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告白

作者: Ring_None

 こんにちは。Ring_Noneリノンと申します。私の作品を見つけてくださり、ありがとうございます。この作品は、エッセイとなっています。私が忘れることのできない記憶を、忘れたくないと思う記憶を、拙い文章で書きおこしたものになります。見苦しい文章表現や情景描写などが多くあるとは思いますが、最後まで読んでいただければ幸いです。

 あとがきにも書いているのですが、この作品を読んでの評価・リアクション・感想等を、一言でも寄せていただければ幸いです。何卒よろしくお願いします。




︎ 名も無き私から、たった1人だけのあなたへ。

 向日葵とベゴニア、1本のペンを携えて、あなたの心へ。




 花瓶の中で、小さな芽が顔を覗かせました。

 出会ったのは、中学生の頃です。早めに登校したのはいいものの、見慣れない環境にぽつりと置かれ、何をすればいいか分からなかったあの時。教室の雰囲気は小学校のころとあまり変わっているところはなくて、彫刻刀で名前やら絵やらが彫られた机やいすが、整然と並べられていました。私は、小学校時代に一緒だった友達と何かバカ騒ぎをするでもなく、ただじっと自分の席に座って、窓から見える景色をぼんやりと眺めていたことを、今でも覚えています。

 降り積もっていた雪が徐々に溶け始め、新緑の息吹が芽を出す校庭と、せわしなく高架を走る白銀の電車。晴れ渡った雲一つない空に、世界を優しく包む空と太陽。

 次第に移り変わる世界、いつもとなんら変わることのない平和な世界。そんな時、私の横に、静かに一人の女性が座りました。

 頭の奥で、弓を引く音が聞こえたような気がしました。

 私よりも幾分か背丈は小さく、後ろできれいに束ねられた艶やかな黒髪。どこかあどけなさが残る面立ち、まっすぐと一点を見つめる、濁りなき一対の瞳。そしてほんの少しだけ焼けた健康的な肌。私の顔を見て、「よろしくね」と言ったときの、温かくて、どこか柔らかさを感じさせる声音に、あの屈託のない笑顔。

 あの時、確かに私に、矢は放たれたのです。




 芽はやがて、空へと背を伸ばしていきます。

 はじめは席が隣なだけの2人でしたが、気づけば委員会やクラス内での活動で、しばしば同じ役割を任されることがありました。授業中や休み時間に話すことはあまりありませんでしたが、活動の中では、彼女と行動を共にする機会が多かったのです。

 彼女について、ほんのわずかに、それでも少しずつ知っていく度に、いつしか私は、彼女の虜になっていました。

 幼さを残しながら、それでもどこか凛々しさを感じさせるその美貌に。

 たゆまぬ努力を続け、何かを成し遂げようと、一歩ずつ成長していくその生き様に。

 色とりどりの花が咲き乱れるその中で、微笑む姿が世界で一番似合うだろうその笑顔に。

 それでもどこか抜けていて、かわいらしさを端々に残したその愛らしさに。

 気づけば彼女のことしか考えられなくなり、その姿を目にするたび、視線を交わして他愛のない話をするたびに、私の心臓の拍動が速く、強くなるのを感じていました。

 それからというもの、私の生活する日常は、いつ、どんな日であろうとも、濁りのない空が広がり続けているようでした。

 雨の日であっても、風の日であっても、灼熱の日であっても、体の芯から凍える日であっても、私の中にはいつも、彼女という、絶対に折れることのない、その花弁を散らすことのない、萎れることのない、美しい花が咲いていました。どんな世界を歩いているときでも、力をもらえる、生きていく原動力を手にできるような、そんな不思議な力が、彼女にはありました。

 そんな彼女に、私はずっと想いを寄せていましたが、その花を撫でることも、触れることも、匂いをかぐことも、躊躇してしまっていました。私如きが触れるべき存在ではないと、心のどこかで感じていたのです。

 私は昔から、無知で、恥ずかしがり屋で、内気で、臆病者で、愚か者で、受け身の人間ですから、花の手入れがなんたるかを知らなかったのです。その花との距離が、今よりもずっと遠くへ離れてしまうことを怖がったのです。動きもせず、ましてや私に振り向いてくれるわけでもない高嶺の存在の方から、近づいてきてくれないものかと、無謀であり、阿呆な願いを続けていたのです。そのくせ、手入れの仕方も、触れあい方も、振り向かせ方も、何も学習しないでいたのです。

 私の行動は、すべてが遅すぎたのです。そしていつも、他人任せでした。私が半端な人間であったがゆえに、とるべき行動の選択を誤り、多くを無駄にしたのです。

 寒気と乾いた空気が喉を蝕み、歯を食いしばって命が芽吹く季節は過ぎて、あいの風が熱を伴って肌をくすぐり、世界から影が消える季節は過ぎて、彩りが枯れ落ち、鈴虫や地虫の奏でるオーケストラの演目が終幕へと近づく季節は過ぎて、空気すら凍え、白銀と北風が跋扈する季節は過ぎていきました。

 私は何もせずに、ただ黙って、直立して、季節が死んでいくその様を眺めていたのです。




 小さな蕾が孤独に生まれ、ひっそりと佇む夏。多くのものを見殺しにした2年の夏。私は、ラブレターというものを書きました。当時の私が、最大限に頭をひねって、そうやって生み出した拙い文章を、私のぐちゃぐちゃで、不揃いな文字で、B5の紙一枚に書き記して、彼女へと送りました。ようやく書き終えて、顔をあげた先に広がっていた、水色の空とそびえる入道雲が印象的でした。

 そこで何を書いたのか、あれから6年たった今でも、私は昨日のことのように思い出せます。

 彼女は、冷やかされることが大嫌いでした。しかし私は考えていることがすぐ表に出てしまうような、とても分かりやすい人間でしたので、「私が彼女のことを好いている」という噂が、半紙の上にぽとりと落ち、染み込んでいく水性絵の具のように、じわじわと、そして確実に広まっていたのでした。そしてそれはいつの日か、紙全体に滲んでしまいます。

 私は恥ずかしがりな人間なので、彼女と話すことはほとんどありませんでしたが、しばしば、彼女の顔を覗き込むことはありました。勇気がない私には、横目で彼女を見ることが精一杯だったのです。それだけで私は、どこか満たされていたのです。

 いつもと特段変わり映えしない、とある日。そのことを冷やかされたときの彼女の表情が、微かに、ほんの僅かに、歪んでいました。優しかった彼女はそうした感情を表に出すことはあまりしませんでした。いつも凛としているか、天使のように微笑んでいた彼女。だからこそ、あの表情が忘れられず、脳裏に焼きついて離れなかったのです。

 私は、ラブレターというものの中に、私が彼女に対して寄せる、正直な想いを書きました。そして最後に、私が感情を隠せない下手くそな生き物であるがゆえに、彼女には似つかわしくない表情を浮かべさせてしまったことを、謝罪しました。

 これは果たして謝るべきことなのかと、普通の人であれば思うのかもしれません。ですが、私は人間にはなることができていませんでした。それは決して、「非凡ではない」という意味合いではなく、「人間らしさを知らない中途半端な存在」であるということです。

 私が大切にしたいと、一生見ているだけでも構わないと思わせた一輪の花の輝きが、少しでも曇ってしまったことが、ましてやそれが私が蒔いた種が原因であったことが、私にはどうしても許せなかったのです。

 どうせいい方向には転ばないとは、薄々感づいていました。私のような存在は、いわば没個性といえるようなものでした。ずば抜けて運動ができるわけでも、勉学に長けているわけでもなく、いつも誰かの真似ばかりをしている、二番煎じの生き物だったのです。もちろん世界にとって、はたまた誰かにとっての、唯一無二ではありませんでした。

 それでも私は、溜め込んだすべてを吐き出したかったのです。

 抱え込むにはあまりにも罪深い咎を。

 稚拙な文才で書き起こした贖罪を。

 彼女という花が、私をいつまでも魅了するほどに美しいという告白を。

 それほどまでに、あなたという存在が美しいこと、それを知ってほしいという醜いエゴを。

 そしてあわよくば、私の側で咲き誇ってくれる、大きな寄る辺になってほしいという傲慢を。

 今思えば、自己満足のようにも思えます。あのころからずっと変わらず、私は愚かなままなのです。

 とにかく、そんな手紙は無事に彼女の手にわたり、あとは返事を待つだけでした。




 そして、蕾はゆっくりと花開き、咲き誇りました。

 返信は、私と同じく小さな紙の手紙でした。当時流行っていたらしい手紙の折り方がされた紙には、私と比べ物にならない、中学生のそれとは思えないような達筆な文字で、つらつらと文章が羅列されていました。

 朝読書の時間が始まる前、それぞれが朝の陽ざしに肌を湿らせ、重たいリュックサックを背負って教室にやってくる時。私は折りたたまれたそれを、宝物のように丁重に扱い、開きました。

 夢を見ているのではないかと思い、何度も読み返しました。こみあげる喜びを懸命に抑えながら、彼女の文字をゆっくりと目で追い、まるでいとおしい存在であるかのように、それを指でなぞりました。それでも、書いてある文字が急に変わることも、瞬きをした瞬間に夢が覚めることもありませんでした。

