6話 ボクの剣術
「じゃあ、次はレィナさんでいいかな?」
お母さんはレイピアを練習用のミドルソードに持ち替えています。
「はーい!ララさん!お願いします」
「レィナさん、ここでは先生って呼んで下さいね!」
「はーい!ララ先生!いきますっ!」
お母さんも、いつもは「レィナちゃん」って呼んでるのに今はさん付けで呼んでます。
レィナちゃんは『身体強化』を使って一気に加速し、お母さんに打ち込みます。
お母さんは、それを剣で受け流し、そのままレィナちゃんに反撃します。
レィナちゃんは身体強化の『加速』で急速に後退してそれを躱します。
お母さんが剣の練習相手をしてくれる時の基本スタイルがこれです。
お母さんは相手が対応できるぎりぎりのタイミングで反撃してきます。
丁度良い練習になる加減を相手に合わせて調整してくれるのです。
これは昔、お母さんがお父さんの弟子だった頃にお父さんがやってくれた練習方法だそうです。
レィナちゃんは『身体強化』の扱いが抜群に上手いです。
身体強化は『魔力』を使って自分の体の腕力や速さを向上させる技です。
『魔法』とはちょっと違います。
ただ、力や速さを上げるほどコントロールが難しくなると言われています。
今のはレィナちゃんだから対応できる速さだったので、同世代の他の子では対応するのは難しかったと思います。
「ララ先生、まだまだ行きますよ!」
レィナちゃんは手を変えて何度もお母さんに打ち込みます。
お母さんも、いろんなバリエーションでレィナちゃんに反撃します。
レィナちゃんも、レィナちゃんのお父さんやお母さんと毎日朝練をやっています。
でも、レィナちゃんの両親は結構厳しくて、お母さんと練習する方が楽しいって言ってました。
今も楽しそうです。
「ありがとうございました!」
何度か打ち合いをやって、レィナちゃんは満足したみたいです。
それから、他の子たちと順番に模擬戦をやっていきます。
みんな、『勇者』であるお母さんと剣を交える事が出来て本当に嬉しそうです。
でも、男の子は、お母さんに間近で見つめられるとドキドキしてしまう子も多いみたいで、真っ赤になって剣を落としてしまう子もいました。
・・・罪だよね、お母さんって。
最後に残ったのは、ボクとお父さんでした。
「次は俺だな」
お父さんが、先に出ました。
お父さんは、ゆるーい感じでお母さんに切りかかっていきます。
どうやら他の子たちの戦いぶりを見て、その中で平均ぐらいの強さのふりをするみたいです。
お母さんもそれに合わせて対応します。
普通の速さの・・・だけど剣術のお手本みたいなきれいな打ち合いが続きます。
お父さんとお母さんは、家で毎朝必ず打ち合いをしています。
もちろん今朝もやっていました。
二人の打ち合いは、それはもう、別次元です。
おそらくこの世界で頂点にいる二人の戦いです。
ボクにはもう目で追う事すらできません。
開始と同時に二人の姿が消えて、剣戟の音だけが連続で響き渡るだけになります。
そして、終わると二人ともにこにこしていてとても楽しそうです。
もっともお母さんはいつでも一日中にこにこしているのですが。
お母さんに聞いたら、それでも本気は出していないそうです。
二人が本気で戦ったら家が無くなってしまうどころか、王都が壊滅してしまうかもしれないと言っていました。
今の二人の打ち合いは、速さこそゆっくり目ですが、剣の軌道とタイミングは、ありえなくらい緻密で正確です。
それに気がつけば、二人の技術レベルがとんでもない高さだという事がわかります。
生徒たちの中にそれに気が付く子がいるのでしょうか?
「ありがとうございました」
しばらく打ち合った後、お父さんはお母さんに礼をして、離れて行きました。
「最後はルルだね」
次はボクの番です。
ボクも毎朝お母さんと朝練をしています。
今朝もやったばかりです。
ボクはあまり戦いが好きではありません。
レィナちゃんみたいに自分から積極的に攻撃を仕掛けるのは苦手です。
だから、朝練も護身用として攻撃を受けた時の練習を中心にやっています。
だから、ボクの方からお母さんに攻撃を仕掛ける事は無くて、お母さんの方から仕掛けてくる攻撃を対処する練習ばかりしています。
でも今日は、他の子はみんな自分からお母さんに仕掛けていました。
ボクもそうした方がいいのでしょうか?
