77話 山の修行
その日の夜はみんな疲れていたので宿屋でぐっすり寝ました。
翌日はいよいよ道場での修行の開始です。
「よく来たわね。とりあえず自己紹介しておくわ。あたしはこの道場の師範代を任されているラナよ」
「オレはソラだ」
「あたしはレィナよ」
「ボクはルルです」
「・・・ルル?・・・」
「ボクの名前がどうかしましたか?」
「いえ、何でもないわ」
・・・明らかにボクの名前を聞いた時、反応していましたが・・・何かあるのでしょうか?
「じゃあ、まずは三人とも、この裏にある山の山頂まで走って行って走って帰って来る事。昼までには戻って来る様に」
この辺りは全体的に標高の高い高原の台地ですが、そこから更にいくつもの山がそびえ立っているのです。
今の標高でこれだけ空気がうすいのに更に山の上に登るとどうなるのでしょうか?
「おもしれえ!誰が一番早く頂上にたどり着くか競争だ!」
「望むところよ!」
・・・この二人は・・・相変わらずなんでも勝負しないと気が済まないみたいです。
「二人とも、ちょっと待って下さい!やみくもに走ってもまたこの前みたいに動けなくなってしまいますよ」
「じゃあ、どうすればいいのよ?」
「まずレィナちゃんは『身体強化』を活用しながら、体力と魔力をバランスよく使って、呼吸が苦しくならない程度のペースで走ってください。苦しくなったらペースを落としてください」
「わかったわ!じゃあ、先に行くわよ」
レィナちゃんは先に駆け出していきました。
「キラさん、申し訳ないですがレィナちゃんに付き添いお願いできますか?」
ボクは見学に来ていたキラさんにお願いしました。
キラさんも身体強化を使って走る事が出来ますので、レィナちゃんにアドバイスが出来ると思います。
「わかりました。では、わたしも付き添います」
キラさんがレィナちゃんを追って走り出しました。
「ソラ君は『念技』を使って体力を温存しながら走って下さい。『念』は呼吸が乱れると使えなくなります。呼吸が苦しくならないペースを維持する様に心がけて下さい。ボクも同じ方法で走りますから一緒に走りましょう」
「そうか、じゃあ今回はルルと競争だな!」
「競争ではありません。訓練なのでペースを維持する事に集中して下さい」
「なんか、つまんねえな」
「強くなるために必要な事ですよ」
「・・・そうだな、ルルの言う通りにしてみよう」
「はい。では出発しましょう」
ボクとソラ君もレィナちゃんたちを追って走り始めます。
『念』を使って、筋力を強化し、筋肉自体の負担を最小限に抑えて、呼吸の乱れを防ぎます。
少しでも配分を間違えると、『念』を使い切ったり、息が苦しくなってきます。
「ソラ君、少しペースを落として下さい」
「このくらい大丈夫だ!限界までやった方が訓練になるだろ?」
「途中でばててしまっては意味がありません。ギリギリを見極めるのが目的です」
「そうか、じゃあ仕方ねえな」
「ソラ君とレィナちゃんは、常にフルパワーを出してしまう傾向があり、それが戦いにおいて欠点となっている事があります。この高原での修行はソラ君たちが効率の良い戦い方を身に付けるちょど良い機会かもしれません」
「なあ、それよりも強力な技を身に付けて敵を一気に片付けた方が効率が良くねえか?」
「でも、敵が大勢いた時は途中で力尽きたら死んでしまいますよね?」
「それもそうだが・・・・」
「多分どちらも必要なんです。強力な技を使って、それでも余力を残せるように、常に効率を考える必要があるんです」
「そうか、それで大技を出せる回数が増えるかもしれねえんだ」
「そうです。効率化を考えて無駄になる事は無いんです」
「ルルは賢いな。いつもそんな事を考えているのか?」
「ほとんどお母さんの受けうりですけど」
「『剣聖』か・・・確かにあいつは『身体強化』や『念技』を使っていなくても強かったからな」
「お母さんは、昔は『身体強化』も『魔法』も使えなかったので技を磨いて強くなるしかなかったんです。ボクも同じ様に使えなかったので、お母さんがその技をボクに叩き込んでくれたのです」
「ルルもそのままで強かったからな。『念技』が使える様になってさらに強くなったんじゃねえのか?」
「まだ、『念技』を使うにはそれに集中していないといけないので、剣術の方がその分疎かになってしまいます。でもこうやって走るだけなら、少し余裕が出来ました。今もこうして『念技』を使って筋肉の負担を減らしているおかげで、話をしながら走っても息が切れなくなりました」
「ルルは『念技』の修行で今よりもっと強くなれるって事だ!オレも負けていられねえな」
そうしてボクとソラ君が山の頂上に着くと、レィちゃんとキラさんが待っていました。
結局、レィナちゃんが少し飛ばし過ぎてばててしまったそうで、キラさんが介抱していました。
山頂付近は町の辺りよりも更に空気がうすいのです。
「レィナちゃん、大丈夫ですか?」
「ううっ、気持ち悪い」
レィナちゃんはぐったりして吐きそうになっていました。
「レィナさんにペースを落とす様に言ったのですが・・・聞いてもらえませんでした」
実は、レィナちゃんがキラさんと二人っきりになれる様に気を使ってみたのですが・・・
・・・全然、そんな雰囲気ではなくなっていたのでした。




