Part13 第2軍
エイラを残して俺たちは町を南下する。会議前に見た兵士の姿はもう無かった。
代わりに一般の大人や家族連れが多くいた。
時刻はもうすぐ4時になるかと言ったところ。
「不思議に思うか?」
「あぁ…俺が知っている平日はこんなに人が多くないからな。」
「魔国は食料や資材のほとんどが自給自足で補っているのだ。供給量は国が管理しているため無駄がない。よってサービス業以外の仕事は15時が定時だ。サービス業は代わりに開店時間が遅い。ウル殿を昼前に呼んだのも司令部の従業員が9時出勤なためだ。ホントなら緊急で開きたかったが全王の掲げた法律は守らなければならん。」
「それって、持続するのか?」
俺は前の世界と比べて質問した。
「この国の国民は階級で分かれているのだ。国民は常に上昇志向を持てるよう分配料を調整し、差も開きすぎぬようにしている。」
「主君は深く考えずにいればいいよ。心配せずともこの国は回る。人と違って魔族とはそういうものなんだ。何せ、争いを好まない人が大半だよ。」
「魔族はみな等しく繋がっている。全王はそう宣言したのだ。人類に虐げられてきた我々は魔族同士でかたまり、小国をいくつも作り密かに暮らしていた。日陰で暮らす魔族を結束させアンドロマリウス王はこの魔国を153年前に誕生させた。魔人族共同連合王国、略して魔国と呼ばれている。」
「そうか…。」
153年前と言われても全くピンと来ない。
ほかの国家と比べてみないと長いのか短いのか理解出来ないからだ。今度、バエルに帝国や人類連の話も聞いておこう。彼ら(魔族)に聞くのも野暮ったいからな。
「2人とも、お腹は空いてないかい、いいお店を知っているんだ。一緒にどうかな?」
こないだのように魔族じゃないってバレる可能性があるためここは
「いや、遠慮しておくよ。そこま」
「いやいい、主君いいんだ。」
「オブリージュ、ありがとう。それはどんな料理の出るお店なんだい?」
「あぁ、そうだな。私は見ての通り死霊系の魔族だ。食べられる料理も限られてくる。だが、私の行きつけだとしても今から行くところは幅広いラインナップがあって…。」
「オブリージュ、何を遠回しに話している。具体的に何があるのか教えてくれないか?」
「バエル殿、申し訳ない。ネタバレをすると面白くないと思ってな。安心してくれゲテモノ料理は出てこない。魔国は寒いから、体の温まる食事を手配させる。」
うーむ。あくまでも名前は伏せるつもりか。
期待させておいて、結局とかの流れが来たらバエルは激怒するだろーなぁ。
その後、ノブレス・オブリージュと10分ほど街を歩いた先に1軒のこじんまりした飲食店がそこにあった。
パッと見は民家を改造した素朴な感じで、上流階級御用達の店では無いようだ。
「イレイナ!上客だ!」
入ってそうそう、彼が声を張る。
「はーい!少し待ってくれる?どこでもいいから座ってて。」
透き通るような綺麗な声が奥の厨房から聞こえた。
「よしっ!運が良かったな。まだ残っていたようだ。」
「もう少し遅ければ終わっていたと言うのか!?」
「オブリージュ、残り物を食べさせるつもりは…?」
「バ、バエル殿。大丈夫だ、今のは冗談だよ。」
(ウル殿。彼女は食にうるさいほうなのかい?)
