ある種のタイムスリップ
それに気づいたのは中学生の頃だった。どうやら他人には見えないものらしいと気づいた時にはもう、俺は変人扱いされていた。
幼少期からずっと、俺の近くには『笑う男』がいた。
男とは言っても体はコートで覆われており、サングラスにボーラーハットと呼ばれている帽子を被っていたりと、辛うじて男と分かる容姿だった。
だが、その男がいつも笑っていることだけは、お子ちゃまの俺でも理解できた。
だが、俺はその男に危害を加えられた事はない。三十路になった今でもそうだ。その男はいつも遠くから眺めてくるだけだった。笑いながら、こちらを見つめる。
これまた迷惑なのが、その男が危害を加えないところなのだ。
両親に言っても信じてもらえず、先生に言っても信じてもらえなかった。いつも家や教室にいるのに。
小さかった時の俺は、どれだけ願った事だろう。なんでもいいから怪奇現象を起こしてくれと。だか、男は笑っているだけ。
俺はますます、嘘つきのレッテルを貼られていった。
そして、中学時代に俺は、親友に相談を持ちかけた。するとこんな返事が返ってきた。
「その男ってやつに接触してみれば? 俺もどうなるか気になるし」
俺は親友の言葉を信じ、男に接触した。
意外な事に、男は動かなかったのだ。まるでプログラムされたコンピュータのように、こちら向き笑うだけ。いつもいつもこうだった。
そして、俺は『笑う男』に触れた。
すると不思議な事に、『笑う男』は消えたのだ。俺はその事実を親友に伝えに行こうとした。
だが、俺の記憶はそこの部分だけが抜け落ちていた。
……その時のことを俺はよく覚えていない。後から聞いた話によると、原因不明の体調不良により俺はその場で倒れたらしいのだ。医者も、よく分かっていないようだった。だが俺だけは、理由が分かった気がした。その場に『笑う男』が居ないのだ。いつも俺を見つめていた男、だが今回はいない。見渡しても、どこにもいないのだ。
俺は胸騒ぎがした。どれほど鬱陶しいやつでも、『笑う男』は俺の日常の一部だったのだ。
その後の入院生活は不幸なことが続いた。俺の体調が優れなかったのだ。その間も、『笑う男』は現れなかった。
そして、入院期間が終わった。意外と短いものだった。だが、退院しても『笑う男』は見えなかった。
結局、中学卒業まで『笑う男』は俺の前に現れなかった。そして、高校生活が始まり、俺はまた『笑う男』と出会った。
だが、俺はあまり気にしない事にした。『笑う男』は笑うだけで、何も危害を加えてこないからだ。
そして、俺の高校生活は終わった。高校は充実したものになった。勉学に励み、部活に精を出し、彼女とのデートにも性を出した。
そんな時でも『笑う男』はこちらを向いて笑っていた。流石にデート中に笑われていたのには憤慨していた。
そんな事があった。
そして、現在に至る。
「まったく、俺は死ぬまでお前に笑われ続けるんだろうな」
俺は『笑う男』に話しかけてみた。だが、男は笑っているだけ。
俺はその男の事を鼻で笑った。
俺の人生は勝ち組だ。大手企業に就職する事ができたし、美人の女とも結婚できた。とどのつまり、俺は幸せな人生を送っているのだ。
だが、一つだけ不満な事がある。お前だ、そう『笑う男』だ。
「お前さえいなければ……誰しもが羨む人生だったんだけどな」
こんな時でも、男は笑っていた。
「笑う……か」
昔、両親からこんな話を聞いた。いつも笑っている神様がいるらしい。確か名前は……福の神。
俺は『笑う男』を見つめた。
「まさかな……」
またも、『笑う男』は笑っていた……筈だった。だが、今回は違ったのだ。
「え……?」
俺は初めて見た。『笑う男』の笑わない顔を。
「……時効です」
「は?」
俺は戸惑った。いや驚いたのだ。
初めて聞く男の声。その声がまるで……俺の声に似ていたのだ。
『笑う男』は言う。
「次は、貴方の番です」
そんな時でも、俺は笑っていた。
そして俺はサングラスを着け、帽子を被り、俺自身を嘲笑う。
幸運を……導くために。
結局、不幸不幸と嘆いてないで、自分で幸運を見つける必要があるンゴね〜。
だけどこの主人公みたいなのはオススメしないンゴ。