Part12-2 魔族会合
魔国 魔都ザギア
ペルネシア中央通り 午前11時
俺とバエルはエイラに連れられ魔国軍司令部へ向かっている。
街の建物は木造建築が多く、コンクリートやレンガ作りの家は富裕層が住んでいるように見えた。中央通りには帝都と同じように屋台が並びお祭りのよう。街は活気に溢れ子供が走り回っている傍ら死んだ魚の目をした兵士たちがお酒を嗜んでいた。エイラが将軍なのに敬礼もせずひたすらに飲む。よくよく見ると大人たちは皆、どこか遠い目をしていた。
「去年は第4軍が消滅。今年は第3軍、第5軍の壊滅。両方とも待機していた駐屯兵しか残ってない……。第6軍は南方遠征から帰ってこないし、死亡・行方不明者合わせて100万人以上。なのに皆、無理して笑ってる。前王の政策でね、魔族は忌み嫌われる存在だけど笑顔を無くしてはいけない。前向きに進めるよう、些細なことでも構わないから目の前の幸せを大切にしていきましょうっていつも話していたわ。最後はいつか、きっといつか報われる日がくると、おっしゃっていたの。」
お酒を飲んでいた兵をよくみると肩に第5軍と刺繍されたワッペンを貼っている。新しく配属された兵士か残った駐屯兵かもしれないな。今回のことでエイラへの信頼を無くなったのだろう。これも俺が招いた結果か。こうやってなんの危害も与えられず市街を歩けていることからアガレスが国民に真実を伝えておらず、虚偽の報告をしているためだと考えつく、自分が情けないやつだとつくづく思う。
バエルが心配そうな顔でこちらを見た。
彼女の魂と俺の魂が混ざっているなら、今考えていたことは全て筒抜けみたいだ。
俺はエイラになんの返答もすることが出来ない。ここで謝っても逆効果にしかならないと分かっているから。
昼前のガヤガヤとした街を3人が無言で歩く。
司令部までの道が死体に溢れた戦場に見えてくる。訓練上がりの新兵だった時を思い出す。夜は毎晩うなされ、精神崩壊した仲間も何人もいた。朝、点呼のため整列していた時、今と同じように目に映る情景全てが戦場に見える。殺すことを正当化するため戦うことを楽しいものと思い込んだりした。だけど、慣れは恐ろしく1ヶ月もしたらどうでもよくなった。
今頃、ぶり返す理由は何となくわかる。戦争から長く離れていたせいだろう。
正常な精神に戻ってきていると、捉えることもできる。逆に言えばストレスから鬱などの病気になりやすい。
俺の上官が引退後、タバコに依存していた理由に納得がいく。少しでも楽になれるというのなら害だろうが何だろうが手を出してしまいそうだ。
天を仰ぐと大きな雲がそこにあって俺を嘲笑っているかに見えた。
ごめんなバエル。俺のネガティブ思考に付き合わせて…。
彼女の方を見たが顔色ひとつ変えずに前を見ていた。
「ついたわ。ここが魔国軍司令部よ。」
2階建ての貧相な建物がそこにあった。フィルディナンド邸の何倍も見劣りするくらい質素だ。ここにアガレスがいるとにわかに信じがたい。
平気な顔でエイラが入っていき、バエルも驚くことなく中に入る。
玄関にはカウンターがあって受付係の魔族が2名待機している。
「受付しなくていい。こっちへ…」
受付横の階段を上がり2階の踊り場から対象となる方向へ大きな両扉がある。
エイラは3回ノックし、1呼吸置いたあと扉を開く。
室内にはコの字に並んだ6人がけの机があり、既に3名の将が座っていた。
「どうぞ。」
アガレスが空席を指し座れと目で訴えてきた。
奥の司令官席、たぶん魔王の席だ。そこにアガレス。そこから見て前方右手側に第2軍の将が座り、そのとなりにエイラ、前方に第4軍、そして第4軍のとなりエイラの前方へ俺が座る。バエルは俺の後ろに立っていた。
「バエル殿、出来れば空いている所へどうぞ。」
「アガレス、問題ないよ、ここがいい。」
バエルの返事を気にせずアガレスが始めた。
