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「父さん、この子、誰?」
女の子が不思議そうに僕を見上げた。
「来訪者だ」
おじさんが短く答える。
「そっか! じゃあ、うちにおいでよ! こっちこっち!」
えっ? と思う間もなく、女の子が僕の手を取って、ぐいぐい引っぱっていく。
え、え? どういう流れ?
振りほどくタイミングを完全に失った僕は、されるがまま引きずられていった。
後ろでは、おじさんと牧羊犬が楽しそうに笑いながらついてくる足音がする。途中、村人がおじさんに和やかに挨拶をしていた。
やがて、村の中でもひときわ手入れされた一軒の家に着いた。
家の前には色とりどりの花。物干し竿では洗濯物が気持ちよさそうに風にはためいている。ほんの少し、美味しそうな匂いが流れてきた。
「母さーん! 父さん帰ってきたよー! 来訪者も連れてきたー!」
女の子は胸いっぱいの声で呼んだ。
そして、ようやく僕の手を放すと、ぱっと両手を広げて言った。
「ようこそ、我が家へ!」
「おいおい、困ってるじゃないか」
おじさんは笑いながら、娘の頭に軽く手を置いた。
「もし良ければ、ご飯でも食べていかないか? 妻は料理が上手でね」
そのとき、家の扉が開いた。
中から出てきたのは、柔らかく微笑む綺麗な女性だった。女の子とよく似ている。お母さんだ。
「来訪者なの? こんなに小さいのに……。大変だったでしょう?」
女性は心から心配するように言った。
………僕、10歳なんどけど?
「たいしたものは出せないけれど、少しは休めると思うわ。よければ、どうぞ上がって」
温かい声に、胸の奥の緊張が全部ほどけていくようだった。
「名前はもう聞いたの?」
女性は男性に顔を向けた。
「あっ、まだ聞いていないな」
「もう。しっかりしてよ。私は、エミリー。この人は旦那でアレクサンダー。アレク、で良いわ。娘はサラよ。あなたは?」
「ケント、て言います」
僕は久しぶりに自分の名前を口にした。
すすめられるまま席につき、出されたスープとパンを口に運んだ。
……うまい。
肉と野菜がたっぷり入ったスープは、どこか懐かしいような、でも食べたことのない優しい味だった。茶色くて少し硬めのパンも、スープに浸すとちょうど良くて、思わず頬がゆるむ。
食べ終えると、アレクサンダーが立ち上がりながら言った。
「弓矢の作り方を教えてあげるよ。外に出ようか」
僕は慌てて後を追う。
アレクサンダーは庭で、木の枝、石、鳥の羽、そして蔓を集めてきた。
それらを地面に並べ、彼自身の弓を僕の前に差し出す。
「弓と矢は、この材料から作る。よく見ておくんだ」
どうやら、全部手作業らしい。
……《創造》で一瞬で作れてしまう気もするけど、そもそも僕、本物を見たことがない。
だったら、ちゃんと観察しておくべきだ。
……ちょっと面倒だけど。
僕は息をひそめるようにして、アレクサンダーの弓と矢をじっくり観察した。
「作ってみるか?」
そう言われたけれど、僕の口から出たのは別の言葉だった。
「……先に使い方を覚えたいです」
「ははっ、作るより動くタイプか。いいぞ。こう構えるんだ」
アレクサンダーは笑いながら、弓の握り方、腕の角度、力の入れ方を丁寧に教えてくれた。
――む、むむむ……。
思った以上に難しい。
まず、弓を引く、という動きが出来ない。
矢は全然まっすぐ飛ばないし、腕も肩も張ってくる。
気づけば何度も何度も練習していて、辺りがすっかり赤く染まり始めていた。
まずい! 日が傾いてきてる!
夜が来たら、僕は……。
焦っている僕に、アレクサンダーが気づいた。
「村の中なら夜は襲われないよ。間に合わないと思うなら、泊まっていくか?」
「お願いしますっ!!」
反射的に頭を下げていた。
僕は夕飯までご馳走になった。
「お昼と同じものしか出せないの。ごめんなさいね」
僕は首を急いでふった。
「そんな事ないです。とても助かります!」
エミリーは少し申し訳なさそうに言ったけれど、そんなの全然気にならない。
むしろ、また食べられるなんて嬉しいくらいだ。
温かいスープと素朴なパンを食べながら、家族の話を聞いた。
ジョン――あの牧羊犬――が、今日ウサギを捕まえたとか。
アレクサンダーが弓矢の名手で、村でも頼られているとか。
サラは目を輝かせながら、いろんな話を止まることなく続けた。
家の灯りは揺れ、夜はどんどん深くなっていく。
「即席のベッドだけど……ゆっくり休んでね」
案内された部屋には、藁を丁寧に重ねたベッドが置かれていた。
僕はそこにそっと横たわる。
――藁の匂い。
カサッとした布越しに、乾いた土と草が混ざったような懐かしい匂いがした。
胸の奥が、じわりと温かくなる。
同時に、家族のことを思い出した。口数の多い母と二人の妹達。賑やかな時間が日常だった過去。涙が、出そうになった。
異世界なのに、初めて安心できる場所に出会えた気がした。




