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妖峰戦記‐宝永の乱‐【第一部】  作者: ナマオ
第三章 伽羅倶利峠の戦い
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第31話:鉛弾 vs 肉弾

 兼定が現れると、朝廷軍の戦意は目に見えてくじけていった。

 数の上ではまだ朝廷軍が上回っているが、狭い山道では両端から戦力を削られるだけで、その優位を活かすことも出来ない。全滅は時間の問題だ。

 軍の全権を委ねられた高遠は、ワナワナと拳を震わせる。そこへ士官の一人が馬を寄せてきた。

「頼卿様。こうなっては、峠道はもう駄目です。あの抜け道を使う他ありません」

「抜け道……? そんなものあったか?」

 来る時は見かけなかったのだが――半信半疑でその部下に案内させると、確かに抜け道があった。

 道の入口は草が伸び放題になっていて、幅は人が横に十人並べるかどうかといったところ。暗闇の中ではうっかり見落としてしまうような小道だった。

 どこへ通じているかは分からない。しかし高遠はこの道に賭けてみることにした。

 この朝廷軍の動きにいち早く気付いたのは兼定だった。信濃騎兵は甲斐奇兵ほど暗闇に強くないから、隊列の維持には気を使っている。そうすると戦線が生まれ、朝廷軍の後退がはっきりと分かるのである。

「まさか……奇兵が破られたのでしょうか?」

「それは考えにくい。恐らく、敵はあの谷へ向かったのだろう」

 朝廷軍を待ち受けている運命を思い、兼定は感慨深そうに山の向こうを眺め遣った。

 高遠が選んだ小道は峠道を逸れて、山の中腹を回り込むように続いている。進行方向より右側は急斜面となっており、道を踏み外せば転げ落ちてしまいそうだった。

 道を進むにつれて、高遠は胸によからぬ予感が押し寄せるのを感じた。平安の時代にこの山で行われた大戦を彼は知っている。敵に追い詰められた平家がどんな最期を迎えたかも知っている。一本の木碑が建つ行き止まりに突き当たった時には、高遠の顔面は汗でぐっしょりとなっていた。

奈落谷ならくたに……!」

 高遠が木碑に刻まれた文字を読み上げると、一同は蒼ざめた。

 この場所こそが、何万もの平家軍が転落死したという伽羅倶利合戦終焉の地なのである。

 右手に見えていた急斜面は今や断崖となっており、遥か下方ではザバザバと川の流れる音が聞こえてくる。昼間まで続いた雨で流れが激しくなっているようだ。

「の……呪いだ! オレたちは平家の亡霊に呪われたんだ!」

「嫌だぁ! おら、こんなとこで死にたくねぇだ!」

 兵たちが口々にわめく。

 皇国歩兵のほとんどは今回が初陣。それがいきなり死地に追いやられれば正気を保てるはずもない。

 そんな中、同じく初陣でありながら、総大将の海八は正気を保っている。

 否、彼の場合は狂気を保っていると言った方が正しいかもしれない。いつもと変わらぬ優しい笑顔で高遠に語りかけた。

「皮肉だねぇ……五百年前の平家と同じ死に場所を得るなんて」

 それは戦を放棄したような、総大将としてはいささか問題のある台詞。だが高遠は彼を敬っているからか、諦めがついたのか、それに同調する。

「海八様。ここまでのようですな」

「あらヤダ。あなた本当に死ぬ気? 冗談で言ったつもりなのに」

 弱気になった高遠の背中を叩こうと、海八は手を振り上げた。だが次の瞬間、高遠は思いがけない行動に出た。

 海八の手をはたき飛ばすと、彼に向って体当たりしたのである。

「え?」不意を突かれた海八はバランスを崩し、谷底へ真っ逆さまに転落していった。「あらぁぁ~~~!」

 これには兵たちも驚き、黙したまま高遠を凝視する。

 士官の一人が高遠の凶行を問いただした。

「高遠様……なんということを!」

「これは見せしめだ」

「見せしめ……?」

 高遠は兵たちを見回して声を荒らげた。

「この皇国陸軍の指揮権は全て私に委ねられている。軍紀を乱す者はたとえ高官でも許さん!」それから高遠は、士官たちに命じた。「無用に弱音を吐く者がいれば斬って捨てよ。敵に降る者は撃ち殺せ。最後の一兵になるまで戦い抜くのだ!」

 死地に立たされたことで、高遠の闘志に火がついてしまったらしい。普段見せないような上官の剣幕に、士官たちは鞭打たれた。ここで従わなければ他の士官に斬られるか、下手をすれば無駄に使命感の強い部下に刺されるかもしれない。

