79話 勝つための手段
「へえ、よく日没までに三往復も出来たわね。初日にしては上出来じゃない」
日没前に帰ってきたら、ラナさんが感心していました。
「そっちの二人は限界みたいね」
ソラ君とレィナちゃんは、帰りつくと同時に地面に倒れこんでしまいました。
「でも、あなたはまだ余裕がありそうじゃない?」
「山を走るのは得意なので」
「その様子は得意ってレベルの話じゃなさそうだけど・・・そっちの彼も一緒に行ってきたんでしょ?あなたも余裕がありそうね?」
同じペースで山を下りて来たキラさんも、全く疲れた様子がありません。
「わたしは魔力を使って走っていましたので体力は殆ど消費していません」
・・・それはそれで、魔力切れを起こさないのは普通では無いと思います。
「まあ、いいでしょう。明日は剣を使った稽古をつけてあげるわ」
ラナさんはそう言って去って行きました。
「二人ともお疲れさまでした。魔法で疲労を回復させてあげてもいいのですが、折角の訓練ですので、このまま自然回復を待った方が体が強くなります」
キラさんが二人に聞きました。
「ああ、回復しねえでいい」
「そうね、このくらい大丈夫よ」
二人ともフラフラですが自分で立ち上がりました。
「とりあえず、メシ食いに行こうぜ!」
ソラ君が提案しました。
この状態でも食欲はあるみたいです。
この地域はあまり食材が豊富ではないらしく、料理のレパートリーはそれほど多くありません。
主に山羊の肉や、乳製品を中心とした料理が多いです。
山羊の肉をパイ生地で包んで油で揚げたものや、麺類もありました。
味はそれなりでしたが、みんなお腹が空いていたのでたくさん食べました。
翌日は道場でラナさんが剣を使った稽古をつけてくれる事になっています。
ただ、稽古の前に山の頂上まで一往復する様に言われました。
これは今後も毎日やるみたいです。
でもみんな、昨日よりも早く往復する事が出来ました。
「二日目でこんなに速くなるなんてね。あなたがアドバイスしたおかげかしらね?」
ラナさんはボクを見て、かすかに微笑んだ様でした。
「じゃあ、それぞれ、剣を使って打ち合いを始めましょうか。うちの門下生たちが相手をするわ」
男性の剣士が二人、ソラ君とレィナちゃんの前に立ちました。
「あなたはあたしが相手するわ」
ボクの前にはラナさんが立っています。
ソラ君とレィナちゃんは、既に打ち合いを始めたみたいです。
それぞれ、実力の拮抗した相手をあてがわれたみたいで、どちらも互角のいい戦いをしています。
「あたしたちもいくわよ」
ラナさんがボクに仕掛けてきました。
例の流れるような剣技です。
ボクもそれに対応して、反撃を入れます。
しかしそれは、あのやわらかい体で全て躱されてしまいます。
その間も、幅広の片刃剣は常に回り続け、容赦なくボクに襲い掛かります。
やはり、この攻防一体の一連の動きをどうやって攻略するかがカギになるのです。
とにかく、技が決まったと思っても、ありえない体の柔軟性で躱されてしまうのです。
それも考慮して、より深く踏み込もうとしても、絶妙のタイミングで片刃剣の刃が回り込んでくるので踏み込む事が出来ません。
片刃剣自体は一定の周期で周回しているので、タイミングを掴むのは容易なのですが、柔軟な体が、片刃剣の軌跡を縫う様に変幻自在に動き回るので、体に剣を打ち込む事が出来ないのです。
力技で片刃剣を受け止める事が出来ればそれが突破口になるのでしょうが、ボクのレイピアでは幅広片刃剣の重量を受け止めるのはきびしいです。
レィナちゃんならそれが可能ではないのかと、レィナちゃんの方を見たら、レィナちゃんは大剣で片刃剣を受け止めはしたものの、相手はレィナちゃんの大剣を軸にして片刃剣と自身の軌道を変化させて、そのままレィナちゃんに攻撃を入れていました。
真っ向から剣を受けとめても、その対策は出来ているみたいです。
レィナちゃんは力業で体勢を立て直してそれを受け止めていますが、これはどう見てもレィナちゃんの方が消耗が激しそうな戦いになっています。
案の定、レィナちゃんは程なく疲れて動けなくなってしまいました。
ソラ君の方はというと、レィナちゃんほど消耗はしていないものの、ボクと同様に決定打が無く、攻めあぐねていました。
このままではいずれ体力と『念』が尽きてしまうでしょう。
そう思った矢先、ソラ君が戦法を変えました。
剣を鞘に戻し、右手で相手の片刃剣を受け止めると同時に、左手で逆手で剣を抜いて相手に切りつけたのです!
右手が無かった時に見せてくれた左手の剣術です。
右手の義手は附加装備ですので、片刃剣でも切られることなく受け止める事が出来たのでした。
・・・相手を倒す事は出来たのですが、これは剣の稽古なので、今の技で勝つのはどうなのでしょうか?・・・
「他人を気にしてる余裕があるの?」
ラナさんの片刃剣が軌道を変えて迫ってきました。
ボクはギリギリでそれを受け流します。
「あの子、やるわね」
「・・・あれでいいのですか?」
「実戦では生き残れば何でもいいのよ」
確かにそれはそうですが・・・
「何を使っても構わないわ。あたしを倒しに来てごらんなさい」
では・・・ボクも遠慮しない事にします。




