78話 山の走り方
「時間をだいぶ過ぎたわね。今日は夕方までに後2往復ね」
レィナちゃんの回復を待ってから山を下りた僕たちは、ラナさんに再び山を登る様に言われてしまいました。
「なんであと二往復もしなきゃいけないのよ!」
「けっ!誰かのせいでこっちまで巻き添えだぜ!」
「まあまあ、今日はこの特訓に集中しましょう」
一回目と同じ時間で往復していては今から日没までに二往復は出来ません。
だんだんとペースを上げつつ山を上り下りするのは、いい訓練になるはずです。
「レィナちゃんはさっきよりペースを落とさないとバテてしまうのがわかりましたよね?」
「ええ、さすがに同じ失敗をもう一度繰り返すほど馬鹿じゃないわ!」
「ソラ君はさっきよりほんの少しだけペースを上げて下さい」
「ああ、さっきはまだ余裕があったから大丈夫だ」
「では二人ともボクのペースに合わせて後ろについて来てくださいね」
今回は二人とも素直にいう事を聞いてくれた。
「それではわたしは一番後ろについて行きます」
キラさんは見学なのに結局全て一緒に訓練に参加しています。
・・・と言ってもキラさんにはこの訓練は余裕みたいに見えます。
ボクはさっきソラ君と走った時よりもほんの少しだけ速い速度で山を駆け上り始めました。
・・・実はボクにとってこの訓練はそれほどきつくは無いのです。
『念技』を使わなくても、もう少し早いペースで駆け上る事も出来ると思います。
これもお母さんとの訓練の賜物でした。
お母さんは別にこの様な空気のうすい高地での活動を想定したわけでは無いと思いますが、ボクに最小限の呼吸、最小限の動きで相手を倒す戦い方を教えてくれていました。
あらゆる悪条件でもその状況下で最適な戦い方が出来る様にと、とにかく最小限の消耗で戦う事を教え込まれているのです。
でも、今日は折角だから出来るだけ『念技』を使って走る様に心がけています。
さっき走った時も出来るだけ『念技』で体を動かす様にしていたのですが、今度は更に『念技』の比率を増やします。
『念』の操作はさっきよりも難しくなりますが、肉体の負担は軽減されるはずです。
実際やってみると、山道の不整な地面に対してバランスをとるのが難しく、『念』の制御を誤るとすぐに転んでしまいそうになります。
そこで、繊細な制御が必要な足首の動きだけは普通に筋肉で動かし、それ以外の膝や太腿などを『念技』で動かす様に配分を変えてみたところ、転倒しにくくなる事がわかりました。
それでいて、大きな力が必要な膝や太腿は『念』で動かしているので、全体的には肉体の疲労は抑える事が出来ます。
この様に、体の部位ごとに配分を変える事により、更に効率が良くなる可能性が見えてきました。
ボクがこの方法で体力の消費を抑えつつ、少しずつペースを上げると、ソラ君とレィナちゃんもボクに合わせてペースを上げてきました。
二人もボクがやっている事に気がついたみたいで、同じ様に、『念技』や『身体強化』をうまく活用して体力の消費を抑えようとし始めました。
どちらもまだちょっと粗削りですが、体力の消耗を抑えるコツをつかみ始めたみたいです。
ボクが山頂に付くと、少し遅れてソラ君とレィナちゃんが到着しました。
キラさんもその後に続きます。
「はあ、はあ、今度は何とか倒れずにたどり着けたわ!」
「はあ、はあ、まあ、オレは余裕だけどな!」
「息を切らしながら言っても説得力無いわよ!」
「二人とも、さっきより結構ペースを上げましたが大丈夫みたいですね?」
「ルルはまだ余裕そうだな?」
「ボクは今のならほとんど疲れませんよ」
「どうなってんの?ルルの体力は」
「ボクは体力はそんなにありませんよ。徹底的に消耗を抑えているだけです」
「オレも結構体力を温存して走ったつもりだったんだが、ルルはレベルが違うみたいだな」
「常に無駄を省く様に考えながら走っていれば出来る様になりますよ」
キラさんは全然余裕みたいで全く疲れを見せません。
魔力量と身体強化の制御技術がとんでもなく高いのだと思います。
「少し休んだら山を下りますよ。早くしないと日が暮れてしまいます」
二人の呼吸が少し落ち着いたところで山を下り始めました。
山道の下りは、一歩一歩体重を受け止めて速度を制限しなければいけないため、登りよりも体力を消耗する場合があります。
でも、自然に落下する勢いを殺さずにうまく利用できれば、ほとんど体力を消耗せずに早く降りる事も出来るのです。
これはまさにお母さん直伝の山道走破方法です。
お母さんは子供の頃、山の上に住んでいて、毎日山を下って学校に通っていたそうなのです。
その時に編み出した技・・・と言っても至って単純な事なのですが、自由落下する感覚で、あえて減速せずに落下に身を任せるだけなのです。
あとは着地点と跳躍先を見定めて、滑る様に山を下っていくのですが・・・
これって・・・多分、お母さんだからできた荒業ですよね?
お父さんも同じ事をやっていましたが、お父さんは『勇者』なのであまり参考にならないです。
ボクは小さい頃から二人が自然にやっているのを見ていたので、誰でも普通に出来る事なのだと思っていました。
でも・・・ボクがそれをやると、ソラ君とレィナちゃんが全然ついて来れなくなってしまいました。
「ルル!速度の出し過ぎだ!あぶねえぞ!・・・うわっ!」
「ちょっと!どうなってんのよ!ルル!・・・ああっ!」
・・・無理にボクに付いて来ようとした二人が転倒して大変な事になっていました。
顔面から血を流している二人は、キラさんに治癒してもらいました。
「どうなってんだ!ルルの走り方は!」
「自然落下に身を任せているだけなんですけど」
「それ!おかしいからね!普通は転ぶに決まってるでしょ!」
そうなのでしょうか?
どっちが普通なのかよくわかりません。
でも、この下り方は、楽すぎてあまり訓練になりません。
そこで下りも、あえて『念技』の制御に重点を置いて走る事にしました。
三度目の往復は二度目よりペースを上げる事が出来たので、何とか日没までに三往復を達成する事が出来たのでした。




