13
僕は一晩眠ったことで、ようやく頭が冷えた。
今すべきことは決まっている。――アイテムを集め、ゲートを作り、ラスボスを倒す。それだけだ。迷っている暇なんてない。
気合いを入れて家の扉を開けた、その瞬間。
「よう、やっと起きたか」
草原が広がる中に、アレクサンダーが立っていた。
………なんで?
「おはよう。よく眠れたかな?」
「は、はい」
いや、待て。どうしてここにいるの? 場所、どうやって知ったの?
「エミリーとサラがさ。『ラスボス倒すまで手助けしてあげなさい』って。あんな小さいのに頑張ってるんだから、って煩くてな」
アレクサンダーは頭をかきながら、いかにも面倒くさそうに言う。
「……どうして、ここがわかったんです?」
ようやく声が出た。
「そういや、君には“叡知の書”を見せてもらってるのに、俺のはまだ見せてなかったな。……window open」
その瞬間、アレクサンダーの顔の周りに、半透明のスクリーンが次々と浮かび上がった。
一つや二つじゃない。三十はある。もっとかもしれない。
そこには、僕の知らないPCたちの現在地や様子が映し出されていた。………叡知の書じゃないよ、これは!
「これまで会ったPC全員の居場所と動向が分かる。不穏な動きがあれば止めるために、だ」
アレクサンダーは淡々と言った。
「…どうしてそんなことを?」
僕は恐る恐る尋ねる。
「この世界が大切だからさ。混乱を招いたり、壊すようなPCは――消去しないと駄目だろう?」
にこりと笑って言い切る。
………やっぱり、怖いおじさんだ~!!
「次に行くところは決めたのか?」
アレクサンダーが歩きながら聞いてきた。
「まだです」
僕は正直に答える。
「近くて楽な場所と、遠くて大変な場所。……どっちが良いかな?」
「近いところでお願いします」
即答だった。冒険者としての覚悟なんて、まだまだ足りない。近くから、確実に進めるんだ。
「了解」
アレクサンダーは僕の前を軽い足取りで進んでいく。
草原には心地よい風が吹いていた。どこか懐かしい匂いがする。突然猪が飛び出してきた。
アレクサンダーは弓を構えたかと思うと、
次の瞬間には敵が光となって散っていた。
……あれ?
僕、何もしてないのに経験値が増えてる?
首を傾げていると、アレクサンダーが振り返って言った。
「仮パーティーだから、経験値が共有されるんだ。俺は別にいらないのだけどな」
サラリと言うその背中が、いつもより大きく見えた。
……アレクサンダーって、とても良い人だ! 優しい!!
お昼ご飯の時間になって、アレクサンダーが鞄から包みを取り出した。
「ほら、エミリーが持たせてくれた。二人分だ」
包みを開くと、きれいに整えられたお弁当が入っていた。彩りの良いおかずに、香ばしい焼きおにぎり。そして、可愛く切られた果物まで。
どうしよう。……とても嬉しい。
ふいに、母さんのお弁当を思い出した。
どんなに忙しくても、絶対に果物をつけてくれていた。
胸の奥がきゅっと締め付けられる。気づくと、目の前が滲んでいた。
アレクサンダーは何も言わずに、僕の隣に座っていた。
しばらく歩くと、草原が途切れ、ひらけた水面が現れた。
太陽の光を受けて静かに揺れる湖。その前でアレクサンダーがぴたりと足を止めた。
「……まさか」
そうつぶやくと、吸い寄せられるように湖へ歩き出す。僕は慌ててその背中を追った。
アレクサンダーは湖畔に立ち、水面を覗き込みながら言った。
「やはり――“幻の湖”だ。…ここに出現するとはな」
独り言のような声だった。僕には、ただの湖にしか見えない。
「どうしたの?」
思わず首をかしげて尋ねる。
「この湖は滅多に現れない。場所も時間も、出現条件すべてが不明だ。そして……湖の中には、とても貴重なアイテムが眠っている」
アレクサンダーは静かな湖面を真剣な目で見つめていた。しばらくして、静かに僕へ視線を向けた。
「……ケント、泳げるか?」
「泳げるけど……僕が行くの?」
スイミングに通っていたから、泳ぎには自信がある。でも、本当に僕が行っていいのだろうか。
アレクサンダーは迷いなく言った。
「そうだ。君はラスボスを早く倒したいんだろう? なら、きっと助けになるアイテムだ」
その瞳はまっすぐで、どこまでも優しかった。胸の奥が少しだけ熱くなる。
「……わかった」
……湖を泳ぐのは初めてだ。少し身体が震えた。けれど僕は深呼吸をして湖へ飛び込んだ。
水の中は静かで、光が揺らめきながら差し込み、幻想的な景色を作り出していた。
その奥で――淡く光る物体が視界に入る。
(あれだ……)
僕は潜り、近づいた。そこには信じられないものが沈んでいた。
……宝箱だ。
ゆっくりと手を伸ばし、恐る恐る蓋を開ける。中には――青く輝く大きな水晶。
吸い込まれそうなほど、美しい。
僕はそれをそっと両手で抱え、光の差す水面へと向かった。
……水晶は少し重くて、滑らかな表面は手に不思議と馴染んだ。




