4話 魔女になりたい男の子
この国は子供の教育に大変力を入れています。
子供達は7歳になると各地の幼年学校に入って12歳まで読み書きや計算、剣の訓練や魔法の訓練を行います。
ボクが入学したこの学院は、幼年期の学校を卒業した子供たちが、将来仕事に就くための知識や技術を身に付けるための機関です。
新入生のほとんどが幼年学校を卒業したての12歳ぐらいの子ですが、大人が入学する事もあります。
授業の内容は、幼年学校より高度な読み書きや計算、国の歴史や法律などの他に、選択講座があり、自分が目指す職業に合わせた講座を選ぶ事が出来るのです。
ほとんどの生徒は3年ぐらいで、なりたい職業の資格を取得して卒業していきます。
ボクは将来の夢とか特にないのですが、お母さんのおいしい料理が自分でも作れるようになりたいので調理士の講座を選択するつもりでした。
講座の掛け持ちは出来なくはないのですが、それぞれの講座で卒業資格を取得するのは結構難しいそうなので、一つか二つの講座に絞って受講するのが普通です。
過去に一人だけ、全ての講座で卒業資格を取得した卒業生がいたのですが、なんとそれはボクのお母さんです!
お母さんは何でもできるすごい人なんです。
ボクはとりあえず、調理士の講座と、仕方なく剣術の講座を受講する事にしました。
・・・ボクは、本当は魔法が使えるようになりたかったのです。
この国には『魔法士』という職業があって、主に攻撃魔法で魔物と戦うのが仕事です。
学院にも『魔法士講座』という講座があって『魔法士』の育成を行なっています。
魔法士講座も受講したかったのですが、魔法が使えないボクが受講しても仕方ありません。
それに、ボクが使いたかった魔法はちょっと違います。
ボクのお母さんは『魔女』です。
でも、お母さんが魔女って事は、みんなには秘密なので、お母さんはあまり人前では魔法を使いません。
表向きは『勇者』って事になっているので、魔物と戦う時は攻撃魔法を使う事もあります。
だけど、魔女が使う魔法はもっといろいろあって、魔物と戦う以外にも素敵な魔法がたくさんあるんです。
お母さんは家の中や、誰もいないところでだけ、魔女の魔法を見せてくれます。
寝ぐせを直す魔法、
季節外れの花を咲かせる魔法、
人形を歩かせたり喋らせたりする魔法、
夏の暑い日に雪を降らせる魔法、
姿を変える魔法、
空中に浮かんで空を散歩する魔法、
・・・どうやら動物と話せる魔法もあるみたいです。
他にも魔法士が使う魔法とちょっと違う、不思議な魔法がいっぱいあるみたいなんです。
料理がおいしいのも魔法なのかと聞いたら、料理は魔法ではないそうです。
魔法を使わなくても魔法の様においしい料理が作れるお母さんはすごいなあって思います。
絵本や子供向けの物語には魔女が出て来るお話がいくつかあります。
お話によく出て来る魔女は、優しいおばあさんの魔女と、若くてきれいな悪い魔女です。
おばあさんの魔女は、色々な魔法で主人公を助けてくれます。
でも、魔法で何でも解決してくれる訳では無くて、主人公が頑張るための手助けをちょっとだけしてくれるのです。
主人公は、おばあさん魔女の手助けと優しさで、がんばろう!って気持ちになって、困難を乗り越えていくのです。
一方で、若くてきれいな魔女は、大抵が悪い魔女です。
人間に意地悪をしたり、殺したり、食べたりします。
みんな、魔女の美しい見た目に騙されてしまうのです。
お母さんはまるで、お話に出て来る優しいおばあさんの魔女みたいだなぁって思う事があります。
見た目は若くてきれいなのに・・・おかしいですよね?
戦うための魔法じゃなくて、もっと楽しい魔法が使える、お母さんみたいな素敵な魔女に、ボクはなりたかったのです。
でも、男の子であるボクは、魔女にはなれません。
・・・だから僕は女の子になりたかったのかもしれません。
一度お母さんに、「女の子になれる魔法はないですか?」と聞いた事があります。
お母さんには、「たぶんできるけど、やめておいた方がいいよ」と言われました。
「ルルが男の子に生まれたのはきっと理由があるんだよ。女の子になるのはそれが分かってからでも遅くないよ」
お母さんにそう言われると本当に何か理由がある様な気がしてきます。
「ルルがそれでも女の子になりたいって、そう決める時が来たら、その時は女の子にしてあげるね」
お母さんにそう言われたら、なんだか不安が無くなっていきました。
ボクはお母さんの言っていた、『男の子に生まれた理由』が分かるまで、このままでいようって決めたんです。
そう考えるようになったら、今の生活もそんなに悪くないと思えるようになりました。
お母さんやお父さん、それにレィナちゃんもボクの事を完全に女の子として扱ってくれます。
幼年学校の友達はみんなボクの事を女の子だと思っていました。
ボクはいつしか自分の体が男である事を意識しなくなっていました。
だから、友達に嘘をついているという意識も特にありません。
でも・・・ボクが男の子に生まれた理由って、いったい何でしょう?
それが分かるのはいつになるのでしょうか?