 中学の頃の私にとって、それはかつてないほどの幸福であり、奇跡であり、人生で最も輝かしい瞬間でした。

 ただ横目で追うことしかできなかった、私が手にするのはあまりにも美麗な一輪が、私のもとへとやってきてくれるとは、到底想像できるような話ではなかったのです。人生という脚本を書く作家が、ペンを走らせすぎたがゆえの産物のように、感ぜられたのです。

 しかし当時の私は、唾棄すべきほどに無知で、愚鈍で、度し難い凡愚でありました。

 私が目標としていたことが「彼女の隣に立つこと」であったのです。あの花さえ手に入れば、それでいいと考えていたのです。それ以降に、どんな言葉を紡いで、どんな心情で語らって、どんな思い出を作って、彼女と何を成しえたいのか、私の世界をどう変えていきたいのか、そんな妄想を、夢を、創作の物語を、私は抱けずにいたのです。私は、花への礼節を怠ったのです。

 本当に、文字通り、形だけのものでした。

 実際、並び立って共に世界を冒険したのは二回。その間、私は一度も、彼女の肌に触れることはありませんでした。これもすべて、肝心なところでいつまでも奥手であった私の罪なのです。

 別に、私の手で花を勝手に剪定して、自分好みに変えたかったとか、吐き気のするような自分勝手な何かを望んでいたわけでも、劣情を満たそうと考えていたわけでもないのです。

 ただ私は、もっと彼女のことを知りたかった。ただ、それだけでした。

 それは別に、特別なことではないのです。

 好きな食べ物は?嫌いな食べ物は?好きな教科は?苦手な教科は?好きな曜日は?得意なことは?趣味は?特技は?口癖は?将来の夢は?いつも聞く曲は?好きな歌手は?好きなテレビは?好きなアニメは?どんなことで、どんな顔で喜ぶの?怒るの?哀しむの?楽しむの?

 私はきっと、彼女の「特別になりたかった」だけでは、決してなかったのです。一段飛ばしをして置き去りにしてしまった、「友達」に、私はなりたかったのです。

 それだけで、あの日の私はきっと、果てしなく広がる花畑の中心に、どこまでも青く澄み、雲も汚れも塵も何一つない、誰もが到達を夢見る桃源郷へと、迷い込むことができたはずなのでした。

 彼女という花には、何ら非と呼べるものはありません。端麗なそれを手に持ちながら、それをただ窓辺に飾るだけで、水をやることも、肥料を与えることも、何か楽しませようとすることもせず、何もしようとしなかった幼き私が、諸悪の根源であり、私にとっての大悪党なのでした。

 花を手にしたという事実、それを鼻を高くして、ひどく誇らしげにしていた私は、なんて小さなプライドを、小さな自信を持った生き物であったでしょう。

 あの頃は幼かったと、言い訳もできるでしょう。もしかすれば、あの時に同じような恋に悩んでいた人々が、同じような後悔を、今も抱いているかもしれないでしょう。自身の無力さに、尻の青さに、至らなさに、爪をたてて肉を抉るのは、私だけではないかもしれません。

 それでも、他人のことなど知ったことではありません。私の苦しみは、私だけのものなのです。その苦しみは、痛みは、後悔の念は、誰にも理解されない、唯一無二のものなのです。矮小なプライドと、人間になれない半端な生き物の私には、それが許せない、ただそれだけなのです。たらればでしか物事を回想できず、責めることしかできない私には、そんな醜態しか曝け出すことができないのです。

 もう少しで大人になるというのに、なんと幼いことでしょう。思わず、嗤ってしまいそうになります。

 後悔は先に立たない、それはひどく当たり前のことです。その言葉も、そこに込められた意味も、先人がそんな慣用句を今世に遺していった理由も、何もかもを知っていたはずなのに。私は、それはもう見事なほどに、取り返せない後悔をいくつも積み重ねていったのでした。

 明け方、空が暖色に変容し、命が目覚め、世界が始まる季節は過ぎて、藍色の世界で、色とりどりの花がそこに咲き乱れて、空気と心を焦がす季節は過ぎて、夕焼けが稜線を焼き、移ろう世界に風や虫の音が静かに響く季節は過ぎて、早朝、霜が降りて、ゆらゆらと揺れる炎に魅了されることに趣を感じる季節は過ぎて。

 あの時の私は、季節が次々と生き返り、輪廻しているように思っていました。生命の神秘に、世界のまぶしさに、言葉に言い表せぬ荘厳さに、私は人知れず感動していました。

 しかし今になれば、あの頃の私は何も学ばないままで、あの時と同じように、季節を殺していたのでした。

 過ぎ行く何かに、去りゆく何かに、散りゆく何かに、死んでいく何かに、殺されていく何かに、私が殺した何かに、気づけないままであったのです。




 そうして、花は萎れ、地に落ちました。やむを得ないことであり、どちらも納得した上でありました。

 もちろん、気が動転しました。ですが、そこで食い下がるほど、私は強く出ることができる生き物ではありませんでした。そんなことができるほどに、私はあの花に何かを与えたことも、与えようとしたこともなかったのです。

 その日を境に、彼女とは特にこれといった連絡も取らず、言葉を交わすことすらなく、ただ静かに、高校という新しい環境に溶け込んでいきました。

 当時を生きていた私を回想して、今言えることは、未練たらしく、情けない弱者になり下がったという、まぎれもない、ごまかしが一切きかない事実だけです。そこには、詩人や小説家が後世に遺そうとするような、美しさも、輝きも、何もありませんでした。

 納得した別れでしたが、それでも私の心は、未だにあの日々の中に置いてきたままでした。

 教科書も、ノートも、教室に置いてあったリコーダーも、参考書も、習字セットも、絵の具の筆も、空になった絵の具のチューブも、画伯たちが残した数々の作品も、クリアファイルも、給食袋も、育んだ友情も、人間と過ごして得た、かけがえのない財産も。春が一歩、また一歩と、雪景色の中を、小さな歩幅の足跡をつけながら近づいていたあの卒業式の日に、すべて持ち帰ってきたはずでした。

 ですが、私の恋心は、今もあの教室に、あの学校に、輝かしいあの青春の日々に、その中でひときわ輝いていた花の側に、忘れてきてしまったのでした。

 それを取り返そうと、必死にもがいていた時期が、短いながらあったのです。

 ただがむしゃらに、憐れなほどに細く瘦せこけた、なんとも情けなく映る手足を、懸命に動かしていたと、そう記憶しています。ですがその姿は、外から見た時に、どれほど滑稽であり、醜く、視界に入れることも躊躇われる、無様な恰好であったでしょう。

 そんな醜態を、惜しげもなく、私はあの花に見せたのです。そんなものとは無縁な世界で、凛としたたたずまいで咲くあの花に、私の恥部を、惜しげもなく見せてしまったのです。これを滑稽と言わず、愚かと言わず、なんというのでしょうか。何をするにも足りない脳しか持ち合わせない私には、そんな単純なことが、客観的に自身を視るということが、できなかったのです。

 相手の心を読むこと、相手の言わんとすることを察すること、相手のテリトリーに土足で立ち入らないこと。これは、人間が暗黙のルールと呼ぶものです。それすら理解することのできていなかった私は、16年間もこの世界を旅してきたとは思えないほどに、世間を知らず、幼稚であり、マナーを忘却した存在でありました。

 小さな器なのです。小さな生き物なのです。過去の栄光に、目視できるかも怪しい極小のそれに必死にしがみついて、自分をよく見せようと、輝いていた過去を無理やりに持続しているものとして、虚言を吐くことを厭わず、多くの人間を騙しながら悦に浸り、それでいて罪悪感と呼ばれるものを何も感じない、そんな恥ずべき、人間になれずにいる、ただの醜いケダモノなのです。

 それでいて、浅ましいのです。身勝手なのです。ただただ花を横に置いておくだけで、世話も手入れもせず、その花をより美しくするだとか、私にしか見せない姿を見せてほしいと願って尽くすだとか、そんなこともできない無責任な人間が、もう一度花を見たいと、側に置きたいというのです。花の喜ばせ方も、愛で方も、慈しみ方も、何もかも、知らないのにもかかわらずです。

 こんな生き物の側に、いったい誰が近づきたいと、それでも側にいたいと言うのでしょうか。この世界をも自身の大きな心の器におさめるような神様ですらも、きっと匙を投げることでしょう。

 もう、分かり切っていることなのです。認めたくはなくとも、認めざるを得ないほどに、私は落ちぶれていたのです。彼女の横に並び立てると胸を張って言えるような、生き物ではなくなっていたのです。

 いつの日か、私の側で咲いていた花は、地底を這いつくばる私には見えなくなりました。その花が落とした花弁や葉、ましてや花粉ですらも、私は目にすることはできませんでした。はるか遠い昔に嗅いだ、あの甘い匂いが、私の記憶に、鼻腔に、ほんの僅かにだけ、香っていました。それだけが、私の持つ小さな希望であって、目標であって、思い出でありました。

 そんな生き物でしたから、私は高校でこれといった思い出の一つも残さず、卑劣な人間性に、身の上に、不格好な外見にふさわしい生活を送ったのです。




 花瓶から命の呼吸は聞こえなくなり、気づけば、私は歳をとっていました。といっても、変わったのは外見だけで、高校から飼いならしている愚昧な部分を、ひた隠しにしているだけでありました。あれから何年もの歳月が流れてもなお、私はあの愚かであった頃のまま、何も変わらずにいたのです。

