断罪されていたら聖女の兄が落ちてきました
異世界転移者に振り回される話を見ていると実は魔神とかが送り込んでいる尖兵じゃねと思っての話。
「レベッカ。お前は聖女であるオリコをさんざん馬鹿にして冷遇したそうだな。お前のような女との婚約を破棄する」
王太子のゲルドさまの宣言と共にフルフルと怯えたようにくっつくオリコさま。そのオリコさまの口元で笑みを浮かべていたのが見えたのはおそらくわたくしだけだろう。
冷遇。か……。
(殿下に取ってわたくしの行いのすべてが冷遇にみえたんでしょうね)
オリコさまが現れたのはある日突然だった。何もない空から突然姿が見えたと思った矢先にゲルドさまの腕の中に納まった小柄な可愛らしい感じの少女。
その少女を受け止めた時のゲルドさまの表情は忘れられない。心を奪われたように顔を赤らめて。
『空から落ちてきたのだ。彼女は神の御使いに違いない!!』
確かに神話の時代から空から人が落ちてくる事例があった。だけど、それだけの理由でゲルドさまはそう宣言したと同時に自分が見つけたからと面倒を見ると言い出し――過度に、そう過度に気に掛けるようになった。
服が少ないと思ったら数十着のドレスを購入して、食事が合わないと呟いたらありとあらゆる貴重な食材を集めさせて、一人では寂しいと甘えてきたら学園を休んだり、わたくしとの予定や公務があるのもそれを取りやめて彼女にくっつき慰める。
それを何度も諫めてきた。
「服を購入するのは構いません。ですが、ドレスをそんなに購入しては…そのお金は国民の血税から来ているのですよ!!」
「食事が合わないのは仕方ありませんが、そのために多くの魔術師を集めて転送させるなど、魔術師の本来の責務があるんですよ!!」
「寂しいとおっしゃるなら友人を作れるような場所を用意するべきです。いつまでも殿下にべったりでは殿下の生活に支障が出ているではありませんか」
この世界の常識を教えて馴染めるように手を貸すのが本来の役目ではないかと諭したつもりだった。
この世界の本が読めないのなら語学を、常識が分からないのなら教えるべきであると。だが、わたくしの言葉を、
「常識知らずだと思って馬鹿にしているのですか」
とか、
「ただ、急に知らないところに来た私の気持ちを労わってほしいと思っているだけなのに」
と言い返して、ゲルドさまに庇われる日々。
それなのに寂しいからと夜会やお茶会に繰り出して、婚約者のいる男性に次々と声を掛けていく。その都度婚約者がいる相手に馴れ馴れしく触れてはいけないと話をするのだが、
「なんで、ただ親しくしているだけなのに」
としくしく泣きだす。
それを見た男性陣は、
「血も涙もない冷たい女性だ」
「あんな冷酷な方が殿下の婚約者とは」
「オリコさまが哀れだ」
そんな風に噂をしている。
では、そんなオリコさまに婚約者が連れ去られて悲しんでいる女性がいるのに気づかないのはどうだろうか。
ファーストダンスを踊ってもらえると思っていたのに夜会に入って早々にオリコさまに声を掛けられてそちらに行ってしまい、オリコさまに請われるままにダンスを踊るのを見せられた女性は。
オリコさまが楽しげに話しながら歩いて、大勢の男性にべったりくっついているのを見せられる気持ちは。
「あっ、あれ素敵ですね」
女性の装飾品を見て、綺麗だとオリコさまが告げると同時に、
「確かにあれはオリコさまに似合うでしょうね」
と自分の婚約者が告げて、無理やり奪われてオリコさまの首元に飾られる気持ちは。
このままではいけないと注意し続けた。それなのにオリコさまには届かない。
「綺麗だと言っただけなのに酷い」
と目に涙を浮かべるだけで男性陣はオリコさまの味方になる。
そんなものを見せ続けられて、それでも苦言を言い続けたのはゲルドさまに対しての情があったからだった。でも、その情も尽きてきた。
ぷつん
「婚約破棄。了承しました……」
もう何も感じない。疲れた。
(終わらせてくれるのならもういい)
「ゲルドさま。レベッカ様に一言いいでしょうか?」
オリコさまがゲルドさまに声を掛ける。
「いや、オリコ。こんな悪女に慈悲を掛けなくても」
「だからこそです」
ゲルドさまに健気に微笑むとオリコさまはこちらに近付き、
「あんたのこと気に入らなかったのよ。お兄ちゃんみたいに口煩くてさ。もっと苦しんで死んでよ」
耳元で囁く。
「…………」
ああ、やはりわざとだったのか。わざと気弱な少女のふりを装って多くの人を苦しめて……。
(聖女じゃなくて悪女)
ああ、彼女の危険性に気付いていて対応を間違えた自分が情けない。
目に涙を浮かべると――。
「ったく。やっていることは変わらないな」
天井がある屋内のはずなのに野外のような太陽に似た眩しい光が会場を照らし出し、たくさんの天の使いの証である白い羽の幻影が広がっていく。
「魔神がこの世界の均衡を崩すために自分の御使いを装った魔女を送り込んだから対応してくれと急に言われた時は困惑したけど、お前なら納得だ」
呆れと怒りを宿した口調。
「お……」
驚いたように後ずさるオリコさまに、
「また多くの人を騙して、財産全部奪うつもりか。織莉子」
「お兄ちゃん……!?」
白い光に包まれた青年の声と悲鳴のようなオリコさまの声が重なった。
二つ下の妹の織莉子はその見た目を利用した悪女だった。一見可憐な少女で多くの男性を騙して、実の両親すら利用していく。