「お集まりありがとうございます。では、始めましょう。彼が帝国の離反者である事は皆様知っているかと…今回の帝国からの打診。私は無視しようと考えています。」
「発言いたします。」
「どうぞ。」
手を挙げたのは第2軍の将。外見は座高で1.5mくらいに見える、肩幅の広い大柄でいかにも肉弾戦向き。厚さ30ミリ程度の鎧を前身に着装していて、会議室の角に立て掛けられた3m超えの大剣は彼のものだと瞬時にわかる。白と黒、鎧の縁は金色。フルフェイスの隙間から青く光る眼光が2つ見える。
彼が右手をあげた時、エイラに肩の鎧が当たりかけ彼女の目が細まる。
「第2軍を任されているノブレス・オブリージュだ。よろしくたのむ。話を戻すぞ、彼を魔国側で引き取ることは賛同する。帝国は今、国喰という切り札を失った。科学力は世界一だが軍隊自体は国土が小さいためそれほど多くない。帝国だけで攻めて来ないと考えている。なら相手はどう動くか、交渉がダメだとすると特殊部隊でも送ってくるだろう。目的は奪還か暗殺。」
ノブレス・オブリージュは手で首を切る動作をする。
その3秒後、ノブレスの首が落ちた。
鎧の中身はなくて、代わりに蒼い炎で作られた鎌が入っている。
死霊系の魔族だったのか…。外見だけが判断要素ではないと彼に気付かされる。人であれば容姿などで8割がたの印象が決まるが魔族には要注意して見た方が良さそうだ。
「オブリージュ。あなたは彼の警護役をやりたいと提案しているのですか。」
「そういうことですね。アガレス殿。」
おいおい、どういうことだ?さっきの説明にそんな内容含まれてないだろ…。
「け、警護なら私たちで十分でしょ!?」
「エイラ殿、アガレス殿は基本司令部にいます。バエル殿は魔国民ではない。そして何よりもあなたでは守りきれないでしょう。」
オブリージュの発言をエイラは返すことができずおずおずと席に座る。
俺はエイラが不憫だと思う。彼女にはサポートが付いて初めて戦力になる。
副将のレイヴンがいれば評価は高いはずだ。だけどレイヴンはArbiterのエンジンに組み込まれている。国喰戦で一応、限定的だったがレイヴンとの分離に成功していた。
そのとき、Arbiterの出力が落ちた感じはない。
この機体の動力に関して理解しきれていない点が多い。
だが、将来的にはレイヴンを元に戻したいと考えている。
「今後の事を考えて、ウル殿の身柄はオブリージュの元へ移動させよう。」
アガレスの発言に全員がうなづいた。
「では次の内容へ移る。」
議題はいくつかあった。
・人類連との戦争を今後どう対応するかの作戦を決めること。
・魔国との交易を行う行商の連絡がつかなくなり物資が減っている状況への対応。
・国内の警備隊を強化し国民の早期沈静化
2点目については人類連から発令された魔国との交易禁止令が原因だそうだ。人類連は内部から魔国を崩壊させようともしている。
3点目は2点目ありきの内容だ。国を運営する能力が無くなれば国民が暴発する可能性があるから。
昼前に始まった会議は長々と続き午後15時頃に終わった。
「みんな、長くなってすまなかった。」
「いえいえ、まだ足りないくらいですよ。」
ノブレス・オブリージュの言うとうりだ。俺が知っている政治と言うものは3つの議題で済まないくらいだった。
「長くなればなるほど集中力は枯渇していく。これくらいが丁度いいのだ。あとは我が考える、オブリージュはウル殿の警備をどうしていくか編成をお願いしたい。」
「了解しました。」
俺たちが司令部を出た時、第4軍の将に呼び止められた。
「貴様、父を殺したな?」
その言葉を聞いて初めは理解できなかったが彼女の腕章、4の数字を見て思い出す。
第4軍は壊滅した。帝国に囚われていたグリー。
新生の4軍の将。
まさかと思うがあいつに娘がいたとは…。
グリーと違い、背丈は小さくレイヴンよりも小柄だ。目は2つありオークの種族ではないと見える。
父とここまで似つかない娘がいるか?