 私は歳を重ねましたが、成長したのは、醜い本性を隠して、取り繕う技術だけでした。それは人間らしいことかもしれません。人間が持っている「優しい猛毒」を身につけたといえるかもしれません。しかし私は、人間のもつ美徳とか、優しさとか、思いやりとか、そういったものを、一つも持てずにいたのです。

 一度死を望んで、命を絶とうとしても死にきれず、無様に泣きわめいて死の淵から這い上がったにしては、随分と腑抜けた姿であり、己の成長のしない様を、私はひどく嗤っていました。私はいつまでたっても、人間になりきれない中途半端な存在であったのです。

 地元から離れ、過去の交友関係やしがらみから解放された大学という場所で、学歴主義、過去問、アルバイト、パーマ、カラフルな頭髪、ピアス、ハラスメント、酒、たばこ、ギャンブル、セックス、そんな低俗なものの蔓延る、自由であり、勉学に励むと思っていた気持ちが拍子抜けする場所で、自分なりに生きる場所を見つけ、人間らしい所作を見よう見まねで習得して、ずいぶんと腑抜けた生活を送っていました。

 それでも、大学という場所で過ごす生活は案外楽しいものでした。部活動に励み、溜まりゆく課題を、隣に座る友人と愚痴りながら、時に他愛のない話をしながら消化していき、休日には夜の街に繰り出して、ソフトドリンク片手に居酒屋でバカみたいに大笑いして日付を跨いで、夜明けの囀りをBGMに眠りにつき、今しか持てないフットワークの軽さで、どこかへ旅に出たこともありました。

 どす黒い感情を、過去に置いてきた愚鈍な私を、やり残した後悔の数々から目をそらすことができるくらいには、日々の生活に没頭していました。

 しかしいつの歳になっても、盛り上がるのは恋愛の話でした。高校でそうした類の会話をしたことのない私は、なんだ、中学の頃と変わらないのだな、と胸の中で思いました。人の心を動かすのは、いつだって桃色の物語だったのです。

 大学に来た人間は、出身地がバラバラであり、境遇も、経歴も、しまいには年齢でさえ異なります。十人十色という言葉がぴったり似合う、それはそれは多様な話があふれていました。

 馴れ初め、初めて手を取ったときのこと、下世話な体験談、不満、そして別れ。どれもリアリティがあって、同時にどれも知らないことばかりで、話についていけず、しまいには耳を塞ぐこともありました。都合の悪いこと、聞きたくないこと、知りたくないことが、多くありすぎたのです。

 私はその場所で、何か恋愛について語ることはありませんでした。私は、恋愛とは何たるか、その知識を、青春のどこかに落としてきてしまっていたのです。

 人を好きになるとは、そもそもどういうことか。好きになると、私の心の中はどのような想いであふれるのか。そもそも、私が好きになるような人間とはどんな人物か。

 恋愛に関連するすべての知識が、致命的なほどに、すべて剥がれ落ちてしまっていた―—いえ、それは違います。

 きっと私は、知っていました。覚えていました。それでも、それを思い出すことを拒んだのです。

 怖かったのです。決別したはずの、蓋をしたはずの青春の記憶を、うっかり覗き込んでしまうことが。 

 見てしまえば、これまで積み上げてきた、「青春抜き」の人生観が、物語が、終わってしまうのです。無理のある封じ方ですが、だからこそその脆さを熟知していたので、私は知らないふりをしました。そうして私はまた、私と仲間を欺いたのです。

 これは人間になれないからこその、ちぐはぐさと言えるものでしょう。ですがそれは、大学という場所で生きていくために必須なスキルではありませんでした。それにその時間は、誰かを追及する時間ではなく、纏っているヴェールを脱ぎ捨てて笑おうとする時間でした。ですから特にそれを気にすることもなく、周りの人間もその違和感を指摘することもなく、別の人の与太話に盛り上がり、一夜を明かすのでした。




 ある時、子どもと交流をする機会がありました。

 多様性という、最近生まれた非常に便利な言葉で守られた私は、とても奇妙ないで立ちをしていました。まるで、いくつかの人形を切り裂いて、それを無造作に縫い合わせて作られた、珍妙な、それでいて不気味な様相でした。そうすることでしか、私は私のアイデンティティを確立できないがゆえの外見であったのです。それでも彼らは、私を受け入れ、その太陽のような笑顔を、私に見せてくれるのでした。

 人間ではない私にはもったいないほどに笑うものですから、私も楽しくなってしまって、子どもと戯れる、現実から幾分か離れた世界に迷い込んで、真夜中だけが鍵を持つ金庫から引っ張り出した童心を片手に、駆け回るのでした。

 そんな折でした。あれは確か、中休みに校庭で遊んでいた生徒を教室へと帰した後で、とある教室を訪れた時のことです。

 さんざん引っ張りまわされて、ショート動画を見るように変わる遊びに翻弄され、交流が終わってしばらくしても、少しばかり息を切らしながら、次なる教室へと足を運びました。物珍しそうに盗み見する視線が私に集まりますが、子どもたちはすぐに視線をそらしてやりたいことに没頭しようとします。そんな視線や扱いには慣れっこですから、特に気に病むことなく、手元の資料に目を落とします。

 そして顔をあげた時、私はとある光景を目にして、固まってしまいました。文字通り体が硬直して、視線がある一点に注がれたのです。酸素を欲していたはずの肺が呼吸を止め、体温が少しばかり上がりました。

 視線の先にあるそれは、一人の少女でした。それは決して、この空間に似つかわしくない、パンチのきいた見た目をしていたわけでもありません。一見、どこにでもいそうな、ごくありふれた姿恰好をした、少女でした。

 直毛の髪の毛を後ろで束ねて、背丈は低く、健康的な日焼けの似合う、スポーティーでありながらどこか知的なものを感じさせる面立ちの、一人の少女でした。

 息をのみ、両眼を大きく見開きました。

 閉ざされた岩がずれて、その隙間から、太陽が顔をのぞかせました。

 思い出したのです。思い出して、しまったのです。

 忘れようとしていた、もう取り返しのつかない後悔の数々を。

 無理やりに蓋をして、もう二度と思い返したくないと閉じ込めた激情を。

 意図せず、あるいは意図して記憶の隅から転がり落ちようとしていたさせようとしていた、くだらない日常の瞬間を。

 


 そのすべての情景の中で、記憶の中で、凛とした姿で、慎ましく、それでいて華やかに咲いていた、あの一輪の花を。

 


 耳を塞ぎたくなりました。

 両目を開かないようにしたくなりました。

 舌を嚙み切りたくなりました。

 泣き出したくなりました。

 意味もなく叫びたくなりました。

 逃げ出したくなりました。

 どこか遠くへと走りだしたくなりました。

 しかし、浮世の世界から遠く離れようとしていた私の魂は、気づけばなすすべもなく鷲掴みにされ、華奢な心しか持たない私には、到底耐えられない痛苦が、そこかしこに点在する世界へと、叩き落されたのです。

 とうに捨てたはずのあの日々が、いいえ、捨てきれずに握りしめていたあの日々が、景観が、音色が、空気が、色彩が、雰囲気が、感情が、いつしかモノクロになっていた世界に、ゆっくりと色を付けて、私をあの頃に、身も心も何もかもが幼かったあの頃に、引き戻したのです。

 思い出して、しまったのです。思い出せるようになってしまったのです。

 ああ、そうでした。忘れるはずもありません。忘れることなど、到底できないのです。忘れることなど、あってはならないのです。


 小さな背丈に、その容積をはるかに凌駕する力を秘めたあの姿を。

 夏風にゆっくりと、たおやかに揺れる、息をのむほどに美しいあの黒漆の髪を。

 内側の情熱に、外側の灼熱に、優しく焼かれたあの肌を。

 わたがしのように甘くて、それでいて力強いあのまっすぐな声を。

 誰のものにもできない宝石のようで、その内側に信念を宿したあの瞳を。

 凛々しく、そして幼さも内包していたあの愛らしい面立ちを。

 花を咲かせることも、雨を止ませることもできる、あのあどけない微笑みを。

 茨をかき分け、歩みを止めずに進み続けるあの非凡な生き様を。


 全部全部、忘却してしまうには、もったいないものでした。

 簡単に忘れてしまえるほど、彼女はありふれていないからです。人生を思い返せば、私の心が動いたのは、燃えたのは、憧れたのは、目が眩まされたのは、彼女が初めてで、他にはいないのです。

 だからこそ私は、こんなにも、彼女を、端麗な花を、私の身の丈に合わない美しき花を、そのすべてを、覚えているのです。

 いつだって、片時だって、忘れることができたことなど、なかったのです。

 この時確かに、封印は解かれたのです。

 

 ずっと、私が幼く、卑怯であったがゆえに言えなかったことを伝えたい。

 ずっと、私が内気で意気地なしだったがゆえにできなかったことをしたい。

 私を包み、すべてを熱く焦がしたあの声に、もう一度鼓膜を揺らされたい。

 願いが叶うのならば、もう一度、たった一度だけでもよかったのです。

 私のような邪な存在が、もう一度あの花を見ることが許されたのなら。

 それを目にすることはできなくても、語らうことが許されたのなら。

 そうでなくても、あの花への無礼に、一方的な懺悔をする身勝手が許されたのなら。

 対等な立場でなくてもいい。ひざまずいたっていい。靴を、地面を、辛酸を舐めさせられてもいい。独り雨に打たれ、化粧が落ちてしまってもいい。凍える吹雪の中に放り出され、手足が動かなくなってもいい。深海に沈み、苦しさと暗闇に悶えながらでもいい。雷に打たれながらでもいい。水のない砂漠のど真ん中に捨て置かれ、喉を涸らしながらでもいい。灼熱の炎に包まれながらでもいい。地獄に落ちながらでもいい。どんな羞恥に襲われながらでもいい。どんな痛苦にこの身を歪められながらでもいい。