 こうして朝廷軍は死兵と化したのである。

 峠道の敵を撃ち破った信濃騎兵は、小道に足を踏み入れて驚いた。草のように脆かった朝廷軍が血相を変えて襲いかかって来たのである。

 この程度ならばどうということはないが、信濃騎兵が力の差を見せつけてこれを撃破すると、その先では道幅いっぱいに密集した射撃陣が待っていた。

「無駄な足掻きだ。ちょっと押してやれば、端の奴が落っこちそうじゃないか」

 先頭の騎馬武者は一笑して敵陣の中に駆け込んでいった。その後に五騎が続く。

 暗い峠道ではほとんど弾が当たらなかった分、油断があったのだろう。彼らがその無謀に気付いたのは、無数の銃弾を浴びた後の事だった。

 朝廷軍の密集射撃は突撃に加わった騎兵すべてを撃ち抜いた。四人が蜂の巣になり、二人が馬もろとも谷へ転落する。極端に狭くて高低差のない地形が、射撃の精度を引き上げたのである。勇敢な者が第二派、第三派と続いたが、結果は似たり寄ったり。運良く致命傷を免れた者も、この壁――人の馬坊柵を崩すには至らなかった。

 この報告がもたらされると、兼定は己の不注意を悔いた。

 敵を追い詰めた時にあえて逃げ道を作っておくのは兵法の鉄則である。これを破れば、敵は生き延びるために死に物狂いで反撃に出て、逆に勢い付かせる結果となってしまう。

「なんということだ。ここまで追い込んでおきながら……」

 地の利も得ている朝廷軍とこのまま戦えば、幕府軍もかなりの消耗を強いられる。

 どうしようかと考えていると、いつの間にか現れた男が、飄々とした顔で隣に馬を並べてきた。奇兵の主将――柘榴である。

「お困りですか? もしお望みならば、我が奇兵があれを撃ち破ってみせますが」

「なにか策があるのか?」

「策もなにも……奇兵ならばあの程度、力押しで撃ち破れますよ。まあ、見ていてください」

 柘榴が合図を送ると、奇兵の中から五十人程が陣頭に進み出た。

 なにかに特化した部隊なのだろうか。しかし見た目だけでは、他の奇兵との違いが見出せない。強いて言えば、目つきが他に比べてさらに獰猛なことくらいか――


 敵の騎馬突撃をことごとく撃退したことで、朝廷軍には余裕が生まれていた。

「フハハ……天下最強と謳われた信濃騎兵も、大したことはないな」

「おい、気を抜くな! 次が来たみたいだぞ」

 話し声はそこで途絶え、最前列の兵は耳をそばだてた。暗闇の中で敵の接近を察知するには、音が一番頼りになるのだ。

 しかし、聞こえてきたのは蹄の音ではなかった。

「幕府軍め、馬が惜しくなったか。この射撃陣に歩兵を当たらせるとはな」

「もしや……甲斐の奇兵ではあるまいか?」

「問題ない。近づく前に撃ち殺せば恐るるに足りん」

 士官同士でそんな会話が交わされる間に、足音ははっきりと聞こえるようになってきた。

 そろそろ敵が射程に入る頃だ。

「今だ! 撃てぇ!」

 号令に従い、鉄砲が一斉に火を噴いた。

 道幅十人のところを、胡坐あぐら、片膝立ち、直立の三段に分けたり無理やり詰め込んだりして、三十人が同時に撃てるようにしてある。見た目は滑稽極まりないが、火力は相当なもの。前方からは苦悶のうめきが上がった。

「手を休めるな! 次弾用意!」

 発砲が済むと前列と後列で鉄砲が交換され、すぐさま二回目の斉射が行われた。今度も手応えがあり、断末魔のうめきが――

「グオオォォォォォォォ……!」

「ひぃっ!」

 一段目の一人が、恐怖の余り鉄砲を取り落とした。

 今のうめき声は、かなり近い所から発せられたものだった。この射撃陣は騎兵ですら寄せ付けなかったはずなのに、あり得ない。

 周囲の者も異変に気付いた。気付けば足音もすぐそこまで来ている。

 松明持ちが恐る恐る前を照らし出した時、それは現れた。

 目に映ったのは、人の形をした血みどろの蜂の巣――

「ぎゃああぁぁぁ……!」叫び声を上げた松明持ちは、次の瞬間には首を飛ばされていた。

 体中に銃弾を浴びた奇兵が、そのまま射撃陣に斬り込んできたのである。

 さすがに不死身とまではいかなかったようで、彼らのうちで致命傷を受けた者は、満足のいくまで、死の間際まで敵をほふっては、力尽きていく。

 そこへ幕府軍の新手が投入され、密集して身動きの取れない射撃陣はあっという間に崩れ去ってしまった。

 影狼はこの時すでに、奇兵本隊に戻っていた。來と別れ、伊織と二人で行動していた。

 前線の凄惨なありさまは、ここからは見てとれない。だが奇兵が生身のまま突撃して行ったこと、その後に激しい銃撃の音が聞こえたことから、だいたいの状況は把握できる。

「あの人たち……そのまま突っ込んでいったの?」

「大丈夫だ。あいつらは侵蝕が限界を迎えた人たちだ。人為侵蝕を加えて生命力を高めてある。簡単には死なないし、命が惜しい人もいるわけない」

「でも、あれだけの銃弾浴びたら……」

「無事じゃ済まないだろうな。でも……これでいいんだ」再び攻勢に転じた幕府軍を、伊織はまじまじと見つめる。「あの突撃で、朝廷軍の最後の抵抗が潰えた。あの人たちの死が勝利に結びついたんだ。武人としてこれほど名誉な事はない」

