入学手続き
登場人物
明星ほたる
明星母
駅員
春夢線の駅員女性
春夢ノ運河
推薦書
20xx年 4月〇✕日
明星 ほたる 殿
この度、マリー・マリーンズ貿易学園に相応しい
生徒であること、心よりお喜び申し上げます。
本学園からの編入という形で貴殿を推薦致しました。
なお、生徒は学園到着時に本学園1階受付にいくつか書
類を提出する必要がございます。
手続きに必要な重要書類を添付致しましたので、お手数
ですが注意深くご確認ください。
マリー・マリーンズ貿易学園の青春の物語の一員とし
て、貴殿を新しく迎え入れる事を、我々一同大いに心
待ちにしております。
敬具
マリー・マリーンズ貿易学園
総統生徒会長
明け方の空のような綺麗な便箋の中には、そう言った内容の推薦書が入っていた。推薦書の他にも、入学時に必要な教材のリストと受付に提出する入学許可書。そして他のどの駅でも見たこと無いような煌びやかに輝く七色の切符が入っていた。
海速線特急列車券
マリーン・マリーンズ貿易学園行き
春夢ノ運河線片道切符
便箋の受け取り主である女子高生の明星ほたるは、春夢ノ運河線という言葉に検索をかけるもヒットしないことに違和感をもち、母親にこの手紙のことを伝える。
「お母さん。マリー・マリーンズ貿易学園?ってとこから推薦書が来てるんだけど。」
母は驚いたように目を丸く見開くものの、微笑みながら何か知っているかの如くボソリと呟く。
「そう。ほたるにも来たのね。」
不思議に思ったほたるは、この手紙が悪戯に投函されたものではないかと再度疑問を投げかけた。
すると、思い出に浸るように笑みを浮かべ、つらづらとほたるに言葉を紡ぐ。
「私も最初こそ驚いたわ。嘘なんじゃないかって。でも、その場所はたしかに存在して……今でも私の大切で、一番の思い出の場所。」
「あなたのお姉ちゃんもそこの学園に入学したのよ。」
母の言っていることはさっぱりで彼女には結局何が何だか分からなかった。しかし、最後に気になることを言っていた。姉がこの学園に入学をしていたということだった。
「お姉ちゃんが……。」
ほたるはもう一度推薦書を目にやると、先ほどまで空白だった書類の右下には、
『今現在の学校生活が充実し、この推薦が不必要であれ ば、御足労おかけ致しますが、そちらで処分頂くようお願い申し上げます』
という一文がじわじわと浮き上がり綴られていた。
魔法のように現れた一説。不可思議非科学的な現象に疑問と混乱がさらに頭の中をぎゅうぎゅうに埋め尽くす。
「お、お母さん!も、文字が!。」
あたふた慌てふためくほたるを可愛らしいと思う母親は、彼女をひとまず落ち着かせ席につかせる。
「ほたる、座りなさい。」
落ち着いた様子で優しく誘導する母親にほたるは一旦の落ち着きを取り戻し、ゆっくりと椅子を引いて腰をかける。
一呼吸おいた後に、大まかに頭の中で情報を処理していく。そしてもう一度彼女は母親に問う。
「お母さん、この学園ってなに?」
彼女の質問に母は眉に力を抜いてふふっと笑みを漏らし、真実を告げる前に彼女に丁寧に尋ねる。
「ほたるは、何がしたい?_____。」
春夢ノ運河線の行き方は最寄り駅の駅員にお尋ねください
推薦書はたちまち行先を示す書類へと変わっていた。
大きなアタックケースを引き、パンパンに膨らんだリュックサックを背負い、彼女は普段通学に使う最寄り駅に訪れていた。マリー・マリーンズ貿易学園、海速特急列車、そして、春夢ノ運河線。本やネット、あらゆる文献を調べてもそんな線や学校は、かすりとも存在しなかった。
疑心暗鬼になりながらも、ほたるは改札口近くにいる駅員に聞く。
「あの、すみません。」
「はい。どうかしました?。」
「えと……その。マリー・マリーンズ貿易学園って所に行きたいんですけど。」
「はぁ。マリー・マリーンズ?。ごめんだけど、何線?。」
「……えっと……春夢ノ運河線なんですけど……。」
案内書に書いてある言葉を使えば使うほど、駅員の眉にシワがよる。どうやらいたずらかなにかだと勘違いしているようだった。