 もしも願いが叶うなら、なんだって投げ出せる、受け入れられる。そう誓えると、思ったのです。

 離れ離れになったあの日から、人間らしくありたいともがく日々の中で、誰かと楽しく語らうあの日々の中で、家の中で独り孤独に苛まれる日々の中で、すべてを捨てて、死んでしまって、楽になりたいという自殺願望を抱えた日々の中で、心を腐らせて、光を拒絶して閉じこもった日々の中で、アルバムを見返して、感傷に浸って雨を降らせた日々の中で。

 ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。

 言えなかった言葉があるのです。伝えたかった言葉があるのです。捧げたかった言葉があるのです。目を見て、叫びたかった言葉があるのです。この言葉で、あなたの鼓膜を揺らしたいと、切望して、渇望した言葉があるのです。

 隠しきれず、捨てきれず、封じ込めることもできなかった感情が堰を切ったように溢れ、氾濫し、やがてそれは、一対の大河を創り出したのでした。あの日、あの瞬間に、私はいつしかの、幼い中学生に、タイムスリップしたのです。

 



 花瓶の中に、真新しい土が入れられました。

 連絡先をたどり、過去の履歴の中に埋まりかけていたそれをなんとか引っ張り出して、震える手を抑えながら、やかましいほどに主張をしてくる心臓をなだめながら、緊張のあまり何も考えられない脳みそを回転させながら、ようやく、一つの文章を送りました。

 たった三行の文章を送る、それだけのことに、私は10分の時間をかけていました。そんな些細な出来事が、あの頃の私を連想させ、思い出し、自然と笑いがこぼれました。

 最後の連絡から5年の月日が流れた相手にしては、返信はとても早いものでした。そして予想よりもトントン拍子で話は進み、私の願いは叶ったのです。

 電話をかける前も、私の指は震えて、心臓は拍動のペースを速めました。

 叶いもしないと決めつけていた願いが、5年越しに叶ったのです。これほどまでに嬉しいことは、今の私にはないことでした。

 スマホの画面を、ゆっくりと、指の腹でなぞって、やがて、電話を掛けました。あの時の1コールの時間は、永遠を感じるほどに長いものでした。世界が止まり、音が鳴りやみ、宇宙に迷い込んだようでした。この世界にいるのは、私と、電話越しに、はるか遠くにいる彼女だけのように思えました。

 唐突にコールが止まり、微かに、それでもはっきりと、聞こえたのです。


「もしもーし」

 

 カチリと、時計の針が、動きました。自然と、口角が緩みました。そして同時に、スマホを見る視界はぼやけました。何も、変わっていなかったのです。私が封印した記憶の中に、それはそれは丁寧にしまい込んであった、当時の彼女の声そのままの音色でした。暖かくて、優しくて、海のように広い心が具現化したような、そんな音楽が、私の世界に彩を与えました。

 私も、返事をします。その声は緊張のせいか、溢れそうになる涙のせいか、はたまた嬉しさのせいか、若干上ずりました。

 5年ぶりに、私はようやく、彼女と話すことができたのです。これ以上に幸せなことは、青春が終わったあの日から、一度もありませんでした。

 変わっていませんでした。5年前に、ほんの少しだけ語らったときそのままの声が、私の鼓膜を揺らしたのです。

 どこかに落としてしまった青春のピースを、一つ一つ、思い出に浸りながら、私は彼女と二人で拾い集めて、埋めていきました。あの日に止まってしまった私の時計は、ゆっくりと、静かな音を立てて、動いていたのです。

 時間は、あっという間に過ぎていきました。本当に当たり障りのない、他愛のない話だけでしたが、なぜかとても幸せに感じる時間でありました。

 あの日々の中で私が知りえなかったことを、今になってようやく知ることもありました。本当に小さい、わずかな共通点でも、私にはそれが、至上の喜びに感じられました。押し寄せる初夏の暑さをも、涼しいと思えたのでした。

 そうして、気づいたのです。

 そうか。私は今でも、恋をしているんだと。

 あの日忘れた恋心は、今でもこの場所に、残ったままなのだと。

 些細なことに喜べる、口角が上がる、笑いがこぼれる、これが幸せだと、恋なのだと。

 顔は見えず、声しか聴くことはできずとも、私は今、胸を焦がしているのだと。

 彼女は言いました。よく私のことをそんなに覚えてくれているねと。

 当たり前だと、叫びたくなりました。そうでなくては、おかしいのです。

 あなたにとって、きっと私は、生活を少しの間共にしただけの、他の人となんら変わりない、ありふれた生き物であったかもしれません。ですが私にとって、あの中学校という空間で、たった一つしかない青春の一ページの中で、私が見た花々の中で、誰よりも輝いていたのが、あなたなのです。

 誰よりも、あなたについて知りたい、側にいたいと思っていたのです。あなたとともに人生を送れたら、どれだけ幸せな日々であっただろうと思えたほどに、あなたは、私にとっての特別であったのです。

 その想いは、会えなくなり、言葉すら交わさなくなった5年も前から、今でもずっと、変わらないままで、胸の中で巨大な焔のままで、燃え続けているのです。

 どうして、忘れることができましょうか。

 長距離走を走り切った私に、水筒を渡し、まるで自分事のように喜んでくれながら、満面の笑みで、労いの言葉をかけてくれた、あの青い日を。

 誰かのために、努力を重ね、懸命に、ひたむきに、ひたすら前を見て奔走していた、小さくて、それでも誰よりも大きかった、あなたのあの背中を。

 いつもの休み時間に、教室の中で、掃除箱の前で談笑をするあなたと目があったあの時間を。

 目が合わずとも、素晴らしい友人たちと楽しそうに話しながら、柔らかな西日が差す廊下を歩いていくあなたの後姿を、揺れるスカートを、ポニーテールを。

 学校内での活動中、無機質な景色の広がる教室の中で、目を見て何かを真剣に、時折ふざけながら、あなたと語り合ったあの数秒を。

 春一番が吹き荒れ、扇風機がせわしなく回り、迷い込んだ綿毛を全員で追いかけ、降り積もる雪を眺めたあの教室で、配られたプリントや机の下に落とした鉛筆を、丁寧に拾って手渡し、手渡されたあの一瞬を。

 ありがとうとどういたしましてを静かに交換して、微かに微笑みあったあの刹那を。

 私は今でも、鮮明に、痛烈に、覚えているのです。頭に焼き付いたまま、あの光景たちが、記憶たちが、離れないのです。

 それほどまでに、私は好きだったのです。好きなのです。愛しているのです。私が不器用で、世間知らずで、他者理解のできない生き物でも。人間になることができず、何もかもが足りない、半端者でも。あなたのような高貴な花に触れるには、身分不相応な負け犬であっても。それでも、そうだと分かっていても、私は、あなたを愛することを止められず、諦めることもできずにいるのです。

 たくさん褒めてくれてありがとうと、彼女は言います。

 それも、当たり前なのです。

 だって私は、そんなあなたが、たまらなく好きなのです。

 あなたは、すごい人間なのです。私と違って、あなたはずっと、努力を重ねて、自分の力にして、高くそびえたつ幾千もの壁を越えようとする、尊敬すべき人間なのです。

 いつだって、私が目指したい人間像は、あなたでした。何年後か、はたまた何十年後か、死ぬ直前になったってかまわない。あなたのような人間になりたいと、ずっと思っているのです。

 自分自身に優しい人間でありたい。

 他者に優しい人間でありたい。

 誰かに認められる人間でありたい。

 努力を惜しまない人間でありたい。

 仲間思いで、強い人間でありたい。

 何にでも全力であれる人間でありたい。

 物怖じせずに一歩を踏み出せる人間でありたい。

 笑顔が素敵な人間でありたい。

 所作が大人らしい人間でありたい。

 誰にも愛されるような人間でありたい。

 誰かの心に、花を咲かせるような人間性を持った人間でありたい。

 そう思ったときに、常に前を走るのはあなたでした。あなたが走っていく後姿を、私は見よう見まねで、懸命に追いかけました。でも、あなたのようにはなれないのです。飛んでいるように、スキップをするように、軽やかに、しかし力強く地面を蹴って、あなたはどこまでも先へと進んでいきます。その速さに、いつも私は圧倒されるばかりで、どれだけ命を削っても、肺が悲鳴を上げても、あの日々から今になっても、私はあなたに追いつけないままでいるのです。

 でも、そんなことは言えませんでした。

 なんだか照れくさくて、恥ずかしくて。

 



 きっと、そんな言葉はあなたを困らせてしまうから。

 



 時間はいつだって平等です。

 忘却した過去を掘り起こす機会で、私が若返った時間は、いつまでも続きません。いつしか夜は更けて、月もその姿を地平線に隠そうとする頃になりました。世界は止まらずに回り続けるのが常識であり、時間もまた、瞬きをする間に過ぎ去っていきます。

