15
莫大な経験値が、身体の奥底にどっと流れ込んでくるのが分かった。
熱いような、冷たいような、でも確かに“力”だとわかる何かが、血管の一本一本にまで染みわたっていく。
――すごい……これが、レベルアップ?
扱える魔法の数が、一気に跳ね上がった。
自分がどこまで出来るのか、逆に想像が追いつかない。
僕は、震える手を見つめた。
何でも出来る。そんな根拠のない自信が、胸の奥から湧き上がってくる。
「まだ身体に馴染んでいない。少しずつ試すんだ」
アレクサンダーがそう言ったが……“試す”って、何を?
草原。
湖。
そして、アレクサンダー。
――特に動く物なんて――
そのときだった。
頭上を、影が横切った。大きな鳥か、魔物か。
考えるより先に、身体が動いた。
右手から、何かが出でる感覚。
《風魔法》《鎌鼬》
瞬間、ごうっと風が巻き起こる。
鋭い風の刃が上空を走り、何かを切り裂いた。
バサッ。
僕の目の前に、羽根の生えた魔物が落ちてきた。
「……え。今の、僕が?」
誰に問いかけるでもなく、呟きが漏れた。
そうだ。
僕だ。
僕が、魔法を――考えるよりも早く、使ったんだ。
僕がさっき仕留めたのは、鋭い嘴を持つ魔鳥だった。僕よりも身体が大きい。アレクサンダーがヒュウと口笛を吹いた。
「グレイバードだ。結構、強い奴だぞ」
羽根が散り、光の粒になって消えると同時に、経験値が身体に流れ込んでくる。
「もう少しで目的地なんだが……寄り道しすぎたな。夜が来る」
アレクサンダーは空を見上げて、ため息をついた。
……もう、そんな時間なんだ。
「転移宝玉は持ってるな?」
僕は頷いた。
「じゃあ、明日の朝、迎えに行くよ。ここに転移のマーカーをしておくように。――良い夜を。《転移》」
言いたいことだけ言い終えると、アレクサンダーの姿はふっと消えた。
……相変わらず、一方的だな。
でも、明日はここから始まる。
それが、少し嬉しい。
僕は収納から転移宝玉を取り出した。
使い方は――教わっていないのに、自然と理解できた。
左手に宝玉をそっと握る。
《転移》《登録》
ぽう、と足元と宝玉が淡く光った。
……よし、帰ろう。
《転移》《自宅》
次の瞬間、視界がゆらぎ、僕は自分で作った家の中に立っていた。
僕は家に戻るなり、ベッドに飛び込んだ。
全身がどっと沈む。身体中に、おもりがついているかのように、動けない。疲れた……でも、良い一日だった。
――僕に合う装備って、なんだろう?
ふと気になって、異世界ガイドの本を開いた。ページの向こうには、いつもの二人の女の子がいた。
「経験値大量ゲット〜! やったね〜!」
「わ〜、パチパチパチパチ」
……なんだか、一人、妙にテンションが高い。
「……ちょっと、嬉しそうじゃないけど?」
「え、いやいや……幸運のクリスタル持ってたら、勝手に敵が転んで自爆したり、苦手な敵には100%逃げられるとか、あったけど……良かったのかな〜?って」
「もう破壊した後に言うな〜!」
「だって言う前にもう砕いてたんだもん」
「……あ、そっか」
「それより、装備だよね?」
「そうそう! 手軽で最強装備ヨロ〜!」
ひとりが胸を張って言った。
「戦闘スタイルにもよるけど、子供とか女の子なら――《ウィンダーフレーク・レザー》と《ルミナス・ショートボウ》が王道かな」
「その心得は?」
「軽くて、扱いやすくて、遠距離から安全に敵を倒せる。特に初心者にはピッタリ!」
僕はそっと息をのんだ。
――《ウィンダーフレーク・レザー》
――《ルミナス・ショートボウ》
二つの名前を、しっかりと頭に刻んだ。
ページをめくった先で、またあの二人組の女の子がわちゃわちゃしていた。
「はいはい。で、剣とかナイフは?」
「うーん……瞬歩を覚えて《破壊》できるなら、大体それで倒せるん?」
「ヤダ。カッコよくない」
「わがまま言うな~」
……瞬歩、っていうのがあるんだ。
瞬間移動みたいな技なのかな?
ということは――僕にも使える可能性があるってことだよね?
それに、《破壊》ってそんなに強力になってるの?まるで、《破壊》出来ないモノは無いみたいな会話だけど、まさか、そんな事はないよね。
《瞬歩》かあ。今日の戦闘でも強かったけど……まだ伸びしろがあるってこと?
明日、試してみよう。
あれこれ考えていたら、気づけばまぶたが落ちていた。
疲れていたはずなのに、妙に胸が高鳴ったまま――そのまま眠りに落ちた。




