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第1話 目覚めた世界は夢にまで見た平和な世界だった。

『リーザ・ブリュンヒルド(総歴1851年~没年不詳)は旧モンテ共和国の傭兵、スナイパー。別名伝説の女傭兵として知られている。


『概要』

 十四歳のころから傭兵として十年にもおよぶモンテ・グラドニア戦争に従事し、あちこちの戦場を駆け巡った。長髪の黒髪からあだ名は『漆黒の女豹』。

 またスナイパーとしても長けており、判明できるだけで高級士官三人。指揮官十人の狙撃に成功。グラン戦役、アリドウの戦い、バルトゥの戦いなど主要な戦場に参戦。1876年頃、クルエスの戦い負傷したとの情報を最後にリーザの目撃情報が途絶える。

 消息不明となった後も各国は彼女の捜索。懸賞金をかけたが未だ目撃情報はない。彼女は生きて戦場を離脱した説。リーザはアンドロイドであるなど、現在でも生存説がある。

 彼女のファンは根強く、祝日や祭りの日にはリーザを模したコスプレイヤーがいるほどである』


「これがあたしの経歴か。あたしのファンがいるなんて世も末ね。まあ百年も未来となると末なのは当たり前か」


 図書館の片隅にあった分厚い『世界著名軍人・指揮官大典』を広げて、頬杖をつく煤けた漆黒の長い髪をなでる若い女がいた。彼女は()()()()()()()()()()()。百年前の大戦に参加していた人物その人である。


 リーザはクルエスの戦いで胸元付近を銃撃で重傷を負い、地下の野戦病院に運び込まれた。一命は取り留めたものの、医薬品の不足により完全回復に至るまでの手術が不可能と判断され、医者の判断により冷凍睡眠(コールドスリープ)による長期の自然治癒に頼った治療で眠っていた。


 しかし誰も目覚めさせる人間がいなかった。


 みんな彼女のことを忘れてしまったのか、冷凍睡眠で眠らされたまま百年の時が過ぎ去ってしまった。冷凍睡眠の最中は意識がなく不安や孤独に苛まれることがなかったのが不幸中の幸いであった。

 どれくらいの年月が経ったかわからないままある日、偶然機械の動作が止まり、冷凍睡眠からリーザは目覚めた。地下から這い上がり、外の世界に出てみるとそこには彼女の祖国であるモンテ共和国はなく、敵対していたグラドニア王国など複数の国と統合したワーマンド連邦共和国という大陸統一国として君臨する平和な世界となっていた。


 生まれ育った自分の国の独立を勝ち取るために戦ったのが、わずか百年後には統合されてなくなるとは思いもしなかった。

 だが絶望というものは感じなかった。往来を行き交う人々の顔には抑圧された感じはなく、自由にボリュームたっぷりの食事を楽しみ、好きな服を当たり前に着る平和な今を謳歌する姿が慰めになった。

 そして敵にその名を畏怖された自分の名前がこうして本に書かれるほどの過去の人間になっていると、もう戦争は遠い過去のものになったのだと実感した。いや、実際には自分は生きているのだ。登録上は。


 さて、百年ぶりに目覚めたのはいいが。どうやって日銭を稼ぐか。この国にも一応軍隊はあるのは確認済みだが、戦時中でもない身元不明の二十五にもなる女を雇うことはないだろう。

 とにかく情報が欲しい。

 こういう時、タバコは情報交換をする道具だ。

 リーザは図書館の壁際にいた白髪混じりの中年の男に目をつけた。あの年齢の男なら女の方から話しかければいい気になってタバコの一本もらえるだろう。それに美貌は女だけが持つ最強の武器だ。


「ねえ、タバコもらえる」

「ここは禁煙だよ」

「吸うのは外でいいから、一本だけ」

「一本もやれんよ。タバコ一本吸うのも貴重なんだから」


 中年の男はリーザを振り払い、逃げてしまった。

 戦時中なら男も女も子供もタバコの一本は持っていて、情報や物々交換に使えたのに。平和な世界ではタバコもいらないのが、世知辛かった。

 全館禁煙の張り紙を忌々しく睨みながら、外に出るとベンチに座り込んで赤く燃える夕焼けの空を見上げた。


「夢にまで見た平和な世界ね。煤と灰に覆われたろくでもない昔とは大違い」


 彼女が知ってる赤い空といえば、焼夷弾と閃光弾が舞い散り、肺の中が火薬でむせかえる世界。それが深呼吸しても肺が傷まないのが、どこか違和感があった。

 きっと生まれた時から自分は戦争屋なんだ。

 生まれた時から戦争がない日々を過ごしてきたリーザにとって空から雨の代わりの焼夷弾も降らない平和な世界は望んでいた世界だが、生きる方法がわからない。


 急に腹の中がくすぶりだした。中心より上の胃袋のあたり。腹が減った。

 空腹を経験してきたことなど慣れていた。しかし近くにある屋台から流れてくる小麦粉と砂糖が混ざった甘く焼けた香りが胃袋をきゅうきゅう締め付ける。戦場では生唾と指の皮を噛んでごまかして戦えていたが、食べ物の匂いがこんなに漂うのは戦場でもなかったこと。つくづく平和な世界では生きにくい体だ。


「すみません。リーザのコスですよね、一枚撮っていいですか」


 突然上から声が降ってきた。顔を上げると、重厚そうな黒のカメラを持った猫背気味の男が口角の端をふるふる震わせて下手くそな笑みを作って立っていた。


「コス?」

「お姉さんそのコス、リーザが最後に目撃したと言われるクルエスの戦いの前の戦闘服ですよね。当時のリーザの写真がなくてだいたい他の戦闘に加わっていた女性戦闘服を模倣する人が多いのに、リーザスタイルである腰に革紐を再現してるこだわり。あっ、よければ戦闘イメージの写真を撮りたいのでお願いできますか」


 自分の質問に答えず一方的に話しかけるこの男。細身で肉体的に貧弱そうであるが自分を連れ込む誘いなのか。ここで誘いを断って状況が改善されるわけでもないとあえてリーザはリスクを踏む。


「じゃあご飯奢ってよね」

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