17
巨人はごとり、と地面に手をついた。
その口から、耳慣れない、どこか嫌な響きの呪文が漏れる。
「……《ヴォル・グラナ・ゼル》」
ぐらり、と地面が揺れた。
次の瞬間、地面を押し分けるようにして――三体の岩の人形が、ずずず、と這い出してきた。
「厄介な……」
アレクサンダーが小さく吐き捨てた。
……いやいやいや、厄介どころじゃない。
岩の人形、僕よりデカいんだけど!?
しかも、こっちに全力で走ってきた。
血の気が、一気に引く。
心臓が早鐘を打つようにうるさい。
アレクサンダーもこちらを援護しようと動いた――その瞬間。巨人が巨大な腕を振り上げ、アレクサンダーに襲いかかった。
「ちっ……!」
大きな衝突音。
アレクサンダーは腕を交差して受け止めるが、その場から動けない。
そして――人形は、もう僕の目の前まできていた。
息が詰まる。
……やるしか、ない。
《瞬歩》
視界が一閃し、身体が前へ吸い込まれるように跳んだ。景色が、歪む。
気づけば僕は、人形の真正面に立っていた。
すぐさま右手をその胸へ押し当てる。
《破壊》《人形》
次の瞬間、人形は崩れ落ち、瞬時に砂へと変わった。
一体、消えた。
……まだ、二体。
心臓はまだ、耳元でとてもうるさかった。
でも、僕は素早く周りを見回した。
僕は呼吸を挟むことなく《瞬歩》を発動し、二体目の人形の目の前へと跳んだ。
人形がこちらに気づく。――遅いよ。
《破壊》《人形》
呪文が紡がれると同時に、人形は砂となって崩れ落ちた。
三体目が異変に気づいたのか、がむしゃらにこちらへ突っ込んでくる。
……無駄だよ。
《瞬歩》
一瞬でその背後へ回り込む。
けれど、人形は僕に気づいた。腕をぶんっと人形は振った。僕は素早く屈んで、人形との距離を詰めた。右手を人形のお腹にあてる。
《破壊》《人形》
三体目も同じように砂へと還った。
「……あとは、巨人だ」
巨人はアレクサンダーから視線を外し、ゆっくりと僕に目を向けた。
だが、それすらも――遅い。
僕の耳には自分の心臓音しか聞こえてなかった。アレクサンダーが、何か言っているようだが、わからない。
《瞬歩》
僕は巨人の巨大な顔の目前に跳び込む。
《破壊》《巨人》
呪文が放たれた瞬間、巨体は一瞬で砂となって崩れ落ちた。
僕はほんの僅かに、笑った。
――しかし、僕は気づいた。
「あ、ここ……めっちゃ高い!」
……どうしよう。着地の仕方、わかんないよ!
意識したときには遅く、僕の体は重力に従って真っ逆さまに落下していった。
地面に落ちる――そう思った瞬間、横から暴力のような風が吹きつけた。
それは、地面を抉りながら僕に当たった。
僕の体はそのまま横へ弾き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がる。
地面に激突しなかったのは幸いだけど……うん、これはこれで痛い。少し、涙が出そうだ。
転がり終えた僕は、まるでボロ雑巾みたいな有り様になっていた。
「何とか間に合ったな」
風魔法を放ったアレクサンダーが、すぐ横に立っていた。
……もっと、マシな助け方なかったの?
とは口が裂けても言えず、僕は機械みたいな声で返す。
「アリガトウゴザイマス……」
「まあ、無事でよかった。さて、帰るか」
アレクサンダーはそう言って歩き出す。そして、ふと思い出したように続けた。
「そうそう。今日は我が家に泊まってくれないかな?昨日、エミリーとサラに叱られてね。『なんであんな小さい子を一人で帰らせるんだ』って」
やれやれ、と肩をすくめるアレクサンダー。
……ちょっと、それって僕、大丈夫なの?
そう思いつつ、恐る恐る口を開く。
「……いいのですか?」
「毎日が同じことの繰り返しで退屈なんだろう?身の安全は保証するぞ」
アレクサンダーは自信たっぷりに胸を張る。
……いや、あなたも十分危険なんですけど。
そんなツッコミは、もちろん飲み込んでおいた。
「転移で帰るか。俺に掴まれ」
アレクサンダーが手を差し出してくる。
「ちょ、ちょっと待って!」
僕は慌てて制した。
アレクサンダーが片眉を上げるなか、僕は少し離れた場所へ小走りに向かった。
さっき跳んだとき、ほんの一瞬だけ視界の端に映ったのだ。
――花が咲いているのを。
地面の陰に、薄紫の小さな花が揺れていた。
さっきまで巨人と戦っていた場所とは思えないほど、静かで、やさしい色だった。
「……キレイだ」
思わずつぶやき、僕は花をそっと摘む。
そして手のひらで包むようにして《収納》した。
「お待たせ!」
僕はアレクサンダーのもとへ駆け戻る。
アレクサンダーは少し首を傾げた。けれど。
「もういいのか? 行くぞ」
短く言うと、僕に腕を掴ませた。
次の瞬間、視界が一気に白く跳ね――
僕たちはアレクサンダーの家へと転移した。