ノブレス・オブリージュが俺に耳打ちしてきたので俺は大きくうなづいた。
バエルは厨房に1番近いカウンター席へ飛び乗り、挨拶をする。
「どうも、私はバエル。貴方はなんという名だ?」
「あら、ご機嫌ね。私はイレイナ・ワルツ、第2軍補給部隊の給養員をやっているわ。」
「ほう?給養員。では本日提供してくれるのは野戦食かな?」
「いいえ、私は簡単な即席飯を作るつもりは無いわ。国内にいても国外でも、どんな地帯でも同じ味を提供するのがモットーなの。」
彼女は大きな鍋をぐつぐつと煮込んでいる。中身は見えないが良い塩梅でスパイスの効いた匂いがしており、バエルと俺はお腹ななる。
「あらあら、いつから食べてないの〜?軽食でもきちんと食べておくべきよ。今日は会議だったのでしょ、オブリージュから聞いているわ。」
「私は時間どうりに食べる主義ではない。食べたい時に食べたいだけ食すのがモットーなのさ。」
「私の真似かしら?面白いわね。はい、できましたぁ。」
彼女はこちらへ振り返り、カウンター席に2つの皿を乗せる。そこの深いスープ用の皿だ。
俺はその中身を見た時、身震いした。決して怖いという意味ではない。とても嬉しかったのだ。
バエルはイレイナに感謝の会釈をした後、木製スプーンで1口目を豪快に食べた。
その後、突然にスプーンを皿に戻す。
「どう?もしかして口に合わなかった?」
「いいえ、違います。これを食べきってしまうと私は死んでしまうからです。」
俺は本当なのか!?と思いバエルを見た。
「主君も早く味わうといい。これは神が作った食事に違いない。私はこれまでの人生でこれほど美味しい食べ物を頂いたことがない。」
バエルはイレイナにもう一度礼をする。それも深深と。
俺は食事に向き直り食す。
見た目は普通のビーフシチュー。
しかし、舌に乗った時熱いより先にスパイスの芳醇な味わいが広がる。スープでこれなら具材と一緒に頂くとどうなることやら。
バエルはもう骨抜きにされたようだった。
「イレイナぁ…。うみゃいよこれは最高だよぉ。」
彼女はにんまりと笑っている。ふにゃふにゃだ。
「イレイナの料理は美味いだろう。彼女はうちの秘蔵っ子でな、私の部隊員しかこの味を知らない。」
オブリージュの話を流しつつ、二口目を頂く。
具材はじゃがいもに人参といった根菜からしめじ、玉ねぎ、角切りの牛肉、それ以外にもあるようだがこれは魔族領でしか採れない食材だ。
根菜はホロホロで少し噛めば崩れる。逆にお肉は絶妙に良い噛み具合。
具材はバランスのとれた配分で申し分ない。
2人はあっという間に平らげてしまった。
「なくなった……。」
「なくなったな。」
「惜しいことをした。こいつは二階級特進だ。」
「異論はない。」
俺たちは固まってしまう。空の食器を凝視したまま。
「まだ、ありますからね〜。」
イレイナは鍋敷きをカウンターの内側に置き、大きな鍋をのせた。
「オカワリは?」
「いる〜!」
バエルが食器を差し出す。
「それじゃあ、満タンに入れますね〜」
お玉で何回も次ぎ、ギリギリを攻める。
「イレイナさん、まだイケマスヨ。」
「はいはい、承知しましたっとと…あぶな〜い。」
イレイナとバエルは顔を見合わせ、ニヤリと笑う。
なんだこいつら。
おれとオブリージュは同じことを思った。
食器を受け取ったバエルはあっちーっと言いながら自分の元へ置く。
そして、狂ったかのように食した。
最終的に俺はオカワリ2回
バエルは15回、最後は鍋を傾けて次いでいたくらいだ。
「よし、腹も膨れたところで本題に入るとしよう。私が今日、ここに君たちを呼んだのは我が第2軍へ勧誘するためである。私が思うに君たちは魔国以外で受け入れ先があるとは思えないのだ。」
俺はそれを聞いて違和感を感じた。第5軍のエイラの元へ配属されるかと思っていたからだ。
「第5軍ではないのかい?その方が修繕もできて楽だと思うのだが。」
「バエル殿、貴方たちは第5軍と戦ってどう思われた。強いと感じたか?いいえ、そう感じてはいないでしょう。」
「確かにそうだな。逆行は回数制限と範囲が限定されている。長期戦向きではないな。ゴーレム同士で戦うなら強いと思う。」
しかしだ、第5軍の隊員は理性がなく命令を聞いていない風に見えた。彼らも魔族なら種族ごとに得意とする戦法があっただろう。レーザー兵器で焼いたとき攻撃を彼らは避けなかった。
それと、気になるデータがある。
こちらへ転移した時の戦闘データだ。未知のエネルギー波によって戦闘不能に陥っている。
