第2話 群衆雪崩に用心
連れてこられたのは、大通りの脇にある人一人通れるかぐらいの細い裏道。だが意外にも人がおり、この男が襲う心配はなさそうだと一安心するリーザ。
しかし問題は、集まっている人が自分のそっくりさんである。よく見れば、カツラを被っていたり、男が扮装しているのでクローンとかの類ではないのだが、自分が複数いるみたいで気味が悪い。
「リーザ多くない?」
「リーザは人気ですから、どこのイベントでもリーザコスする人いるんです。でもお姉さんが一番リーザに似てますよ。ひどいのだと長髪にライフル銃持っているだけのなんちゃってリーザなんてのもいます」
慰めにもならない。
男から持たされたのはM1870ハンドガン、戦時中に開発されたマキシマム社のハンドガン。ガワは本物そっくりに作られているが、かつて自分も握っていたその感触とは全く違うレプリカだ。他のリーザの姿をして撮影している人たちも自分が戦時中に使っていた銃を持っているが、どれもレプリカ。
威嚇目的でなく撮影目的で持っているとはやはりこの国は平和になったものだとしみじみ思いながら、男の指示に従ってポーズを取る。
「では建物の影から銃を構えながら索敵するのを。そう。次背後から。そのままいやーいいです。その眼差し、本物みたい」
男は嬉しそうに指示を出しながらシャッターを切る音を立てる。こいつに飯の一つでも奢らせると思えば安いものかと言うことを聞いていたリーザであるが、どんな技を使えば連続でシャッターを切れるのか。指は動かしてなさそうだが、それにフィルムが切れてしまわないかと不思議に思った。
すると近くを歩いていた金髪に染めた少女が足を止めて、男に近寄った。
「やあやあブルゴ殿、連絡あったから来たんだけど。理想のリーザ様は会えたのですかな」
「ふっふっふ、ニナ殿最高の被写体がいたんですよこれが。そこらのニワカとは違う出立ちに服装のこだわり。自分思わず感激するほどです」
ニナと呼ばれた少女が、リーザの近くに寄ってまじまじと見ると、驚いた表情をした。
「すごい。リーザそのものみたい。お姉さん今までコスどれくらいしてきたの?」
「コス……は、初めてだけど」
「マジ!? 初でこのこだわりとはお姉さん逸材だね。リーザにそっくりだ。ブルゴ殿が自分から野良コスの人を声かけるわけだ」
似ているも何も本人だからと言いたくなるが、まさか自分が百年前の人間だなんて信じられないだろう。
「人生初ですよ。こんなリーザに酷似した人はいないと。えっとお名前は」
「ちょいちょい名前も聞かずに連れてきたのダメっだって。すみません、彼が失礼しちゃって」
ニナは頭を深々と下げて謝罪する。最もリーザも相手の名前を知らずに飯をたかろうとしていたのだから強い言葉を言えない。
さて、困ったのは自分の名前だ。リーザと本名そのまま言うわけにはいかない。リーザはもう過去の人で、まさかそのまま使うのは怪しまれる。
「リゼ。で、あんたたち恋仲?」
「違います。私たちGWG仲間で。コスプレ撮影にこだわっている彼がリーザコスでここまで熱を上げるのが珍しいと寄ってみて」
リーザのド直球な返しにニナは手をぶるぶる振るわせて否定する。やたら仲がいいと思ったが、未来だと男女が仲がいいのは恋仲ではないのだな。
すると裏道の向こう側から『第六十四回GWGの大会をお知らせします』と画面越しの音声が聞こえてきた。
「おいGWGのお知らせだって」
「今日ゲストにあの大物歌手が来るんでしょ。あと大統領も」
「こっちから行ったら早いかも」
アナウンスの声を聞いて大通りを歩いていた人たちがぞろぞろとリーザたちがいた裏道に人が集まってきた。本来人一人か二人入れる程度の道に大通りの人が無理やり押し込む形で通り抜けようとする。
「カメラ、ニナ殿カメラをお願いします!」