いとこが誕生日プレゼントにもらったというぬいぐるみを見て、
「可愛いな。私も欲しい」
と言うといとこからぬいぐるみを奪い取り――いとこの父親も織莉子にはメロメロでいとこの母親がそんな夫を叱りながら泣いているいとこを慰め続けていたのを見てきた。結局いとこの両親は織莉子の所為で離婚して、それを謝罪すると、
「正臣くんが悪いわけじゃないから」
と首を横に振られて、
「でも、**は貴方に会いたくないと思うの。貴方は元夫にも織莉子ちゃんにもそっくりだから」
と逆に謝罪された。
それからもいろいろなことを起こした。
学校の備品を壊したのに涙ぐんで近くの女の子が割ったと説明して罪を押し付けたり、痴漢冤罪を繰り返して、脅してお金をせびり、それを訴えた人が居ると織莉子は親に泣きついて味方を作った。
「織莉子は可愛いから仕方ないよ」
多少の僻みはあったと思う。同じ兄妹でも織莉子ばかり可愛がって、俺がいくら頑張ってもそれくらい普通だと告げる両親の愛がほしかったが次第に諦めが生まれた。
大学に入る時には親子の縁を切って、一人暮らしを始めた。
家族に関係するような情報はシャットアウトしたのだが、祖父母とは縁を切っていなかったので祖父母に会いに行ったらとんでもない知らせを聞かされた。
織莉子が階段から突き飛ばされたと怪我をしたが、たまたまスマホで撮影している人が居て――卒業写真の撮影をしていたそうだ――織莉子が自分から落ちて行ったのに突き飛ばされたと言い出したとか。
その相手がどこぞの名家の令嬢でそこから織莉子のことを徹底的に調べて、織莉子の罪が山の様に表に出てきた。まあ、それでも全部ではないだろう。
で、織莉子は警察に捕まることになったのだが、その後すぐに織莉子は失踪した。まるで神隠しのように大勢の人の前から消えたのだ。
その話を聞いた数時間後。
――お願いです。助けてください
と有無を言わさず異世界転移させられたのだが。
「なんで異世界でもお前の尻拭いしないといけないんだ」
「お……お兄……」
「やっと縁が切れたと思ったんだぞ!!」
現れた青年の手の甲には神の御使いの印が浮かび上がっている。
(確か、御使いのふりをした悪魔の手先が現れたので神がけして悪魔に……誰にもまねできない御印を作り上げて記すとあった)
ちなみに人の手でまねできないが、欠けた不完全な状態なら再現可能なので何枚も欠けた御印の模様を書物に残して正確な形を覚えるように教えられた。
「オリコさまにはなかったですね……」
今まで気にしていなかったがと呟くが誰も聞いていない。
「さんざん言ったよな。お前の行いでどれだけの人が苦しんでいるかと!! なのに、親父もおふくろもお前を甘やかして可愛がって……それなのにいざお前が捕まったら俺に縋ってきてうんざりなんだよ!! 縁切ったのに諦めが悪い!!」
青年の手には縄。
「私は悪くない!! みんな私が可愛いから嫉妬して言っているだけよ。欲しいと言ってないのにくれる人が悪いのよ」
「で、それで痴漢冤罪をして金を脅し取って、自分の行いを他人に押し付けたのか」
日頃の恨みとばかりに縄で縛りつけて、青年は助けを懇願するオリコさまの手を振り払う。
「オリコに何をするんだっ!!」
オリコさまを助けようと動き出す男性陣を一瞥すると凍り付いたように彼らの動きが封じられる。
「おいっ、この馬鹿がした行いをまだ目を覚ましてない奴らに見せろよ。はあぁ!! それくらいできるだろう、俺に後始末押し付けるんじゃねえ!!」
空を――誰かがそこに居るかのように命じる様に叫ぶと空から落ちてきた羽根一枚一枚にオリコさまの行った様々な悪事が映し出されていく。
「なっ……」
「ったく、なんでこんなふうに騙されるんだ」
動揺している男性陣を冷めた目で見つめて、
「と言うことでさっさとこいつを何とかしろ」
「やっ、やめっ……」
「ああ、そうそう。こいつが魔神とやらに召喚されたことで迷惑こうむった警察官がいたからそのフォローをしてくれ」
オリコさま――もう敬称を付けなくていいだろう。オリコは床に吸い込まれるように消えていく。
「いや、誰かぁぁぁぁ!! 誰か助けてぇぇぇぇ!!」
断末魔の叫びだけが響いたと思ったが彼女が消えた後の床はいつもと変わらない床でしかない。
「やっと縁が切れた」
清々したと告げる青年だけがそこに残されただけだった。
その後。
「レベッカ許してくれ!! あの魔女に騙されただけなんだ!!」
ゲルドさまが懇願するが、
「”騙された。”その一言でわたくしの心の傷は癒せません」
と復縁を迫ってきたゲルドさまを振りほどき、わたくしと同じように騙されたと喚く男性陣に深い傷を負わされた女性陣は婚約者たちとの縁を切っていく。
で、
「なんでみんな俺のところに来るのかね~」
御使いさま――マサオミさまは元の世界に戻ってもあの魔女の尻拭いをさせられるだけだからとこの世界にとどまっているので女性陣全員で押しかける。
「マサオミさまと縁を結んでいけというのが家の方針なので」
「正直、あの方の所為で男性陣が軒並み廃嫡して釣り合いの取れる方がいないのですよね」
「このまま肩身の狭い想いをするよりはマサオミさまと縁を結んだ方がいいと思いまして」
「貴族社会怖い。というかまた尻拭いかよ」
マサオミさまの嘆く声がするが、マサオミさまのおかげで我が国は平和を取り戻せたのであった。
オチがギャグ。
まあ、恋愛タグなのでそのうち結ばれます。