 これでもうお別れなのだと、悲しくなりました。もうしばらく、彼女とは語らえないのだと思うと、胸が締め付けられる思いでした。

 私は、いつまでも、愚かなままなのです。幼いなままなのです。分かっていることなのに分からないふりをして、一縷の望みに、勝ち目のない勝負に、賭けようとするのです。

 気づけば私は、その手を伸ばしていました。爪は割れて、皮膚はボロボロで、何かを守り抜けるわけでも、細く薄いわけでもない指を、懸命に開いて、彼女の着ている煌びやかな服の裾に、縋りついたのです。



「またいつか、電話をしたい」



 躊躇う瞬間もなく、私の口から、そんな情けない言葉が漏れました。

 女々しい感情が、私にその言葉を口にさせたのです。勝つことが絶対にできない勝負に、私はすべてを賭けてしまったのです。

 数秒、彼女は逡巡しました。その沈黙に耐えられず、私は何かをとっさに口にしようとして、その時、静寂は破られました。



「ごめんね」



 ああ、分かった。それだけで十分なのだ。だからどうか、その続きは言わないでくれ。

 分かっているから、知っているから、気づいているから、理解しているから、だから、だから、だから、だから。



 どうか、言わないでほしいんだ……。




「今、お付き合いしている人がいて」




 彼女は、静かに、でもはっきりと、そう口にしました。

 知っていた、そういえば、それは嘘になります。ですがそれは、分かり切ったことでありました。

 私だって、あのころからずっと、鈍感さが変わらないままではありません。きっと、そうなのだろうと。私は予想していたのです。いつかくるこの瞬間のために、私はそこら辺に落ちていたガラクタを拾い集めて、それを寄せ集めの装備として、心に身につけ、気休め程度の防御をしていたつもりでありました。

 粉砕されたのです。その一言の重みは、私の予想をはるかに上回る、強烈な一撃でありました。私の脆く、つぎはぎだらけの魂は、瞬刻の間に粉々になったのです。

 そのあとのことを、私はよく覚えていません。電話を切り、いつも座っている椅子にどっかりと腰を下ろして、しばらくの間、放心状態で、天井を見つめていました。魔法が解けて、私はいつの間にか、歳を取っていました。

 ただ一つ、一つだけ、覚えていることがあります。

 私の心に、未だかつて経験したことがないほどの、大きな穴が空きました。私が私で在るために必要な何かが、ごっそりと、抜け落ちた感覚が、確かにありました。

 それが何か、私にはうまく言葉にできる自信は私にはありません。何せ、こんな経験は初めてだったのです。一度、全身のすべてを打ち砕かれた、忘れもしない過去はあります。しかし、それとはまた一線を画した、まったく異なる衝撃でありました。

 


 きっとこれを、人間は失恋と呼ぶのです。

 


 私は彼女に、これまで3回ほど断られた過去があります。その時も勝手に精神的ダメージを受けて、勝手に独りで落ち込んでいたものでした。もちろん、彼女は何も悪くありません。

 これまではすべて、彼女の口からではなく、テキストや手紙によって書かれた「文字」でしたから、立ち直ることはいくらか容易ではありました。

 しかし今回はわけが違います。私がこよなく好いていた、愛していたあの声が、はっきりと、そう言葉にしたのです。

 直接的ではありませんでした。彼女はいつまでも優しい人間であったのです。彼女の口から紡がれた言葉は、彼女が取り得たであろう行動の中でもっとも優しく、慈愛に満ちたものでした。それは、世界一温かい、別れの言葉でありました。私が知っている頃の彼女と、本当に何も、変わっていなかったのです。

 驚きは、多少なりともありました。それでもどこか、ああ、そうだろうなと、腑に落ちている私がいました。

 美しい花には、多くのものが集います。それは、蜜を吸おうとする蝶であったり、それは、葉の下で日差しから逃れる羽虫であったり、それは、花弁をくすぐる静かなそよ風であったり、それは、生命の息吹を見守る太陽であったり、それは、一目でもいいから瞼に焼き付けたいと殺到する人間であったり、それは、自分の隣に置きたいと強く願う人間です。

 私も、そんな生き物たちの中に埋もれていた、小さな生き物でした。一度目にした瞬間に、私のすべてを奪い去ったあの花が、私の隣にあればと願い、束の間の日々であれど、形式上であれど、それでも確かに、寄り添ってもらった、奇跡と幸運によって創られた夢を見た生き物でありました。

 ですがそれは、どうあがこうと束の間なのです。それ以上になることは、到底起きるはずもありません。

 それは、誰もが目を惹くような、凛とした花でありました。美しく、逞しく、それでいてどこか儚げな、この世に存在する、美しさを表すすべての言葉が似合う花は、誰もが欲しがり、手にしたものを羨むような存在なのです。

 もちろん花も、隣にいてほしい存在を選びます。その花の美しさに、目を奪う色彩に、立つ姿に、花弁を目いっぱい開く様に、根を張る強さに、輝きに、気高さに見合う誰かを、空想し、思い描き、現実にしようとするのです。

 私は、彼女と天秤にかけられたときに、到底釣り合いが取れないのです。そんな花の横に在れるような、誇り高き、格好のつく生き物ではないのです。それは昔から今まで、何も変わりません。

 いつまでも成長をしない私は、彼女の側にいられるような、そうなる資格が、資質があるような相応しい人間に



―—否、生き物に、なれなかったのです。



 彼女が選ぶ人間は、いつもいい人ばかりでしょう。

 彼女が側にいてほしいと、側にいたいと、側にいてくれてもいいと、そう思うことのできる人間は、きっと誰よりも、この世の誰よりも、素晴らしい人間なのです。それはもちろん、私よりも、すべてにおいて、何もかもが上位互換である、そんな人間なのでしょう。

 ただそれだけの、分かりやすく、単純で、シンプルな話なのです。呆気ないほどに、拍子抜けするほどに、頭を使わずとも、理解できるような理由しかないのです。世界はいつ、どんな時でも単純で、救いがないのです。歴史にIfなどないように、私の人生にも、ifなどないに決まっているのです。

 涙は、出ませんでした。だからと言って、割り切れたわけではありません。

 仕方がないことなのだと。どうしようもないことなのだと。今の私にはもう、取り返せないのだと。どう足掻こうと、好転はしないのだと。これは、神様が書いた脚本なのだと。そう、言い訳を独り口にしながら、私自身を説得しようとしたのです。

 それでも、悔しくてたまりませんでした。悲しくてたまりませんでした。言葉にできぬ絶望を感じました。苦しくて、たまりませんでした。

 唇を噛みしめて、飽きるほどに天を見上げて、机の上に突っ伏して。不甲斐ない私を、歩んできた過去を、夢の中でまぶしく輝いていた桃源郷を。そのすべてを、完膚なきまでに叩きのめしたくなりました。原型さえ分からぬほどに破いて、壊して、粉々にして、砕いてやりたくなりました。そうしてそのすべてを、奈落へ捨ててしまいたくなりました。

 そこで私は初めて、いいえ、改めて、気づかされたのです。思い知らされたのです。

 私の中で、どれほど彼女が、大きな存在であったかを。

 私がどれだけ、これまでの人生の中で、彼女に救われていたのかを。

 私がどれだけ、彼女のことを好いていたのかを。

 私がどれだけ、このちっぽけな胸を焦がして、恋に焦がれていたのかを。

 私は今も、会うことすらできずにいた彼女のことを好いている事実を。

 なぜ、その想いに気づきながら、私は蓋をしたのか。その理由など、幼子でも分かるほど、単純なのです。

 もう会うことはきっとないだろうと、語り合うことはないだろうと、薄々感じていたからでした。あの日に起こった奇跡は、もう二度と起こらないと、分かっていたからでした。だから私は、私の本当の気持ちを置き去りにして、聞こえないふりをして、すべてを覆い隠して、忘れ去ろうとしたのです。

 それはとても、辛く、苦しいものでした。

 私と彼女の別れは、非常に酷いものでありました。彼女の優しさに甘えて、私は直視することも憚られるような醜態を晒したのは、前述のとおりです。その詳細を語れるほど、私の心は強くないですし、私ですらも、当時の私の行いを直視したくはないのです。それほどまでに、かつての私は汚れ切っていたのです。

 そんな体たらくでしたから、いくら聖人である彼女ですらも匙を投げたであろう、二度と口も聞きたくないだろうと、考えていたのです(私も人によく優しいと言われますが、ほかに良いところがないために使われる、体のいい文句であると理解しています)。仮に、私が彼女の立場であれば、金輪際関わりたくはないと強く思い、願うほどに、醜悪な様を露わにしていたのです。

 これを若気の至りだと、誰にでもある過ちだと言い訳できれば、いったいどれほど救われるでしょう。それができる人間を、私は世界に数えるほどしか知りません。

 私自身が、許せないのです。この体を思うように動かせる私が、私という自己を形作る私が、私の人生を好きなように描く私が、私の罪を断罪するためのガベルを持つ私が、どうしても許すことを拒むのです。それはきっと、世界に一つだけの美麗な花に赦されようが、変わらないものなのです。


 人間の紛い物なりに、私は見よう見まねで、恋愛というものを頑張ってみた時期がありました。

 その人のことを知ろうとしたり、その姿を目で追ってみたり、何かに誘ってみたり、二人きりで他愛のないことをひたすら話してみたり、笑いあってみたり、二人だけの景色を眺めてみたり。

 その不器用であり、嘲笑の対象になるような身の振りようは、さほど成長はしていませんでしたが、それでもいくらか、あのころに比べれば成長の兆しはあったようにも思えます。