 冷淡に聞こえるかもしれないが、何日も共に過ごしてきた影狼には違うと分かる。伊織は本気でそう思っている。彼には肉弾突撃していった仲間たちを憐れむ心は無く、むしろ自らもそんな最期を望んでいるようにすら見える。

「さてと、もう護衛の必要もなくなったわけだから、オレは行くぞ」

「あ、伊織!」

 駆け出した伊織の背に、影狼が叫んだ。

 戦況次第では前線に行って良いという約束はあったが、それでも伊織が奈落谷へ向かう奔流の中に消えてしまうと、影狼は沈痛な気持ちになった。


 断崖と絶壁と敵に囲まれ、一度は起死回生の反撃に出た朝廷軍だったが、その気力は奇兵の特攻によって一気に枯れ果ててしまったようだ。投降することも逃げることも戦うこともできない。その現実に絶望して、自ら崖に身を投げる者も出始めている。

 高遠は馬と派手な軍服が仇となって、複数の奇兵に狙われていた。

 斬っても斬っても死なない人をなんとか斬り殺すと、今度は岩壁に張り付いていた男が飛びかかって来る。やっとの思いで男を引き剥がして奥へ逃げようとしたところで、疾風のように横を駆け抜けた何者かによって、高遠は馬から突き落とされた。

 突き落とされて高遠が睨みつけたのは、右手に紫色の長刀をひっさげた青年――伊織である。

「次から次へと……うっとうしいんだよ! バケモノめが!」

「バケモノか……光栄だな」

 伊織はまんざらでもなさそうだった。日常でバケモノと言われれば侮辱になるが、戦場ではそれが誉め言葉になるのだ。

「お前も邪血を見下す人間のようだが、この戦で思い知っただろう。オレたちを見くびると痛い目に遭うってことをな。戦場ではオレたち奇兵が一番だ」

「くっ、言わせておけば……あっ!?」

 ムキになった高遠は刀を構え直そうとして、違和感を覚えた。

 いつの間にか、右腕のひじから先が無くなっていたのだ。痛みはなかったというのに、まさか突き落とされた時に斬られていたのだろうか――

「大将首、もらうぞ」

「あ……ああ……!」

 すくみ上がって声も出なくなった高遠は、痛みを感じないままに首を落とされた。

 一方的な殺戮は高遠が討ち取られた後も続けられた。一つには幕府軍が海八の生死を把握していなかったこと、二つには奇兵が血に酔って歯止めが利かなくなったことが、この無駄な流血へとつながったのである。

 奇兵の戦いぶりを見て、兼定は不審そうな表情を浮かべた。

「柘榴よ。一つ聞いておくが、彼らは奇兵に入る前から邪血だったのか?」

 その問いには、疑うような響きがあった。やや間を置いて柘榴が答える。

「はい。妖派が引き取った邪血のうち、人為侵蝕で力を得た者が奇兵となっております」目を細めて視線を合わせる。「急にどうされました? もしや、兼定殿もとうとう妖の力が欲しくなったのですか?」

「いや、それは無い。ただ不思議に思っただけだ」冗談をバッサリと払いのけて、兼定は続ける。「邪血にさらに侵蝕を加えたらあっという間に限界を迎えて、兵としては長持ちしないはずだ。だが私の見る限り、奇兵の面子はそれほど変わっていない」

「………」

「まさかとは思うが、邪気に侵されていない者にまで手を出しているのではないだろうな?」

「まさか」柘榴はわざとらしく笑った。「自ら望んで邪血になる殊勝な者はおりますが、それ以外には手を出していませんよ。私も最初は驚きました。三年前に奇兵を作った当時の兵が、まだ生き残っていますからね。しかし考えてみれば、それほど不思議なことではありません。まず、人為侵蝕は少ない侵蝕度で妖の能力を得られますから、全体としてはさほど影響が出ないのです。それに……」

 言葉を切ると、悲鳴に混じって野蛮な叫び声が耳を打った。

「奇兵の者は、鴉天狗や幕府の預かる侵蝕人に比べて不自由が無く、心に余裕があります。心に余裕があれば、邪気に侵されにくいというわけでございます」

「ふむ……」

 兼定はなおも釈然としない様子だったが、それ以上の詮索はしなかった。狂ったように刃を振るう奇兵にうそ寒いものを感じ、この場を離れたくなったのである。

 東の地平線が赤みを帯びる頃になって、戦はようやく終わりを迎えた。

 朝廷軍の戦死者はこの日だけでも一万を超え、生き残った者も大半が捕虜となった。


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