の手をつかむと、嬉しそうに引っぱって歩き出した。その力に逆らえず、僕もそのまま連れていかれるのだった。
キッチンに足を踏み入れた瞬間、ふわりと温かな香りが鼻をくすぐった。
コトコト煮込まれたスープの匂いが部屋いっぱいに広がり、思わず深呼吸してしまう。
「いらっしゃい」
鍋の前に立っていたエミリーが、穏やかな笑みをこちらに向けた。
「お邪魔します……」
そう言って席に着くと、目の前にはビーフシチューのような濃い色のスープ。
一口すくって口に運ぶと、想像以上の味に思わず目を見開いた。
――美味しい。
肉はスプーンで触れただけで崩れるほど柔らかく、口の中でほろりと溶けていく。
添えられた白くてふんわりしたパンは香り豊かで、スープに浸すと幸せの味が広がった。
そして、木のカップに入れられた白いミルク。
「今日はミルクまであるのか?」
アレクサンダーが驚いたように言う。
「男の子は育ち盛りでしょう? 特別よ」
エミリーはそう言って、また優しく微笑んだ。
「……ありがとうございます」
胸の奥が温かくなって、思わず目が潤みそうになる。ただ優しくされるだけなのに、こんなに沁みるなんて。
そんな僕の顔を、真正面からじーっと見つめるサラ。
にまにま、にまにま。
……見なくていいから。
ふと、《収納》の奥で、指先に引っかかるような記憶がよみがえった。――あの谷底で見つけた、薄紫の花。
「そうだ。ちょっと待って」
僕は小さく呟き、《収納》へ意識を伸ばす。
取り出したのは、薄く透き通るような紫。儚げなのに芯のある光を宿した、一輪の花。
「花?」
隣でサラが首を傾げ、そっと覗き込む。
「うん。少し見てて」
左手に花を乗せ、深く息を吸う。
――妹達がよく、庭で花を摘んでは笑っていた。その姿を見て、僕は漠然と“女の子は花が好きなんだ”と思っていた。
だからサラにも、喜んでほしくて。
《創造》《プリザーブドフラワー》
柔らかな光が花を包み込み、淡く揺らめいた。
花びらはゆっくりと輝きを帯び、まるで宝石が形を成していくように透明度を増していく。
光が収まった手のひらには――時間に負けず、永遠に咲き続ける宝石の花。
僕はそれをサラへ差し出した。
「呼んでくれた、お礼。サラ、どうぞ」
サラは花を見た瞬間――
「ふぇっ……」
可愛い声を漏らしたまま固まった。
……え? あれ?妹だったら、この時点で満面の笑みになってたけど……。
僕が焦って視線を泳がせていると、横でアレクサンダーが腕を組んで、なぜか喉奥で唸っている。
エミリーは口元を押さえ、明らかに「続きが楽しみ」という顔でくすくす笑っていた。
……え? 何これ?
僕、何か間違えた……?
「ケント、そこまでにしておけ」
アレクサンダーが低く言った。
……いや、僕、別に危険なこと何もしてないんだけど?
「サラ、君のだよ」
止められた意味がわからないまま、もう一度サラにプリザーブドフラワーを差し出す。
「……ありがと」
サラは、ほんとうに聞き逃しそうな小さな声で花を受け取った。
「とっても似合うよ」
僕が微笑んで言うと、サラは宝石のような花を両手で抱えるように持ったまま、ぴたりと動かなくなった。
そして――心なしか、顔が赤い。熱でもあるのかな?
「サラ、熱でもあるの?」
そう思って彼女の額に手を伸ばした、その瞬間。
「な、ないよ! 大丈夫!」
サラは弾かれたみたいに後ろへ飛び退いた。
……いや、やっぱり赤いよ? その反応こそ心配なんだけど。
ちらりと横を見ると、アレクサンダーは額に手を当て、なぜか天井を仰いでいた。
まるで「なんてことだ……」とでも言いたげな、複雑な父親の顔で。
エミリーはというと、テーブルに頬杖をつき、目を細めて僕らを観察している。
……え?
僕、普通だよね?