 それでも、何かが違いました。まだまだ無垢であった中学生の頃、あの過ぎ去りし青春の日々と、決定的に、何かが異なっていたのです。

 高校では、何かに呪われていたかのように、何かに追われているかのように、何かに囚われているかのように、どこか必死に、血眼になって、恋を探していました。

 それはまるで、自動販売機の下に落ちているかもしれない小銭を、生きることに困ったホームレスが、必死に捜し歩く姿のようでした。

 そこに、見つけた小銭の、恋の値打ちは関係ありませんでした。ただ私は、恋を求めていたのです。恋をしている、その事実だけを、上っ面だけのものを、追い求めていたのです。誰かの隣に立つを最終点としていた幼き時代を、漂白剤をありったけぶちまけて、すべてを消し去りたいと願った、人生の汚点である過去を、繰り返そうとしていたのです。そうして、青春の記憶を消すことができるのだと、本気で信じていたのです。

 それでも、どうしても恋愛の対象として見ることができませんでした。私とは到底波長が合うはずもない、周りのイケイケな男女が、それこそ息を吐くように、繰り広げていた恋愛をすることが、私にはどうしてもできなかったのです。

 心が、燃えていなかったのです。ちっぽけな心が、地獄の業火にも匹敵するほどの熱を持ち、身体の内側からすべてを焼き焦がすような、あの熱がなかったのです。

 命を、刻めていなかったのです。全身をひどく揺らして頭痛を引き起こすほどに、全身を揺らして震えが止まらないほどに、あの日、私を生かした揺れが、まるで感じられなかったのです。

 すべてをかけることが、できなかったのです。釘付けになることも、そればかりに脳が埋め尽くされることも、側にいたいと強く願うことも、たった一つもなかったのです。

 所詮は真似事であり、質の悪い模倣の営みに過ぎなかったのです。鏡写しにしたつもりであっても、その細部は、致命的なほどに線画が崩れ、薄れ、揺らいでいて、やがてそれらは、大きな差異として、作品の価値を地の底へと叩き落とすのです。

 そしてその模倣作が、額縁ごと勢いよく地面に落ちて、すべてが台無しになった後に、模倣作が飾られていた裏から突然現れ、瞼を焼くのは。

 やはりあの花なのでした。

 どうしても、紛い物の恋愛などでは、過去を消せなかったのです。忘れることができていなかったのです。蓋をしたつもりでも、聞こえないふりをしたつもりでも、見ないふりをしたつもりでも、いつも私の頭の中には、どれほどの月日が経とうと、色は褪せず、輝きを失わず、当時の面影を残したままでいる、花があったのです。記憶の中で、あの花はずっと、生き続けていたのです。私がずっと、無意識のままに、生かし続けていたのです。

 新しい恋など、できるはずもありませんでした。

 目を覚ませば、桜を見れば、桜吹雪の匂いに包まれれば、入道雲を見上げれば、藍色に花が咲けば、落ち葉を見れば、自然の音楽に耳を澄ませば、新雪を見れば、白い息がたなびけば、筆箱を開ければ、風を感じれば、走って息を切らせば、雨上がりの匂いを嗅げば、虹の根元を探せば、西日に染まれば、目を瞑れば、夢を見れば、過去に浸れば。

 いつだってそこには、彼女が残した痕跡が、彼女ですら覚えていない、私の中にしかない思い出が、彼女の姿が、あったのでした。

 そんな恋は、あの電話を交わした日に、唐突に終わりを迎えました。いえ、いずれ来たるその日が、やってきただけです。

 涙が溢れました。過去を恨みました。忘れろと言われても、到底忘れることなどできません。私は、人生の6割の時間をかけて、彼女を一方的に、勝手に好いていたのですから。

 それでも、前を向くのが、向かなければならないのが、人間だというなら。

 それでも、涙を拭いて、写真や記憶をすべて削除して、走り出すのが、人間だというなら。

 それでも、新しい恋を見つけて、受容して、甘い言葉に包まれて体を重ねるのが、人間だというなら。

 それらが揃った存在が「人間」ならば、私は、何があってもバケモノのままでいたいのです。

 私は、歳をとりすぎました。人間に、近づきすぎました。

 あの愚かな私のままでいられたら、どうしようもないほどに世界を知らず、無垢な私でいられたら、私はもっと、幸せだったはずなのです。

 誰かと付き合うこと。それは私にとって、どこかへ出かけることとか、一緒に星空に包まれることとか、手を繋ぐこととか、そんなことだけなのだと信じて疑いませんでした。

 現実は異なります。私が思う以上に、誰かと付き合うということは、「誰かと愛し合うこと」だったのです。二人ははるかに距離を縮め、肌を重ねて、二人溶け合って、一つの共同体になるのです。大学という場所に身を置き、酒を煽ったやつらの、馬鹿で下世話な自慢話を聞きすぎた私は、それを知ってしまいました。

 その事実に、私は嗚咽をを、嘔吐を止められませんでした。

 馬鹿な話です。身勝手な話です。幼すぎる話です。自己責任といえる話です。

 でも、今の私には到底受け入れがたい事実であったから。直視するには、あまりにも残酷な事実であったから。私は、歳をとったことを、背丈を伸ばしたことを、話好きになったことを、人間になろうとしたことを、悔やむのです。



 いつだって心の中には、彼女がいました。

 たとえ意識をしていようと、そうではなくとも、私は幾度となく、彼女に救われていたのです。

 かけがえのない、代わりなどいない、精神的な支えであったのです。私が迷ったときに、歩むべき道を、目指すべき場所を、示してくれる後ろ姿を見せてくれた存在であったのです。私が憧れにしていた、目標にしていた、大きな存在であったのです。

 それを失くした今、私は何を導とすればよいのでしょう。

 独りでは、手ぶらでは、私のような半端者は、歩くことすらままならないのです。誰かがいなくては、ならないのです。光を消された暗闇の中では、生きていけないのです。

 情けない姿です。嘲笑われるような姿です。女々しい姿です。この歳になってまで、確固たる導を、信念を、一人の女性に依存している弱者なのです。

 人を勝手に自分の心の拠り所としながら、それから脱却する術をも知らず、見つけようともせず、伽藍洞の脳からひねり出した稚拙な文章で、ただ泣き言を並べて、誰かの足にしがみついてばかりで、努力の一つですらできずにいる、虫けらなのです。

 そんな私をも、彼女は慈しむのです。その優しさに、私はいつまでも甘え、つけこむような、卑怯で、怠惰な生き物なのです。

 きっと彼女は、私の真の姿を、ひた隠しにされた本性を知らないがゆえに、私のことを一人の人間としてくれているから、私を気遣ってくれているだけなのです。それを表に出さずに甘い蜜だけを吸う私は、狡猾で、プライドの欠片もない、卑しい生き物なのです。



 結果的に、彼女は、私には到底届くことのない、遠く離れた場所へと旅立ちました。

 これでよかったのです。






 きっとこれを、世界は「幸せ」とよぶのです。









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≪あなたへ≫



 このエッセイを書き終えてから、1か月という長い時間が経ちました。たった1か月?と思うかもしれませんが、僕にとっての1か月は、とても長く感じるものでした。

 この1か月は、色々と物思いに耽る時間でした。僕は昔から頭がよくなくて、いつも要領が悪いので、他の人が2日で終えることも、その数十倍の時間をかけてしまいました。

 本当はこんな追記など書かずに終わるつもりだったのだけれど、何か書き残した気がして、何か言いそびれた気がして、こうして筆をとった次第です。




 まず、僕が感じたことが一つ、あります。

 僕は、物語を書く才能がないと痛感しました。

 あなたはもう覚えていないかもしれませんが、僕はかつて、小説家を夢見ていました。

 時に騒がしく、時に閑散として、西日が差し込む教室の教卓で、僕は家から持ってきた原稿用紙にいつも小説を書いていました。

 そんな僕が小説家になることを、あなたは応援してくれていました。それがたまらなく嬉しくて、僕はずっと、それを原動力にただがむしゃらに、無我夢中に、ペンを走らせていました。

 あなたがこの小説を読んだらどう思うだろう。

 あなたにこの小説を読んでもらって、笑ってほしい。褒めてほしい。感動してほしい。

 あなたの心を、動かしてみたい。

 そんな考えが、僕の中に常にあったような気がします。

 でもいつか、ペンのインクは切れてしまうものです。やがて僕は、何も書けなくなってしまいました。いずれきたる時であり、それはスランプではありません。スランプと呼べるほどの才を、僕は持ち合わせていないからです。それを補填する努力すらも怠ったからです。

 インクは、どこを探してもありませんでした。時には町中を走り回って、時には車で遠方に赴き、時には飛行機に乗って遠征をして、靴底をすり減らして、僕はインクを求めました。息を切らして、髪を切ることも、ファッションに気を遣うこともなく、ただそれを見つけるために、走り続けました。

 そんな中で、僕は気づきました。輝かしき中学の頃に使用していたインクは、あの青春の日々が終わったあの日から、絶版になっていたのです。製造方法は、もう誰も知りません。誰にも伝承されないまま、それは静かに、忽然とその姿を消しました。

 そして僕は、高校という新しい環境で、代替品を見つけました。そのインクは、とても鮮やかな黒色のインクでした。昔使っていたものよりもはるかに黒々としたそれは、書き心地は違うはずなのに、不思議と僕の愛用していたペンに馴染みました。

