第1話「you’re last boss」
「次は秋葉原 お出口は左側です」
あまり聞きたくないアナウンスが通勤用のアニソンを貫通してくる。
「ふぅ...」
少し重い自分の右足が圧迫された電車から放たれる。退勤したであろう死んだ顔したサラリーマン達を横目に地上に出る階段を一段飛ばしで駆け上がる。
秋葉原。
新宿や渋谷といったいろんな人間が沢山いる場所と違って、少し偏った人間が集まっているせいか独特な匂いと雰囲気を醸し出すこの場所に僕のバイト先が在る。
目をあまり合わせず少し早口で談笑する男達、周りを余り気にせず無我夢中でカメラを構える外国人、僕の顔を覚えたのか全く声をかけてこないコンカフェ嬢。そんな群衆に目もくれず、大通りから脇道に入った先にある薄暗いビルに入る。
階段を降りてくるバイト先の来客であろう男に道を譲り、余り足音を立てず中古ゲームショップ『お宝見つけ亭』の扉を開く。
「おざーっす…」
決して元気が良いとは言えない僕の挨拶が店内に響く。
「お、國隅。 ッつかれい」
僕より1ヶ月早くこの店にはいった同い年で26歳の外園が軽く挨拶を返す。
「國隅、今日の買取数やばいぞ多分8ケースはあるな…アレ…今日の相方俺で良かったな!」
「え? 8ケース!? 面倒くせぇ……」
「外園ラベル貼ってよ 俺ラッピングするから」
普段『俺』とは言わない僕が少し早口で言った。
「ハァ?俺がラッピングした方が早いだろ 國隅ラベル貼れよ」
フリーター同士のしょうもない言い合いが始まる。
「ったく…こんなにいっぱいクソゲー買い取って意味あんのかよ…」
結局ラベル貼りになった僕は、スカした顔でラッピングする外園にぼやく。
「例えば?」
目を向けず適当に聞き返す外園。
「これとかいつのだよ2020年代ぐらいだろ…
ノンフルダイブでVRゲーとか…ケチャップかけないオムライスと同じ」
「なんだよその例え。絶対今メイド喫茶行きたいだろ…」
一緒の時間帯のバイトになって3年目になる外園が心の中を的確に言い当ててくる。
「別にノンフルダイブが全部クソゲーとは限らないだろ。2033年に『Cradle (クレイドル)』が発売するまでノンフルダイブのVRが主流だったんだから。VRMMOが割と現実的な値段でプレイできる今の時代が贅沢なんだよ」
至極真っ当な返しをする外園に何も言い返せない僕はラベルを貼るスピードを少し早めた。
「確かにそうだな」
この僕の言葉を皮切りに十数分間沈黙が続いた。
「......」
「ん?」
外園が珍しく手を止めて買取品を舐めるように見始めた。
「どうした?」
「これ見て。」
外園の手元には真っ白で何も書かれてないように見えるソフトケースがあった。
「なにそれ?中身何?」
僕も少しソレを奇妙に感じ、外園に中身を開けてくれと言わんばかりの口ぶりで言った。
外園がソレを開けると中身のソフトも同じく真っ白で何も書かれていなかった
「買取済みのリストに記入されてないな」
「多分買取不可で処分対応したんだろ。こっちのケース入れるなよな… 相変わらず昼勤の奴ら適当だな」
昼勤への愚痴を漏らしながらソレを処分用boxに投げ入れようとする外園。
「ちょっとストップ !」
見覚えがあるが故、ソレに違和感を感じた僕はその日一番の声を出した。
「そのソフトの形式…『Cradle』のだよな。」
「ん…? 確かに。」
眉を上げる外園。
「『Cradle』に対応したソフトって世の中に100本にも満たないはず。アンチコピー性能が世界最強の
『rebirthware』のハードに対応するのってかなりの技術だぞ…」
「大袈裟だろ どこか無名の同人サークルが作ったガラクタだろこんなもん。」
鼻で笑う外園、続けて口を開く。
「もしこれが仮に『Cradle』に対応してプレイ出来たら大問題だぞ。『rebirthware』の株価は大暴落だろうな。」
再び処分用boxに投げ入れようとする外園。
「待て!」
僕は外園がソレを投げ捨てるのを分かっていたかの如く素早く言った。
「ソレ…俺貰っていいか?」
僕はこの日一番小さな声を出した。
「イイけど ぜってぇバレんなよ。」
外園がなんの躊躇いもなくソレを差し出した。
何故か慎重に受け取った僕はソレを手元にした瞬間、その真っ白なケースの左下に視線を持っていかれた。
外園が持っていた時は距離的に全く気付かなかったものすごく小さな英語の文字。
〝 you’re last boss 〟
『Cradle』:2033年に『rebirthware株式会社』から発売されたVRMMO専用のハードウェア。発売当初の値段は119万8000円とかなり高価だが世界販売台数は640万台と価格にしてはかなりの販売台数を記録した。2035年5月現在では製造を中止しており増産の目処はたっていない。