「あのね、お嬢ちゃん。君高校生でしょ?こういったイタズラは困るよ……。」
「うう……そうですよね。ごめんなさい。」
やはりというべきか、駅員ですら知らないのだから、マリー・マリーンズ貿易学園も春夢ノ運河線も何もかもこの世には存在しないようだった。顔から火が出そうな思いでいっぱいになりながら、重い荷物を持ってトボトボと駅から立ち去ろうとすると、先ほどの駅員の後ろからほたると同じ歳くらいに見える女性が奥から現れてほたるに声をかける。
「マリー・マリーンズ貿易学園?。知っていますよ。」
「え?。」
「子供の戯言だ。そんな場所ないし、存在しない。するはずもない。」
駅員が女性にそう吐き捨てるが、彼女は聞きも見向きもせずただほたるにだけじっと暖かい眼差しを向けてくすりと笑みを飛ばす。
「ありますよ。」
「はぁ……それに、君は誰だ?。」
「お客様。乗車券はお持ちですか?。」
駅員の言葉を無視し、その女性はほたるに乗車券を見せるように言う。先ほどはよく見えなかったが、彼女の装いはその駅の従業員とは似ても似つかない不思議なユニフォームに身を包んでいた。白と深い海の底のような紺色を基調とした制服には、まるで天の川が流れているように美しく輝きを魅せていた。ほたるは急いでポッケのそこに手を突っ込み、乗車券を見せようとする。
「はい。これ……あっ。」
マリー・マリーンズ貿易学園の切符を取りだしたその瞬間、その切符の輝きは更に一層光を放ち、辺りは幾つもの色彩に包まれる。キラキラとよく光るのだから、太陽の日差しを反射したのだろうとほたるは思い込んでいたのだが、先程まで話していた駅員がなにやらキョロキョロと辺りを見渡し始める。
「……。」
先程こちらを嫌そうに見ていた駅員は、まるで2人が見えていないかのように業務を再開し、時計を確認した後事務室に戻る。もしかして、見えていない……?。
「確認が取れましたので、春夢ノ運河線、マリー・マリーンズ貿易学園行きの特急列車の場所までご案内致しますね。」
唖然としていたほたるに、表情を変えず微笑みながら丁寧に乗車券を手渡される。
「私が立つ手前の改札口に切符を通してお進みください。そのまま奥に進み、左側に行きますと1番のりばがございますので、そちらの列車にご乗車ください。」
ほたるはまた釈然としない気持ちに陥った。というのも、その行き方だとほたるが平日毎日通学に使う路線の電車に乗ることになるからだ。彼女の中の疑念と不安はさらに強まり膨らむばかりだった。
「……わかりました。」
あの女性の言葉を半ば信じ、一番のりばのホームの椅子に座り、列車を待つ。
しかし妙であった。ホームには自分以外誰一人として、まして反対側のホームにも人が居ないのだ。
そう考えていると、列車が到着するアナウンスが流れる。
「まもなく、1番線に、マリー・マリーンズ貿易学園方面行きが到着致します。危険ですので、黄色い線の内側でお待ちください。」
そのアナウンスは、たしかに学園の名前を放送した。
「うそ、ほんとにあるんだ……。」
非現実が、現実へと変わる。
線路の奥の方から列車が目を光らせて快走と言わんばかりに楽しそうに線路を走る音が聞こえる。先頭が目に見えるほどの距離まで近づいてきたその列車はまるで上空の宇宙に接する前の中間圏のように暗い紺のボディに、さながら天の川銀河を連想させるほどキラキラと輝いて見えるほど美しいデザインに身を包んでいた。見た目こそはよく見る、丸い空気を受け流しやすいフォルムをした列車だった。
ほたるの目の前で止まった列車は、景気よく空気を吐いてドアを開く。ドアのすぐそこには、また別の女性の駅員がほたるに軽く会釈をする。
「どうぞ、ご乗車くださいませ。お荷物お持ちいたしますよ。」
困惑しながらも、しかしほたるはこの旅にいつの間にか心が踊っていた。
持っていた重たい荷物を駅員に渡し、彼女は列車内へと足を運ぶ。
中はまるで貸切状態で、中には誰一人としていなかった。
ほたるは何となく落ち着く席に腰をかけて一息つくと再び駅のホームからアナウンスが流れる。
「1番線から、マリー・マリーンズ貿易学園行きの列車が、発車致します。」
