目覚め
ひた、ひた、と雫が滴る音が脳内に響く。
目を覚ますと、そこは知らない場所だった。
「ここは⋯⋯?」
漏れ出た言葉だけが薄暗い空洞を反響する。
「わたしは、一体なにを_____⋯ッ」
思い出そうとしても、頭痛が走りうまく機能しない。
とりあえず体を起こし、辺りを見渡す。
(ここは⋯⋯洞窟?)
薄暗いどこまでも続くような空洞に、ごつごつとした岩々がそびえ立っている。人が感じ取れるほどの湿気とじめじめとした暑さだけが広がり、雫が滴る音が一定のリズムで鳴り響く。
ぐるっと回ってみるも、特になにもない。
(夢⋯⋯?いや、夢にしては現実味がありすぎるわ。)
視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚は分からないが、今のところ五感は上手く働いている。
それに、意識もはっきりしている。夢のようなぼんやりとしてる感じは全くない。
(だとしたらなぜ⋯⋯)
考えようとすると、ズキッとあの痛みが走る。
やはり、何かが突っかかって思い出せない。
(とにかく、辺りに人がいないか探さないと⋯⋯)
ひとりじゃどうすることもできない。誰か周りに人がいないか探さなければ⋯⋯
「キュー」
「えっ、?」
今の高い鳴き声はなに⋯⋯?
「キュー。キュー。」
「だ、誰かいるの⋯⋯?」
体が急に強ばって、上手く発声できない。
後から追いついてくるように、不安と恐怖が脳を支配する。
(も、もしかして⋯⋯魔物!?)
昔、誰かから聞いたことがある。
町はずれの洞窟には近づいてはいけない。そこには、古くから眠る"魔物"が住みついている。見つかってしまえば、生きて帰ることはおろか、跡形もなく姿が消えるだろう。⋯⋯と。
もしかしてこの洞窟は_______
嫌な予感が全身をかけめぐる。
全身の穴という穴から冷や汗がどっと溢れ、震えが止まらない。
「キュ、キュキュー」
段々と近くなる声に自然と後ずさりをしてしまう。
ズッズッと歩いてくる音も聞こえ始め、本格的に死を覚悟する。
「嫌⋯⋯、やめて。私を襲わないで⋯⋯っ。」
がたがたと震える身体を抱き寄せ、向こうから近づいてくるソレに身構える。
もうだめだ⋯⋯と覚悟したその時だった。
「なあんだ。久しぶりにナニカ来た気配があったから何かと思ったけれど。人間が来るのは久しぶりね。」
「え⋯⋯?」
薄暗い暗闇から姿を現したのは魔物でもソレでもなく、意外にも可愛らしい容姿の女の子だった。
「いらっしゃい。ようこそ、我が住処へ。」
淡い藍色のドレスに身を包んだ、シルクのような長い金髪の少女。年齢は私とあまり変わらないように見える。
「キュー!」
「あっ⋯⋯」
先程から鳴いていたのは、魔物の鳴き声ではなく、おそらく彼女の飼い猫だろう。黒い毛並みが特徴の少々小さめの子猫だった。
一気に強ばっていた全身の力が抜ける。気を抜けばその場にへたり込んでしまいそうなぐらい。
「んー、見た限りフェイリュアに住んでる人っぽいわね。でも、なぜここに?フェイリュアからこの洞窟まではかなり遠いはずよ。」
「フェイリュア?」
「ええ。ここから随分と離れた場所にある、貿易が盛んなことで有名な貿易国フェイリュア。あなたの胸元についているバッジはそのフェイリュアの紋章よ。」
フェイリュア⋯⋯、どこかで聞いたことがある。
胸元のバッジ。どれもこれも身に覚えがない。
「ごめんなさい。わたし、どこから来たのかもなんでここにいるのかも全く思い出せないの。」
「記憶喪失ってやつね。まあいいわ。ここで立ち話するのもあれだし、ついてきて。」
背を向けて再び暗闇の中へ入っていく彼女に、迷子にならないようついて歩く。
先程、ここが住処と言っていたし、きっと彼女といれば安全である。
「⋯⋯そういえば、名前聞いてなかったわね。あなた、名前は?」
「アスよ。あなたは?」
「私は____」
「⋯⋯さま。⋯お嬢様!!」
「え⋯⋯?」
再び意識が戻ったときは、良質なベットの上だった。
「お嬢様⋯、意識が⋯っ。奥様!お嬢様が意識を!!」
腕には点滴が繋がれている。どうやらここは病院らしい。
(さっきまでのは、やっぱり夢⋯⋯?)
夢にしては作り込まれすぎている。記憶だってはっきり残っているし、もしかして、どこかの遠い記憶⋯⋯?
「アス⋯⋯!!」
豪華なドレスを身に纏った、なんとも気品そうな女性が涙ぐみながら私の名前を呼ぶ。
ああ、そうだ。思い出した。
私は______
フェイリュア・アスカリーナ。
貿易国フェイリュアの次期王妃だ。
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こんにちは。湯呑です。
今回は、異世界ものを描いてみたくて挑戦してみました。
時間があるときにちょくちょく投稿しますので、ご愛読してもらえると幸いです。
言葉足らずですが、どうぞ宜しくお願い致します。
湯呑