国喰の滅龍砲以外でArbiterに通用する武器が存在するなら大きな驚異になるのでは…。
「なら話は早い。うちの部隊に…」
「少し、まってくれ。」
「といいますと?」
「第2軍が俺の機体をサポートできるなら入ってもいい。なんせあれ程巨大な兵器だ、常に位置がバレているだろ?」
「あぁ、それなら問題いらない。バレていても問題ない隊へ入れるつもりだからな。」
見つかる前提で話は決まってるのかよ…。
ノブレス・オブリージュはどうやってでもArbiterが欲しいと考えているようだ。
そうでもない限り自分の秘蔵っ子を紹介したりしないだろう。バエルが食に目がないとわかっていたかもしれない。
「オブリージュよ。主君を別働隊として使うなど、考えていなかったのか?」
ここでバエルが提案に入る。バレていいようにするなら囮として別に動かせばいいのだ。わざわざ部下を危険にさらす必要ない。
「別働隊か。新規の部隊を編成していいが誰が指揮を執る。君たちに任せようなどと、私は考えていない。」
確かに、我々は部外者だ。魔国の仇を撃ったがそれは俺に敵意を持っていて帝国が嗾けない限り関係の無い話だったのだ。
「私は指揮権が欲しいのだがなぁ?」
バエルはキッパリと言い切った。
「そうか。なら魔国軍に入り新兵から始めたらどうだ?」
「そこで指揮官の素質があると君に教えたら良いんだね。」
彼女は両手を合わせくるりと回る。
はぁ、流石バエル。ポジティブだな。新兵から指揮権、それも師団級を動かす人間になるにはそれ相応の武勲と人望が無ければダメだろう。
バエルはその工程を吹っ飛ばして、将軍直々に推薦をもらおうとしているのだ。
「私を納得させるのは相当難しいぞ。それでもやるか?」
後ろで食器を片付けているイレイナがこちらを心配そうに見つめている。
「証明して見せよう。私が君より強く最強だということを。」
バエルはニコッと笑い八重歯を見せた。
「主君、Arbiterを呼びたまえ。彼は主君のゴーレムが自軍に欲しいのだ。なら今から、ゴーレムを賭けて勝負をしよう。彼の軍勢などに私の主を預けたりなど考えられるか!」
「ほぅ?帝国との実戦まで待てないというのか…。若者は殺気が多くて困るな。しかし、このノブレス・オブリージュ。挑戦を断るような野暮はせん。受けて立とう!」
「ウ…ウルさん。ほんとにごめんなさいね。うちの将軍は勝負事になると…」
イレイナがチョコチョコとやってきて謝りに来た。
俺はバエルも似たような者だと言い同じく謝った。
「主君!謝る必要など無い。彼は我々を支配下に置き自軍を強化したい。ただの野心家にすぎない。しかし、主君はこの序列一位…最高にして最強の悪魔バエルを従えし者。格が違うと教えてあげようではないか!さぁ、命令を!」
「はぁ…おふたりとも好きにやってくれ…」
「主君の言質はとった!では、我が艦隊の初お披露目だ!ノブレス・オブリージュ!しかと見届けるがいい!」
「バエル殿、申し訳ないが郊外まで行ってからにしてくれ…」
バエルはそうか!?とはっとした表情をしたあと指を鳴らし、4人を転送させる。
「ここで、良いかな?」
それを見たイレイナとノブレスがポカーンと口を開けた。
アガレス邸に来た時と同じようにノブレスの思考を読み、魔国郊外の平野まで移動させたのだ。
彼らがどれだけ多くの能力を持った魔族を見てきたか不明だがバエルの力は想像を遥かに超えるものなのだと理解しただろう。
そして、彼らの上空には全長2000m、幅1000m程度の巨大戦艦が浮かんでいる。
その数、20隻。
マザーシップ級戦艦「ガルガンティア」
俺の記憶では史上最大の宇宙探査船の護衛艦だった。
艦の先端にはふたつの穴が空いてありそこから超電磁パルスを発射し敵艦を無力化する。
兵装は
レーザー砲×400
ミサイルポッド×100
機銃×100
レールキャノン×2
高周波シールド発生装置×2
俺はノブレス達が固まっているうちにArbiterへ搭乗した。
「起動シーケンス省略!この場から全力で退避する。過負荷無視でブースター展開!」
【おかえりなさい…ウル少佐。ブースター展開…脚部スラスター…姿勢制御補助で3秒点火。】
Arbiterは数m上昇し背部ブースターで緊急行動を開始する。
コックピットのモニターには20隻の敵機が表示されている。
あれが砲撃を始めたらこちらにも攻撃する可能性がある。
「あらあら、主君は狙わないよ。ま、いない方が存分に火力を出せる。ノブレス君、どうだいこれでも勝負する気かな?」
「よかろう…。あの程度の距離なら必中だ。」
