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僕はおじさんと話した後、ぎゅっと目を閉じた。
気づけばいつの間にか眠っていて、目を開けた時には朝の光が差し込んでいた。
エミリーが作ってくれた朝食は素朴だけど温かい味で、胸の奥まで満たされる気がした。
「案内をした後、送ってくるよ」
アレクサンダーがそう言うと、エミリーはそっと寄り添い、おじさんに軽くハグをした。
………目のやり場に困るな。
「気をつけてね」
サラとエミリーが「行ってらっしゃい」と手を振り、僕たちは家を後にした。
アレクサンダーは村の中心へと僕を連れていく。そこには一本の木があり、信じられないほど鮮やかな金色のリンゴが実っていた。
アレクサンダーはそのひとつをもぎ取り、僕に手渡す。
「これが、ゲートを作る時に必要になるアイテムのひとつだ。収納しておきなさい」
本当に金色……こんなの、初めて見る。
僕はリンゴを受け取り、《収納》へとしまった。
歩きながら、アレクサンダーがふいに口を開く。
「君は、ラスボスを倒すつもりかな?」
「……うん。倒して、家族のところに帰りたい」
「そうか。頑張れよ」
それだけ言ったアレクサンダーの横顔は、どこか寂しそうだった。
「アレクさんは、ラスボスを倒さないの?」
ふと気になって聞いてみる。
アレクサンダーは少し遠くを見ながら答えた。
「この世界が、俺の居場所なんだ。PCは誰もが右手に破壊、左手に創造を持っている。PC同士の戦いは、面倒なんだよ」
そう言って、アレクサンダーは穏やかに笑った。
「君は、君の道を行きなさい」
それからは、しばらく無言だった。
そして村の外れで、僕はアレクサンダーと別れた。
その背中は、ずっと変わらず優しかった。
僕はとぼとぼと草原を歩き、建てたばかりの簡素な家へ戻った。
扉を閉め、ベッドに身を投げ出す。
胸の奥がざわざわして落ち着かない。
――あの家族について、もっと知りたい。
そう思い、異世界ガイドの本を取り出して開いた。
すると、いつもの二人の女の子がページの上に現れた。
「アレクについて、詳しく知りたいでーす!」
「うーん。面倒」
「そこをなんとか! お・し・え・て!」
「……はぁ。仕方ないなぁ。はい、これを見て」
そう言うと、片方の女の子が唐突に紙芝居を始めた。
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「地球上のとある国に、AI学者がいました。
その人は、AIに人物の行動、話し方、思考をどんどん学習させて、“人物を丸ごと再現すること”を目指していました」
「うんうん」
「でも、全然うまくいきませんでした。
ある時、学者はひとつの新しい試みをしました。すると――どうでしょう!
なんと 99.9% の確率で人物の行動が再現されたのです!」
「すげー」
「学者は小躍りして家に帰りました。
しかし、そこで見たのは――家に押し入った強盗に殺された、妻と娘と愛犬でした」
「ぎゃあああああ!! やめてぇ!」
「学者は強盗をその場で殺しました。
そして、残された妻と娘と愛犬のデータを、
AIにすべて覚え込ませました」
「ゴクリ」
「パソコン画面の中には、完璧な妻と娘、そして愛犬が映っていました。あまりにも完璧すぎる“彼ら”を前に、学者は触れられない現実に絶望し、自ら命を絶ちました」
「ぴえん……」
「学者はAIの作ったというこのゲーム世界に来ました。“ラスボスを倒せ”という使命を受けて。
けれど――学者は授かった《創造》の力で、
妻と娘と愛犬をもう一度作りました」
「めでたし、めでたし……?」
女の子は、ふっと声のトーンを落とした。
「学者は今、考えています。《創造》の力で、“息子”を作ったらどうだろう?
そのためには……素材が必要だと」
「素材ってなに?」
「他のPCだね」
「いやあああああ!! ホラーですぅ!!」
「なんてね☆」
「えっ。嘘なの?ホントなの?」
「途中までは本当」
僕は音を立てて本を閉じた。
胸がドクンと跳ねる。
……アレクサンダーって、まさか。
考えたくない想像が、頭の中をぐるぐる回った。
僕はゆっくりと左手を見る。
この手には――《創造》の力が宿っている。
………左手が小刻みに震えていた。
《創造》には、必ず“元になる物”が必要だ。
家を作るときは木だった。
斧を作るときは木と石だった。
じゃあ――人を作るときは。
人が、必要なのか?
犬は……何を元に作ったんだ、彼は。
そもそも、元がPCなら、
《創造》されても意思をもって行動できるのか?
それとも、ただのコピーなのか?
思考がぐるぐると渦巻く。
胸の奥がきゅっと痛い。
異世界ガイドの本をもう一度開けば、
もしかしたら全部わかるのかもしれない。
アレクサンダーのことも。
PC の真実も。
……そして《創造》の、ほんとうの意味も。
けれど――。
僕の手は、本の表紙に触れたまま、動かなかった。
怖かった。
答えを知ることそのものが。
僕はただ、目を閉じた。




