10話 小さな勇者
あれはボクたちが4歳くらいの頃の事です。
城壁の外の森に家族でピクニックに来ていたボクたちは、レィナちゃんの提案で、子供三人だけで探検に出かける事になりました。
当時は気にしていませんでしたが、魔物や野獣の出るかもしれない森で、4歳の子供三人だけで探検ごっこに行かせてもらえるなんて、普通ではありえませんよね?
後になって知りましたが、お父さんが一緒だから実際には子供だけではなかったわけで・・・それどころか最強の勇者が子守をしてくれていたのでした。
でも、当時はボクもレィナちゃんも、そんな事は知りません。
子供だけの探検ごっこにわくわくしていました。
・・・実際にはわくわくしていたのは主にレィナちゃんで、ボクはどちらかというとビクビクしていましたが・・・
でも、森の中で、行った事の無い場所に初めて子供だけで到達するのは、それなりに楽しかったのです。
何より、新しい発見がある度に目を輝かせて喜んでいるレィナちゃんを見てるとボクも嬉しくなって、気が付くと一緒に喜んでいました。
ジオだけは相変わらずの無表情でついて来ていました。
そうして森を進んで行くと、急に開けた場所に出ました。
森の中にある湖に出たのです。
「わあ!みてみて!すごいきれいなばしょだよ!」
こんな所に湖があるなんて知りませんでした。
レィナちゃんは喜んで真っ先に走って行きました。
「わぁ!ひろーい!」
レィナちゃんは湖の畔を走り回って、振り返ってボクたちを呼びました。
でも、その時レィナちゃんの頭上の木の枝に魔物が隠れていたのです。
「ねぇ!ルルとジオもはやくおいでよ!」
そして嬉しそうに手を振るレィナちゃんに上から魔物が襲い掛かったのです。
レィナちゃんは魔物に気が付いていません。
「レィナちゃん!にげて!」
ボクは叫ぶので精一杯でした。
「えっ?」
でもレィナちゃんには伝わりませんでした。
魔物はレィナちゃん目がけて木から飛び降りています。
あと少しで、魔物の爪がレィナちゃんに届いてしまいます。
その時です。
魔物は真っ二つになってレィナちゃんの両脇に落ちました。
ボクもレィナちゃんも何が起きたのかわかりませんでした。
そして、レィナちゃんの後ろには短剣を持ったジオが立っていました。
「いゃぁぁぁぁぁ!」
レィナちゃんは切り裂かれた魔物の死骸を見て悲鳴をあげました。
「さがってろ」
レィナちゃんを庇いながら後ろに追いやると、ジオの姿が消えました。
「レィナちゃん!こっちへ!」
その時にはボクはレィナちゃんのそばに行って、レィナちゃんの手を引いて、その場所から離れました。
その直後・・・上から魔物の死骸がばさばさと落ちてきました。
よく見るとジオが木の上から降って来る魔物を次々と倒していました。
ジオがいつも本気を出していないけど、実は強いのではないかという事は前から知っていました。
ボクとレィナちゃんは抱き合ったまま、ジオの戦いを見つめていました。
襲い来る魔物を次から次へと切り裂いていくジオの姿は、まるで小さな勇者の様でした。
自分の双子の兄弟なのに、ドキドキするくらいかっこよく見えたのです。
レィナちゃんも同じ気持ちだったのでしょう。
目を輝かせてジオを見ていました。
ジオは瞬く間に全ての魔物を倒し尽くしてしまいました。
そして、短剣を鞘にしまうとボクたちの方に歩いてきました。
「もう大丈夫だ。二人とも痛い所はないか?」
そういってジオはボクたちに手を差しだした。
「はい・・・・・だいじょうぶです!」
レィナちゃん・・・なぜか敬語になっています。
「それはよかった。ルルも平気か?」
「うん、ボクもけがしてないよ」
「そうか、二人とも無事でよかった」
ジオは少しだけ安心した様な顔をしました。
「・・・ジオ・・・」
レィナちゃんは顔を赤くしてジオを見ています。
するとレィナちゃんはジオの手をパシッと掴み、勢いよく引っ張って立ち上がり、ジオに顔を近づけました。
「ちょっとジオ!あんなにつよいなんてきいてないんだけど!?いつのまにじぶんだけれんしゅうしてたの?」
レィナちゃん、すごい剣幕でジオに詰め寄りました。
「隠していたわけじゃない。機会が無かっただけだ」
「よくわかんないけど、くやしい!ぜったいあたしのほうがつよくなるんだから!」
「ああ、がんばれ」
「なんかえらそうなのがきにいらないけど、いいわ、つぎはあたしがジオをたすけるからね!」
「そうだな、楽しみにしてる」
いつも無表情なジオが少しだけ優しそうに微笑みました。
レィナちゃんとジオは、なんだか、すっかりいつもの調子に戻っていました。
「おやがしんぱいするから、そろそろもどりましょう。いまのことはおやたちにはひみつよ!いいわね、ジオ!ルル!」
・・・たぶんばれてると思うけど・・・
「あ!そうだ!ひとつわすれてた!」
「どうしたの?レィナちゃん」
レィナちゃんはジオの方を振り返りました。
「ありがとう、ジオ」
レィナちゃんは顔を少し赤らめて、レィナちゃんにしては珍しく、小さな声でありがとうを言いました。