ノブレス・オブリージュは所持している大剣を構え、溜めの動作をする。
「行くぞ、滅・桜花一閃!!」
薄く伸びた巨剣から放たれた斬撃は空高く飛んで行った。
そしてガルガンティアの先端に直撃し、そこから小さな煙が上がる。
「へー、ざっと5000mだよ。よく届いたねー。」
「バエル殿に向けても良かったのだが?」
「その時は転送で逃げるよ。で、次はこちらの番だね。」
バエルは転送でノブレス・オブリージュの前から一瞬でいなくなり、それと同時に上空の戦艦から無数の光が輝いた。
ノブレスはそれが攻撃の合図だと勘づく。
「イレイナ!私の後ろへ!」
ノブレスは咄嗟に剣技、「千撃」を発動させ光を屈折させるほどの空気の流れを生み出した。
彼の周囲は一気に焦土と化し、草木は黒く炭化した。
20隻のガルガンティアは絶え間なくレーザー砲を照射している。
ノブレス・オブリージュは自分に光でできた巨大な壁が押し当てられているのかと思った。
千撃が生み出す気流でまだ目を開けられるレベルだが、自分がアンデッドだからというのもある。肉眼を持った生物がこれを直視すると失明するだろう。
「おやおや、大変だね。もって後1時間ってところかな?」
千撃の空間内へバエルが転送してくる。
「バエルさん、もうやめて!ノブレス将軍が間違っていたの指揮権でもなんでもあげるから!」
イレイナが目をつぶりながらバエルへ懇願する。
「イレイナ!まだだ、この程度でぇぇぇぇえ!」
ノブレスの剣速は劣ることなく、より鋭く加速していく。
バエルが戦艦の攻撃をやめるまで防ぎ切る事はできるだろうがこの場から動けないようだとバエルの勝ちになる。
今、横槍を入れられればイレイナ諸共、焼き殺されるからだ。
「ははは、私もびっくりだよ。ここまで威力があるとは思わなかった。あのゴーレムもそうだけどさすがにオーバースペックだったね。」
「笑ってないで止めなさいよ!私たちを殺す気!?」
イレイナがバエルに這いより腕を引っ張った。
その手を逆に握り返し、バエルはイレイナにこのまま帝国を喰っちゃおうかと言ったのだった。
そして、指を鳴らし戦艦の攻撃を停止させる。
「複製…
マザーシップ級戦艦ガルガンティア+100。
加えて…
タイタン級巡洋艦ヘリックス+500
タイタン級駆逐艦カリー+1000…開始。」
上空で生成される総勢1600隻の艦隊。
イレイナはぼやけた目でそれを見る。空は快晴なのに地面は影で薄暗い。艦隊の隙間から漏れる太陽光が光芒のように見える。
戦艦たちの航行灯と衝突防止灯が怪しく点滅していた。
「バエル殿。この数をどうするつもりで?」
「決まってるだろう?主君に迫る脅威を排除しに行くんだ。魔国なんて頼らず、早くこうしてればよかった。」
「魔国が関与せず、帝国が滅びるなら願ってもないことだな。そしてバエル殿、そのあと魔国に帰られる予定はあるかな?」
「今のとこ、考えてないね。自衛できる戦力があるならどこかを頼る必要もなし……おっと…反動が。」
6本の脚から構成された2脚は人型形状を崩し虫のように形態を変えた。膝までのスカートのからは蜘の腹が見える。
「すまないね…許容量を超過したようだ。少し待てば元に戻せるからジロジロと見ないでくれ…これは嫌いなんだ。」
ノブレスが視線を変え、再度空を見る。
素晴らしい…。と彼は呟いた。
その数分後、ガルガンティアの艦載機によって捕獲されたArbiterがバエルの元に到着し、彼女の合図によって転送されて消えた。
「行ってしまわれましたね。魔王代理には何とお伝えするつもりで?」
「そうだな…帝国は終わった、とでも言うかな。しかし、あの強さ警戒せねばなるまい。私が防戦一方とは第1軍のハーミッドも負けるかもしれんな。」
「新たな驚異になる、将軍はそうお考えなのですね。」
「できれば、戦いたくないよ。そうだイレイナ、彼女に振る舞うための最高のフルコースを用意しておくとしようか。」
「はい、了解しました。それしか方法がなさそうですね。」
イレイナは安堵したようにそういった。
ノブレスもフルフェイスにより表情が分からないが多分、笑っている。
空には轟音をならして反転し、帝国領に向けて順次発進していく艦隊がまるで大きな雨雲たちの様に流れていく。
郊外の平原は焼け野原になっているが…。
魔国に戻ったノブレスたちは、エイラによって散々怒られた。
そして単身、追いかけようとしたエイラをアガレスが止めるなどと1悶着起きた。この苦労話をウルたちが聞くのは数日後だろうか。アガレスは頬杖ついて考えるのであった。