 僕が見つけた、たった一つのインク。どんなインクよりも黒く、一度紙に書いてしまったら、消しゴム如きでは消せないほどの、インク。



 人はそのインクを、絶望と呼びました。



 そうです。僕が小説を書くためのエネルギーは、インクは、負の感情なのです。あの頃のように、夢や希望に満ち溢れ、物語の端々から神々しい光が漏れ出すような物語を、文章を、表現を、僕はもう、書けなくなってしまったのです。インクの出所に依拠した、あまりにも暗く、救われない、そんな物語しか、書けなくなってしまったのです。

 そしてこの新しいインクは、非常に入手が難しいのです。

 基本的に、僕は救いのない生き物です。自ら救われる可能性をドブに捨てる生き物です。それでもどうしてでしょう。周りにいる人間はいつも、僕に優しくします。だから僕はしばらくの間、「僕は幸せ者なんだ」という馬鹿げた妄想に囚われて、ありもしない救いの光がきっとあるのだと騙されてしまったので、インクを手にすることができずにいました。

 そんな中で、僕は突然、膨大なインクを手にしたのです。

 それは紛れもなく、1か月前の出来事でした。

 あなたは何も悪くありません。それは当たり前のことです。ただ、僕が弱かっただけ、いや、僕が僕を騙したツケがまわってきただけです。

 そのインクを、目いっぱいペン先に浸して、時間が許す限り、文章を書きました。僕が持つものすべてを注いで、魂を削って、そうして完成したものが、この見苦しい代物です。

 笑ってしまいそうになります。自分を嗤ってしまいます。

 この程度のものしか書けない生き物が、小説家を目指すと豪語して、それに見合う努力もせず、夢が天から降ってくる瞬間をひたすら待つ。そんな滑稽な動物を、僕は今まで見たことがありません。なんと愚かで、救いようがないのでしょう。

 あなたがこの小説を読んだらどう思うだろう。

 あなたがこの小説を読んで、笑ってくれるだろうか?褒めてくれるだろうか?感動してくれるだろうか?

 あなたの心を動かしたい?

 笑止千万。きっと誰もがそう口にします。

 この文章は、誰の心にも響きません。誰の心も動かしません。

 だってそうでしょう?

 これは、僕がただ書きたいことをひたすら書いて、他人に押しつけがましく同情を求めるものです。その過程で、誰かの気分を悪くさせることも厭わない、なんとも自分勝手な代物です。これは、僕の欲求不満を解消するための手段で、自分さえよければいいという思考が露わになったものです。見るに堪えない、誰かを不幸にする、ひとりよがりの、オナニーなのです。

 それでも、僕は書くことをやめられません。推敲のたびに耐えられないほど恥ずかしくなっても、苦笑が絶えずとも、僕自身を痛めつけることで初めてインクを手にできて、そんなズタボロの無残な姿になった状態であっても、僕の物語を書くペンが紙の上を疾走することは、ずっと止まりません。

 僕にはこれしかないからです。どんなに不完全でも、歳に不相応な代物しか生み出せなくても、誰かを傷つけても、僕自身を傷つけても、僕が「本当の僕」で在れるのは、この物語の中だけなのです。

 そんな僕だから、僕は、この物語を、あなたに読んでほしいのです。ここには、世辞も、気遣いも、化粧も、ファッションも、何もありません。無造作に伸びた髪を、不健康で瘦せこけた体型を、化粧や仮面で偽ることない表情を、体毛に覆われた恥部を、心の恥部を、僕が僕自身に刻んだ、腕に残る無数の白い切り傷も、完璧に癒えない生々しい瘡蓋も、そのすべてを、僕はここで初めて曝け出せるのです。そんな僕を、あなたに見てほしいのです。




 前置きが長くなってしまいました。筆がのってしまうといつもこんな調子です。刃物で傷つけた腕から滴る鮮血で、小説を書いているようです。実際、そうなのですが。

 謝罪を、させてほしいのです。

 僕が書いた文章は、あなたを傷つけるものであることは、確実です。あなたにそんな思いをさせてしまったことを、どうか許してほしいのです。

 書いた後に何をいまさら。その通りです。言葉ではこう言っても、行動が伴っていないのですから、説得力というものがありません。証明できるものも、何もありません。

 でも僕には、これしか方法がありません。頭を下げることも、ここではできません。こんな僕の謝罪に、あなたがどう思うかは分かりませんが、少なくとも、僕はこの物語の中で、この文章を書いているということを、どうか覚えていてほしいのです。




 思えば僕は、あなたに何か想いを伝えるときは、いつも文章な気がします。面と向かって交わした言葉よりも、文字でやり取りをしたことの方が、僕には多かったように感じます。

 実際そうです。あの時電話越しに話をした時も、あなたについて何も知らなかったんだなと痛感したものです。

 口調、雰囲気、口癖、趣味、好きなもの、夢、気持ち。そのすべてが、僕には新鮮に思えました。

 これも全部、あの頃の僕が口下手で恥ずかしがり屋だったからなのです。振り返ってみれば、あれほど長くあなたと話したのは、きっと初めてのことでした。どうりで僕があなたに対して無知であるわけです。今となっては、じれったい気持ちこそあれ、懐かしく、笑える話です。

 あなたはどうだったでしょう。僕の声は、漂う雰囲気は、変わっていましたか?もしかしたら僕の声など覚えていなかったかもしれませんが、あのころとは何かが違うなと感じたでしょうか。それとも、最後に話したあの時から何も変わっていないなと感じたでしょうか。

 答え合わせの時間はもうきっとありませんが、いつかそのことについても、話をしたいものです。

 その中でポロっとこぼれた、あなたに彼氏さんがいるという話は、僕にとってかつてないほどのインパクトを与えました。それを聞いてから、僕は二日間ほど不眠症になり、風邪をひき、熱を出すという具合で、それはもう酷い有様でした。

 これほどまでにメンタルがボロボロになって初めて、僕は今もあなたに想いを寄せていたのだと実感しました。とっくのとうに割り切っていたのなら、僕に訪れた新しい出会いに心を躍らせていたのなら、きっとここまで心に大きな傷は負わなかったでしょう。

 正直に言って、僕はまだその現実を受け入れることができていません。それが外から見てどれだけ幼稚であるのかは重々承知の上でも、まだそれが嘘であってほしいと願っている僕がいます。

 きっと、いい人なのでしょう。

 あなたが隣にいてくれていいと、そう思った人なのです。

 あなたが隣にいてほしいと、そう願った人なのです。

 そしてその人も、あなたを力強く、時に優しく支えてあげられる、そんな人なのです。

 あなたを誰よりも笑わせられて、幸せにできる人なのです。

 僕には、そんなことはできません。その人とは対極の存在です。

 誰かの心の拠り所になることも、全幅の信頼を置かれることも、ユーモアも、優しさも、誰かを支えられる大きな手のひらも、胸板も、器も、温かい心もありません。

 僕の手は、体は、心は、すっかり血に染まってしまっています。それが他人からの怨嗟の印なのか、はたまた自傷行為の果ての傷なのか、分かりません。これまでの人生という茨道を歩くさなかで、境界線が分からないほどに汚れ切ってしまいました。

 僕が茨道や獣道から得たのは、そんな汚らわしい醜悪な様を、すっかり覆い隠して、他人を欺くためだけにしか使えないような、分厚い化粧の仕方だけです。

 だから僕は、あなたの横に立つことはできません。あなたに望まれることもありません。

 花畑の真ん中で優しく笑う姿が似合うあなたの世界に、僕のような血生臭い生き物などいるべきではないからです。天国の中に、地獄を知る生き物がいてはならないのです。僕の想いが誰にも負けなかったとしても、そのストーリーを、世界が、神が許さないのです。

 だから僕は、諦める努力をもう一度してみようと思います。

 あなたという人が歩く世界に、僕は必要ありません。きっと一人でも、前を向いて歩いていけるのです。もしそれができないときは、隣にいる誰かと二人三脚で、ゆっくりと、それでも確実に、歩いていけるのです。



 ——なんて、そんなことを言えたら、どれだけ楽だったでしょうか。どれだけ、格好よく生きられたでしょうか。どれだけ、世界は明るかったでしょうか。

 僕には、諦めることも、割り切ることも、未だにできませんし、これからもできないのです。

 気持ちの悪い話です。これは恋愛という言葉でくくれるものではありません。唾棄すべき妄執であって、ストーカーという言葉がお似合いです。

 僕はこれを、決して人には話せません。この物語の中でしか、語れません。

 怖いからです。

 軽蔑されることも、唾を吐かれることも、白い目で見られることも、顔をしかめられることも、距離を置かれることも、すべてを壊しかねないことも、人間には理解されないことも。

 分かっているのです。分かっているから、僕は決して口にしません。その相手が、友人でも、小学校からの古い付き合いでも、幼馴染でも、たとえ、家族であっても、僕はきっと、口を割りません。

 あなたを想うことが罪なのではないのです。人間が当たり前にできることをできないから、罪なのです。人はそれを、恥と、弱さというのです。

 気持ちに揺らぎはなくても、それは決して、あなたを奪うとか、そんな話ではないのです。そうする勇気を持ち合わせてはいませんし、不躾ではありません。

 僕はあなたが好きです。あなたのすべてを愛せる自信だけはあります。果たしてそれを態度で見せることができるのかは未知数でも、今の僕には、そんな強くて太い芯が一本あるのです。