いや、似てなくて幸いか…。俺の機体を超える大きさだったもんな。
しかし、なぜ殺したとわかったんだ。
「殺したかどうかと聞いている。答えろ!」
彼女が威圧してくる。
俺は気圧され言葉が出ない。
真実を話して良いだろうか。この子がやつの娘かどうか確証もない。
「私に主君が君の父上を殺したという事実を納得させることができるかな?さぁ、どっちなんだい?」
「貴様はバエルと言ったか?魔国民でも入国が許可された名誉魔族でもないくせに、堂々と司令室に入り会議に参加した。不届き者が!」
「質問を質問で返すんじゃあない。」
「それはそっちも同じだ。」
両者が睨み合う。
「ちょっ、ちょっと!何してるの!?会って早々喧嘩とかやめてよね。」
エイラが二人の間へ割って入る。
「えーっと、第4軍のセレン・エンフィールドさんでしょう?あなたの親が亡くなったのは気の毒だけどグリーは勝手に帝国に攻め入って捕まった。自業自得なのよ。ウルを責める理由はないわ。」
「父は、そんなこと断じてない。父には大義があったのだ。全王アンドロマリウスとの誓い、ジャイアントオーガの尊厳を取り戻すという事だ。父は誇り高きオーガの頂点にして最後の生き残りでもある。私には分かる、貴様の中に父の残り火があることに。」
「残り火?それはなんだ。」
「名誉魔族なのにそんなことも知らないのか?残り火とは種の中で最後の1人になった者を滅亡させた時、滅亡させた者に刻まれる魂の刻印だ。その種が存在していたという理由付けのためにな。」
「君が娘なら、残り火は付かないはずだろ?」
「私は本当の娘では無い。さっきも話した通りオーガ種は滅んだ。つがいなどいない。私は捨て子だ。父は戦災孤児だったらしい。」
「残り火が付くとどうなる?」
「聞く話によると残り火の数によって呪いの度合いが変わる。1個なら何も心配はいらないそうだ。だが、父子の契を交わした私には見える。内でメラメラと燃ゆる、父の火が!」
そう言って彼女は武器を抜いた。
刀身がそった長手の武器。
「これはよく斬れるぞ?なんせ父が直々に打った刀だからな!」
彼女は武器を振り、一瞬で俺の喉に軽い切り傷をつけた。
太刀筋が全く見えない瞬速の抜刀。
「貴様の血をじっくりと飲んでいる。見ろ刀が光っているだろ?」
俺の血が付着した刀身は紅に染まり、喉を鳴らすかのように唸りをあげた。
刀から目が離せない。
「ウル!大丈夫!?」
エイラが慌ててガーゼを使って止血する。
「抑えてて、軽い切り傷だけどこの武器で斬られると直ぐには治らない!あなたっ、いくら子供だからって手加減しないわ。死ぬ覚悟はいいかしら?」
エイラは毛を逆立て、爪をたてる。
少女も居合の構えをとった。
「はぁー、見てられん。私の目が潰れるほどだよ。魔国の将軍が揃いも揃って殺し合いか?馬鹿らしい。」
途端、地面が揺れる。
声の方を見ると、司令室にあった3mくらいの大剣が地面に叩きつけられていた。
ノブレス・オブリージュは再度、地面を揺らす。
その反動で地表がめくれ上がった。
俺、エイラ、セレンの3人は大きくのけぞって尻もちをつく。
「目が覚めたか?」
「セレンの父が死んだのは悲しい事実であり、ウル殿が殺したのは確実だ。どうせ帝国がテストだのと銘打って処理したのだ。まして、彼奴は雑魚だったからな。」
「雑魚だと?貴様、父を愚弄したな!」
セレンはノブレス・オブリージュに飛びかかる。
「飛燕、断裂!!」
セレンの一刀は大剣に弾かれ、彼女自身も大きく吹き飛ばされる。
「その程度の速さ、アガレスより劣る…。精進するんだな。父とおなじ鉄を踏まぬように…。」
「うるさい黙れ!」
宙で一回転し、着地。
再度、居合の構えをとって距離を詰めた。
「何度言わせればいい。アガレスより劣ると……千撃。」
千の斬撃が壁となってセレンを襲う。
彼女はその一撃ち一撃ちを丁寧に弾く。
「こんなていどでぇぇえ!!」
「まだ、立つか。もう一撃だな…滅・桜花一閃。」
大剣がより長く伸びる。それは撃ち抜く攻撃から切断する形へと変貌した。薄く伸びた巨剣から鋭い攻撃が炸裂する。
「私の居合は!貴様なんかn…っ!!ギャッ!?」
セレンは声にならない叫びを上げその場に倒れ伏せた。
「やっと静かになったか。さぁ、ウル殿、我が屋敷に案内しよう。」
ノブレス・オブリージュは先導し街へと軽い足取りで歩を進める。
「わ、私はここに残るわ。彼女をこのままにしていけないから。」
「はぁ、エイラ殿は後身に弱い。時に厳しく指導すべきなのだよ。ま、好きにするがいい。」
ノブレス・オブリージュは見向きもせず返事した。
「さぁ、主君。茶番は終わりだ。美味しいものでも食べに行こう!」
バエルはいつもどうりか…。
「エイラ、すまない。後で合流しよう。」
「ウル、くれぐれも気おつけてね。何されるか分かったもんじゃない!」
彼女の忠告に対し、同意の頷きをして後に続いた。
魔国は思っていたより危ない国かもしれない…。