09.攻略対象その2との遭遇。
ピピピッピピピッという音が聞こえた。
あー……仕事行かなきゃ……私は布団から起き上がる。
え……あれ……?
見覚えのない部屋に一瞬、唖然とする。
あ、そっか。
私、死んで乙女ゲームの世界に来たんだっけ。
イェーイ!と、伸びをしながら小声でつぶやく。
そしてふかふかのベッドから出て、理想の女子の部屋!という感じの部屋で、どこに何があるか何故かちゃんとわかるので身支度をする。
本当はカバンにジャラジャラアクセサリーとかつけたくないし、スカートもこんな短いの不安だけど……なるべく彩衣ちゃんを装わないとね!
あんまり劇的に変わるのはやはり問題がある。
うんうん。
あと、せっかくスタイルいいんだから、おしゃれしなきゃーーー!!!見せつけなきゃ!!!
と、元美人でもない、スタイルもよくないアラサー女は思うわけですよ。
短いスカートを履き、カバンに教科書を詰め、髪の毛のアレンジも覚えてて上手く出来るので、可愛い彩衣ちゃんの出来上がり!
私は支度を済ませ、朝食を食べにリビングへと向かった。
「おはよー」
美女母に声をかけると、母は驚いた顔で私を見た。
「彩衣……本当にどうしたの……?いつも寝坊して声かけてギリギリで家出るのに……」
おいおい彩衣ちゃん……まぁ、私も学生時代はそんなんだったけどさ。
「彩衣ちゃんは昨日から変わったんですよ」
そう言いながら私はテーブルにつく。
「彩衣がもう起きて支度すませたのか!!??本当か!!??」
歯を磨いていたらしい兄が驚いてやってきた。
私はイエーイとピースして見せる。
「彩衣……お前、ほんとにどうした……」
兄は不安そうな顔をしている。
「お兄ちゃん!」
仕方ないでしょ!社畜が染み付いてるんだから!
昨日アラームいつもと同じ時間にセットしちゃったんだよ!
「俺、学校まで送ろうか?」
兄は近寄ってきておろおろとする。
寝癖ついてて歯ブラシを持っていてもイケメンだなー……これはこれで萌えるわ。
と思いながら言葉を返す。
「だーいじょうぶ!大学あるんでしょ!」
「お、なんだ早いな、彩衣」
おっとー!イケオジ父登場!待ってました!
「お父さん、おはよう」
私はにこにこしながら挨拶する。
「みんな私が早起きして支度したの大丈夫かーっていうんだよ。ひどくない?昨日から変わった!って言ったのに!」
「ははは。まぁ、急にいろいろ変わったら心配するだろう。」
イケ父は椅子に座る。
スーツ姿が眩しいぜ……。
私は目を細める。
「まぁねー……」
でも彩衣ちゃんがどんな生活してたかわからないからなーと、悩みながら母が淹れてくれたカフェオレを飲む。
まぁ、しかたない。そのうちみんなも慣れるでしょ。
わからないものを再現しようがないし!
私はそう思うと、朝食を食べだした。
「いってきまーす!」
ついてこようとする兄を母に押し付け、私は家を出て学校へと向かう。
彩衣ちゃんたちは高校2年生だったなー、確か。
高2かー・・・あ、やべ。
高2の勉強なんてわかるかな?
昨日、一応教科書は時間割見てカバンに入れたけど・・・。
一応、知識はあるのかな?でも、彩衣ちゃん頭悪そーーー。
そんなことを思いながら住宅街を歩いて繁華街へ出た。
ふと、私は今更あることに気づく。
住宅街は通り過ぎる人が少なくてあんまり気にしなかったが、繁華街に出て確信した。
この世界の人間は、やはり皆、ユキ。先生のキャラデザだ。
そこにいる人、あそこにいる人、モブが全員ユキ。先生の絵柄の人間なのだ。
ちょちょちょ!!!!ちょっと待って!!!え!?え!!??
イケメンと美女ばっかじゃん!!!
あっちもこっちもイケメンじゃん!!!
イケメンパラダイスじゃん!!!!!
普通の人がイケメンだよ!!!!
私は足を止め、目を見開き、硬直した。
はーーー……しんどい……しんどい世界だわ……。
いや、ありがたいんだけどね……嬉しいんだけどね……これ……は……。
私は顔に手を当てて目を瞑り、しんどい。と呟いた。
すると、ふわっといい香りがした。
「レディ?大丈夫?具合が悪いのかな?」
私は当てた手の中で、目をかっぴらいた。
この……声……は…………。
その場で震えそうになった……。
だって……だって……。
この声と……口調と……女をレディと呼ぶ男は……。
「うん?大丈夫かい?同じ高校だよね?具合が悪いのならうちの車を呼んで学校か家へ送るけども」
私は……恐る恐る……右側にキラキラと見える金色の髪の毛と、白い肌の男性を……見……た。
「お、やっと顔を上げてくれたね。えーっと君は……確か、速水彩衣ちゃん……だね?」
デ、デターーーーーーー!!!!!!!
学校の全女子生徒の名前と顔を覚えている、金持ち軟派キャラ退魔師の攻略対象その2!
同じ学校の上級生!!!美空臣!!!!!!
やっば!!!ハーフキャラだけど、なんか!なんか!!金髪で!!!!肌しろっ!!!!
え!?なんか輝いてない!!???光ってない!!??キラキラしてるよ!!??
美形キャラ設定だけどさ!!!!え!!??
ちょ……推しじゃないけど……これ……は…………
「……美しい…………」
私は目をかっぴらいて真顔で美空先輩を見つめて呟いていた。
「え?ああ、ありがとう」
美空先輩は当然の事の様ににっこりと笑い、私の言葉を受け止めた。
「だけどそんな当たり前の事より、ボクは君の体調の方が心配だな。大丈夫?しんどいってつぶやいてたけど?」
顔を上げた私の前で、180以上はある高身長の美空先輩はふむ。と、腕を組んで顎に手を当てていた。
うわー・・・絵になるわー・・・絵画じゃん。
ここだけ絵画じゃん。
あ、そんなことより返事しなきゃ。
「あ……あー……大丈夫です!ちょっと、考え事してて!それについてのしんどいですから!」
私は慌てて手を振る。
「そう?ならいいけど」
美空先輩が笑顔でそう言った時、
「美空せんぱーい!おはようございまーす!」
複数の美空先輩ファンの女子がやってきた。
「やぁ、レディ達。おはよう。」
おおぅ、女子達が私を睨んでいる。
「それじゃあ、失礼します……」
「ああ、気をつけてね」
「……ありがとうございました……」
私はそそくさと逃げ出す。
美空信者を手に回すと怖い。
一凛ちゃんでプレイしているから知っている。
まぁ、それを美空先輩がかばって、愛が深まるんだけど……。
と、思いながら早足で歩いて、ふと立ち止まる。
美空臣に……会ってしまったなぁ…………。
こんなあっさりと。
しかも向こうから声をかけられた。
顔を伏せてしんどい。と呟いたら。
女性に優しいんだなぁ……でも、女性に優しいのは……。
そう、私は知っている。
美空先輩ルートもやったから。
なぜ、美空先輩が女性に優しいのか。
……女性に依存しているのか…………。
そこには悲しい秘密がある。
(一凛ちゃんに癒されて……ハッピーエンドなんだけどね。美空先輩ルートになるのかなー……誰ルートになるんだろ。)
私はそんな事を考えながら、空を仰いだ。