 でも僕は、一つだけ、苦手なものがあります。

 それは、あなたが怒ることです。あなたが悲しむことです。僕はそれを、一回しか見たことがありません。それも、意図せずふと零れたものであって、時間にすれば数秒にも満たないものです。

 そんなあなたの表情が、今も僕の脳裏に焼き付いたままなのです。あの瞬間、心拍が一気に加速して、背中を冷汗がつたった感覚を、僕は今でも容易に思い出せます。それだけ強烈な記憶であり、僕の胸を強く抉った記憶なのです。

 今のあなたは、良き人たちに囲まれて幸せなのに、どうして僕なんかがその空間からあなたを連れ去ることができるのでしょう。それはただの自己満足であって、決して友情でも愛情でもありません。そんなきれいな言葉でごまかせるようなかわいいものではないのです。

 たとえ僕の気持ちがどうであろうが、何も関係はありません。あなたが幸せなのであれば、今あなたが笑顔でこの世界を闊歩できているのならば、僕がその道中に現れる必要もないし、望まれるようなことでもないのです。

 私は、あなたが笑っている姿が好きなのです。幸せそうに佇む姿が好きなのです。口元を微かに緩め、眦を少しばかり下げたあの表情が、たまらなく好きなのです。好きだからこそ、あなたにはとびっきりの笑顔を浮かべたまま、人生を謳歌してほしいのです。あなたの記憶から僕という存在が消えてしまっても、あなたが永遠に続く草原でスキップをできていたのなら、小鳥のさえずりに鼓膜を揺らしながら、幸せそうに鼻歌を歌えるのなら、それでいいと、本気で思えるのです。

 それでも、僕は卑怯です。どこかであなたと関われたらなんてことを、つい妄想してしまうのです。あなたの隣に立つことができたらなんて、失礼なことを夢見てしまうのです。




 これから先は、独り言です。これから先も、きっと貴女にとって必要のないお節介です。それでも、ゆるぎない考えであることは、事実です。

 僕たちはまだ、人生という壮大な旅路をよく知りません。開拓されていない未知の世界に、いったいどんな景色が広がっているのでしょう。足元にはどんな命が咲き誇っているのでしょう。空を見上げれば、どんな星座が僕たちを包み込んでくれるのでしょう。

 きっと、目を奪われるような絶景ばかりではありません。歩いていくにはあまりにも苛酷な道があるかもしれませんし、その絶望に膝をつくかもしれません。何か血迷って、人生をショートカットする方法を模索してしまうかもしれません。

 そんな時に、僕たちは「友人」と呼ばれるものに力を借りるのです。あるいはそれは「親友」であったり、「恋人」であったり、「家族」であったり、「配偶者」であったりするかもしれません。

 人間は弱い生き物です。一人でできることにはどうしても限りがあって、後世に名を遺すような偉人でさえ、何万人という無名の人間に肩を支えられて、ようやく何かを成せるのです。

 あなたならば、ちょっとやそっとの壁ならば、なんなく超えていけるでしょう。それだけあなたは強いですし、生まれ持つ才を補う努力や研鑽を積み重ねてきた人間です。手を貸してくれる仲間も大勢いるでしょう。

 そんなあなたでも、乗り越えられないような障壁が、いつかあなたの前に現れるかもしれません。あなたという人間ですら、眼前の景色に希望を見失い、瞼を閉じて、荒廃した砂漠に一粒の雨を降らせるかもしれません。素晴らしい友人たちと手を取り合っても、状況が好転しないことがあるかもしれません。

 確率にすれば、それは本当に僅かな可能性でしょう。きっとそんなことはないのだろうと、僕は確信しています。

 それでも、あなたの艶やかな頬に涙が伝うのならば。息をのむような美しい黒髪を激しく振って、言葉にならない叫びを口にするのならば。あなたが世界を悲観して、すべてを諦めようとするならば。

 その時は、どうか、こんな頼りない僕を頼ってほしいのです。

 僕には力がありません。生まれ持った何かもありません。鋼の心臓もありません。努力で培った何かもありません。

 それでも、僕を頼ってほしいのです。

 あなたのためなら、僕はなんだってできるのです。僕はそれだけ、あなたを想ってきました。時をかけて、魂を削って、別れに喉を嗄らして泣き叫ぶほどに、心を燃やしてあなただけを想い、考え、生きてきました。この想いだけはきっと、僕は誰にも負けない自信があります。

 あなたを救う方法が、筆舌しがたい苦痛のさなかに飛び込むことだとしても。先も、終わりも見えない夜の海に飛び込むことだとしても。僕という生き物への福音が途絶えることだとしても。儚く揺れる灯が消えるとしても。僕はきっと、成し遂げられるのです。

 僕には、それしかできないのです。僕という存在のすべてをかけてようやく、僕は一般的な「人間」という存在の贋作になれるのです。

 あなたにはずっと、可憐に、それでいて美しく笑っていてほしいから。傷つくのも、血に汚れるのも、癒えない心の傷を負うのも、あなたには似合わない。そうなってしまうあなたを、他の誰でもない僕が見たくないから、あなたの苦しみを、痛みを、苦悩を、涙を、僕はすべて喰らいたいのです。

 歪んだ愛情かもしれません。ひどく歪で、人間らしさの欠片もない考えかもしれません。でもこれが、僕の出した答えで、結論です。人間になることは叶わず、それでも人間らしくいたいと、必死に真似事をしつづけて、ようやく僕の存在意義を見つけることができた、そんな結論なのです。

 いらないならば、それで構いません。あなたがそのままで幸せでいられるのならば、それでいいのです。

 



 そして、最後に一つだけ、伝えたいことがあります。

 あなたが僕にあてた最後の手紙のことを、覚えているでしょうか。そして、その中身を、あなたは覚えているでしょうか。覚えていなくても、それは当然のことでしょう。はるか昔に、形式上付き合った生き物に宛てた手紙など、忘却してしまっていても当然です。もしも覚えてくれていたのなら、とても嬉しい限りです。

 その中で、あなたが二つほど、僕に向けて書いてくれた言葉がありました。

 そのうちの一つは、形こそ違えど、僕は成し遂げることができたのかなと思います。内容はどうあれ、僕はようやく一つの芸術を生み出せたような気がするのです。そしてそれを見る一人目が、あなたであれば、完璧なのです。

 そして、もう一つの言葉です。

 僕は当時から「できっこないことだな」なんてことを考えていました。あれからいつの間にか5年の月日が流れ、ふとその言葉を思い出すことがあるのです。

 やはり頭に浮かぶのは、「できっこないことだな」という言葉だけです。

 何年たっても色褪せない記憶として、脳裏にこびりついて離れてくれないのです。それを上書きできるような強い刺激を、景色を、僕は未だに見つけられません。そのすべてが、次点になってしまうのです。それはきっと、果てしなく続く、一種の束縛なのかもしれません。

 成し遂げてしまったら、あなたとはお別れになってしまうから。

 花瓶の中で、花が咲くことはなさそうです。

 



 ここまで読んでくれて、本当にありがとう。

 きっと疲れたでしょう?まとまりがなくて、叫びたいことをひたすら自分勝手に叫ぶだけのエッセイを読むことは。これが僕の限界です。これでもいつもよりはマシな文章が書けているんです。

 まだまだ伝えきれないことがあるけれど。言葉にすることができないほど多くのことが、心の奥底で眠っているような気がするけれど。

 もう、終わりにしましょう。






 もし、またどこかで君に会えた時には、君が許してくれるなら、話をしましょう。



 言いそびれたことも、思っていたことも、本心も、何もかもを赤裸々に、嘘偽りない表情で、口調で、話をしましょう。 

 


 そして最後に、ベゴニアを手渡して、こんな言葉を、お別れの言葉にしましょう。







「あなたのことが、世界で一番好きです」










 あたらめてになりますが、こんにちは。Ring_Noneリノンと申します。私の作品を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。稚拙な文章で読むには随分と苦労をされたと思われますので、まずはご苦労様でした。

 本当はこの作品は、このような形で公開しようとは思っておらず、メモ書きのようなものにしておこうと思っていました。ですが、これを書き進めていくうちに、なんだか楽しくなってしまって、心境に変化が訪れてしまって、公開することとしました。

 私は作品中につづったように、小説家を目指していた時期があったのですが、そのころの感覚や感動が、今になって復活してしまいました。創作というものの楽しさに、自身の想いのすべてを、自分の持っている語彙力で書くことの難しさに、新しい表現を考えて、それを思いついたときの感動に、いつしか私は魅了されてしまっていました。

 正直、小説家になれるような文才は持ち合わせていません。そんな文才があったら、あの頃応募していた作文コンクールで佳作のひとつくらいとれていていいものですから。

 それでも、ただ自分の好きなように文章を書くことは、罪でもなんでもないから。それで私が少しでも私らしく在れる時間が生まれるのなら。私は小説を書くことを続けてみようと思います。

 きっと、誰かの心に響くこともないだろうし、共感してくれることもそうそうないとは思いますが、いつか誰かの心に刺さるような、そんな作品を創ることができたら、芸術を生み出せたらと思いながら、創作を楽しんで、レベルアップしていけたらと思います。

 長くなってしまったので、このあたりであとがきを締めたいと思います。

 最後にはなりますが、この作品に対する評価・リアクション・感想等をお待ちしております。一言だけでも、私が創作をするために必要なインクになりますので、何卒よろしくお願いします。

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