「ルル、こっちから行こうか?」
ボクが迷ってるとお母さんが聞いてきました。
「ううん、ボクからいきます」
他の子たちの戦いを見て、ボクも自分からお母さんに挑んでみたいなって、少しだけ思っていました。
お母さんは剣を目指す子供達みんなの憧れです。
みんなお母さんと剣を交える事が嬉しくて仕方ないみたいでした。
・・・特にソラ君の戦いを見ていた時に思ったんです。
ソラ君はお母さんと戦える事が本当に嬉しくって、まるで最高の宝物を見つけたような顔をしていました。
怒ってばかりの怖い子だなって思ってたんですが、きっと純粋に剣が好きなんだと思います。
みんながそれほど憧れるお母さんに、ボクも自分から挑んでみたいと思ったんです。
ボクは一直線にお母さんに向かって接近します。
身体強化のつかえないボクは、他のみんなほどの速度は出せません。
速度に依存した、奇襲の様な攻撃は出来ません。
でも、そもそも、お母さんにそんなものは通用しません。
ボクが見習うべきは、さっきのお父さんとお母さんの戦い方です。
速度ではなく、正確さとタイミングを重視した剣の使い方です。
一見地味に見えますが、意外とこれが重要である事をボクはこれまでの練習で知っています。
普段は先に相手に仕掛けさせて、その行動を読み、タイミングを合わせて対処するというのがボクの剣術です。
ですから最初の一手というのが苦手です。
動きの無い相手の次の行動というのがわからないからです。
だから、相手の次の行動を誘導する様に攻撃を仕掛けてみます。
ボクはお母さんの直前で進路を左に変更し、お母さんの右脇に剣を打ち込みます。
お母さんの剣の基本は、相手の打ち込みを受け止めるのではなく、力を殺さずに軌道を逸らして受け流し、その流れのまま反撃に繋げるのです。
ボクの打ち込みをお母さんは受け流し、体を回転させて後ろからボクに打ち込みます。
次の攻撃が来れば、そこからのボクの対応はいつもと同じです。
お母さんと同じで、相手の攻撃を逸らして反撃に繋げるのです。
そうやって交互に相手の攻撃を受け流して次の攻撃につなげていきます。
二人でそれを繰り返すと、絶え間なく流れ続けるような打ち合いが続きます。
剣と剣がぶつかり合うような激しい戦いではありませんが、息をつく暇のない打ち合いが続いているのです。
お母さんとボクで、それぞれが円を描く様に自分自身と剣を回しながら攻防を繰り返すのは、ちょっと楽しいです。
「そろそろいいかな?」
しばらく打ち合いを続けところでお母さんが剣を退きました。
「ありがとうございます」
ボクはお母さんに礼をしました。
「ふふっ、こういう打ち合いも楽しかったでしょ?ルル」
「はい、楽しかったです」
「すごいよ!ルルとララ先生の打ち合い、すごくきれいだったよ!」
レィナちゃんがとても興奮しています。
「きれい?」
「うん、あれはもう芸術の域に達してるよね!見ていて感動したもん」
「それに剣の打ち合いなのに二人ともずっと笑顔なのってなんか不思議だよね」
そう言えば、なんか楽しくなっちゃってボクも途中から笑ってたかもしれません。
「ほんと、感動して見とれちゃった!」
「あんな美しい剣術は初めて見ました!」
「剣の技も美しいけど二人とも絶世の美女ってのが最高だったな!」
「美女二人の剣の舞って、舞台で見せたらお金が取れるレベルじゃねえ?」
他の生徒たちも見とれてしまっていたみたいです。
・・・なんだか恥ずかしいです。
ふと、ソラ君を見ると、驚いたような顔をして、ボクの方を見ていました。
ボクがソラ君の方を見て、目が合うと、怖い顔に戻ってフイっと横を向いてしまいました。