列車はぐんぐんと運行速度を上げ、椅子の下からモーターが元気に声を出す振動を感じる。
外の景色も、やはり少し違うのだろうかと眺めていたが、そこは変わらなかった。すると、ガラリと列車と列車を繋ぐ扉が開く。現れたのは、先程自分を案内してくれた女性の駅員であった。
彼女はほたるを見るやいなや、微笑みながら軽く会釈をし、ほたるもたじろぎながらもお辞儀をする。
女性はコツコツと靴を鳴らし、座っているほたるの横までゆっくりと歩み寄る。
「前、座ってもよろしいでしょうか?。」
「はい。大丈夫ですよ。」
「ありがとうございます。」
座席に座るまでの上品な身のこなしの一連にほたるは見入っていた。
一息ついたと思えば、その女性は
「あなたのお名前、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
と名前を聞かれる。
「明星ほたるです。……あ、先程はありがとうございます。」
感謝の言葉を述べると、女性はくすくすと笑い大丈夫だと言ったように手を振る。
「きっと、聞きたいことが山ほどあるでしょう。この列車の事はもちろん、行先も。」
女性は窓の外の過ぎ去るビル群を眺め、言葉を綴る。
ほたるは先程まで抱いていた疑念が蘇り、恐る恐るその女性に存在の証明を求める。
「私は、どこに行くんでしょうか?。」
ガタゴトと線路を高速で走る列車は、とうとう道路に侵入する。薄暗く、青い優しい光に包まれた車内は、まるで水族館の中にいるようであった。
「不思議ですよね。私たちは子供として生まれ、子供として育ち、そしていつしか知らぬ間に大人になって往く。」
「思ったこと、ないですか?。早く大人になりたいって。」
「でも、大人になってから、気づくんです。自分が子供だった時のかけがえのない時間。もう二度と味わえない経験に、体験。友達に、勉学に、遊びに……。」
列車が揺れ、静寂が訪れる。
女性は目を閉じ、何かに想いをふけっている。
ゆっくりと瞼を開けた後に彼女の一人呟く言葉は次第にほたるの方へと向ける。
「明星ほたるさん。これから貴方に待ち受ける数多の運命はきっと、海のものとも、山のものとも想像につかないでしょう。」
「沢山経験してください。楽しんで、泣いて、笑って、喧嘩しちゃったりして。うふふ。」
「ああ、どこに行くか、でしたね。申し訳ございません。…………貴方が行く場所は……。」
女性が窓の方に視線をやる。それにつられて、ほたるも窓に目を向ける。
列車は海底から顔を出すようにトンネルを抜ける。
間もなくして眩い光に目が慣れ見えた先には、雲ひとつない青空ずっと先までも見えてしまうような水平線を目にした。列車は大海原を横切っていた。
「青春の延長線上に。」
列車が海を走っている非現実さを忘れ、キラキラと乱反射する鏡のような海面に、まるで爽やかな青の大きな一枚のオーロラの空にほたるは思わず感動の言葉がこぼれ落ちる。
「……きれい……!。」
女性を他所に、窓にベッタリと顔を近づけて絶景を目に焼きつけるほたるを、その駅員はまた優しい眼差しを向ける。
「それでは、私は失礼します。おサボりがバレてしまいますから。」
「あ、あの!。」
ほたるが咄嗟に呼び止める。駅員は何事かという様子でほたるに顔を向ける。
「あなたは……?。」
自分の名前を聞くほたるに、ほんの一瞬困惑しつつも、直ぐにいつもの笑顔に戻り口に人差し指を当てるサインをする。
「最初に作るお友達の名前は、私ではありませんから。」
女性は業務に戻るため、先ほど来た道を辿り後にした。
呆然と見送るほたるは何か思うことはあるものの、旅の続きを始めた。
マリー・マリーンズ貿易学園終着まで、あともう少しだった。
旅立つ前に、母親と最後に交わした会話を思い出す。
「ほたるは、何がしたい?」
「わたし……わたしは……。」
列車内では、駅に到着するアナウンスが流れ始める。
「間もなく、終点、マリー・マリーンズ貿易学園。」
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