「ブルゴ殿」
ニナがブルゴのカメラを受け取ると、一気に人の流れが速くなり三人は押し流される形で押し出されていく。無秩序に奥へ奥へと圧がかかっていく。リーザは息を少し止めながら身動きが取れる場所を確保しようと上へ目指していく。
ちょうど真上に屋外排水管がある位置まで到達すると、リーザは腰の革紐を外す。リーザが携帯している革紐はしなりやすく、すぐ包まる性質を持つ特殊なもの、止血や緊急時に上へ逃れるために使われる。
それを振り上げて排水管に捕まろう。大丈夫なのか。
百年ぶりに使う革紐だ。もしも劣化とかで途中で切れてしまったらと確認のために手に持っていた革紐をきつく引き伸ばす。亀裂もポロポロと粉のようなものも吹いてない。後は己の腕。それも一発勝負というわけである。
「一回限りの修羅場は潜りなれている」
腕を振ると、革紐が鞭のようにしなりパンッと排水管に絡みついた。リーザは腕の力だけで革紐によじ登りビルのベランダにしがみつくと、さっきの二人を探し出した。
まずブルゴは壁際に流されていてすぐに救出できる位置にいる。問題はニナのほうだ。列の中心に位置しており、左右から人が押され続けている。ブルゴから渡されたカメラを上にあげて、どいてほしいとアピールしているがニナの背丈では後ろの人に確認できないだろう。狭い裏道に人が密集すれば人の圧で骨折、最悪群衆雪崩を起こして窒息する可能性だってある。女性の場合は特に筋力が劣るためそのリスクは高い。ブルゴはまだ体格が良いためしばらく持つだろう。
革紐をベランダの欄干に括り付けて、ずるずると群衆の頭上の一歩手前まで降りると、人に当たって勢いを失わせず体重が乗るように、体を縮こませて紐の端で体を前に後ろにと揺らす。
前に揺れてニナのところまで近づいた時、グンッグンッと革紐が体重で引っ張られる感触を感じる。長くは持たない早く手を取らないと。
「い、息。助け」
ニナの呼吸が荒い、肺がつぶれかかっている。こうなれば強硬手段と、革紐から手を放し群衆の肩の上に飛び乗る。急に人が降ってきたからか踏み台になった人は体勢を崩しかけた。だが群衆が密集していたため倒れることはなかった。
「死にたくなかったら掴みなさい」
ニナの手を握って、引き上げる。空間のある所にやっと戻れたニナはゼーハーと大きく肺に空気を吸い込んだ。そして振り子の要領で革紐がリーザのところへ戻ると、ニナの胴をつかみ上げてベランダへ戻っていく。
『警告・警告。群衆雪崩の危険があります。迂回してください。通路にいる人たちは押さずにゆっくりと少人数で通ってください』
白黒の『警察』と書かれたドローンが道の上空に降りてくると、それぞれが群衆を減らそうと誘導を始めだした。やっと誘導してくれたおかげで、壁際に挟まっていたブルゴに空間的余裕が生まれてその場でへたり込んだ。
ニナを抱えてブルゴのところへ降りていく。
「ブルゴ殿生きてる。私の声に反応できる」
「ああ、大丈夫です。ちょっと頭がクラクラするぐらいです」
「頭に酸素が行ってないどこかで休ませた方がいいわね」
「うぁわ! お姉さん、けがしている!」
さっき戻ってきたときに腕を少し切ったらしく、リーザの浅黒い肌に赤い液体が垂れていた。量も傷も大したものでないのに大げさな反応をするニナに、どこまでも平和なんだなと逆に感慨深く感じて「平気だ」と言いかけたが、寸でのところで飲み込んだ。
「あー、ちょっと血が止まらないかな」
「マジ!? 私何すればいい。言ってくれたらなんでもする」
「そうだな。血が足りないから補給するのに肉が必要だね。あと血は水でできているから飲み物も。それも血が沸き立つ好物のコーラがあれば最高なんだけどな」
「…………ご飯食べたいんですよね」
「理解が早くて助かる子は好きだよ」