Part10-2 恐怖超越
帝都郊外
am.9:20
機体の限界まで速度を上げ平原を疾走する。
足音は数キロ先まで聞こえており、辺りの魔物や動物たちは危険を察知し逃げ出す。巣穴に隠れたうさぎが足音とは別の歩調で走る何かを察知する。その音に気づいた頃には、巣穴を通り過ぎていた。うさぎはそれが過ぎ去ったのに未だに聞こえる足音に違和感を覚える。うさぎは巣穴から顔を出すと雲よりも背の高い何かを目にした。逃げず隠れていた生き物全てが散る。
その巨影はあまりに巨大で禍々しく、この世の終わりかと錯覚するほどだ。
しかし逃げ出す者とは別に、ただ見上げ立ちつくす者がいた。
その者は通り過ぎる巨大兵器に声をかける。
「魔王軍第5部隊、将軍エイラ・ハーゲンティ殿はご健存か?」
その声はこの騒音の中でもきちんと聞こえるくらい大きい。
平原の緑に映えるくらい綺麗な淡いピンクの長髪をなびかせた彼女は白に赤と金の刺繍の入った軍服を着ており仁王立ちしている。
俺は一瞬罠かと疑ったがエイラが肩を軽く叩き、止まれと合図する。エイラが会話を試みたいようなので、外部スピーカーで外に音声が伝えれるよう調整する。
「アガレス・フェルディナントか、何用だ?」
エイラがかしこまった口調で言う
「出来れば手短にお願いしたい。」
「こちらも同意見だ。そして貴方を救いに参ったのだ。我が第3部隊は後方で待機させている。国喰が相手なのだ。仕方あるまい。しかし、要注意人物と同行とは驚いたぞ!」
「こちらも色々あったのよ……。アガレス!基、第3部隊の救援に感謝する!」
俺は魔族たちの情報収集と作戦展開の迅速な対応に驚いた。
先の大戦で苦渋を強いられたのが教訓となったのだろう。こちらとしてはありがたい話である。
「未知の兵器を駆るものよ!奴の特性は贄となった者が殺したいと願った対象を滅殺するまで行動をやめない。今回は貴公が選ばれたのだ。貴公は今や、災いを呼ぶ者。魔国側は即刻、エイラ殿の引渡しを貴公に要求する。」
エイラの引渡し?なら俺だけあれと戦うのか?ここで逃げても奴は永遠に追ってくる。勝機はあるのか?いや、勝つビジョンが全く見えてこない。レーザー照射砲も半壊している。1発撃てるかどうかってとこ。
「アガレス、それは同意し難い内容だ。この者の能力は魔国にとって有益なものであり、今後、重要な戦力となる。帝国に最後の切り札まで使用させたのだ!私が保証する。」
エイラが後部座席で腕を組んで言った
「そうか、エイラ殿が申すのなら、貴公は余程の強者だと。百聞は一見にしかずとも言う。その腕、試させてもらおう。」
そうしてアガレスは天空に腕を掲げ、指を鳴らした。
パチンッ
その音に呼応して平原の先、林の中から白と青色をした四角の塊が飛んできた。それは彼女の後ろで分裂し、一体の人型形状に変わる。それは花嫁衣装に似た丈の長いドレスのような装甲を纏っていた。左右同形状の直剣が両腰に付き、肩の部分には大太刀を背負っている。
「アガレス、堅苦しいのは無しにしましょうか。」
エイラが低い声で言う
「なんでそれ持ってきた?」
「何を申すかエイラ殿、難攻不落の帝都城砦を単騎で破壊した強者。試す価値、ありましょうぞ。」
アガレスはやけに納得した表情で頷く。
エイラは気づく、弁明しなくとも彼女は元から試すつもりでいたのだと。
彼女はそのまま人型兵器に近づく、すると機体の各部が開き彼女1人分の隙間ができる。その隙間に入ることで機体のコアが駆動し、彼女の頭を覆い隠すようにバイザーが降りる。
「さぁ、ウル殿。決戦と行きましょう。」
アガレスは2本の直剣を抜き、片方を迫り来る巨影に向ける。
「ウル。彼女が乗ってるアレはね。通称決戦戦闘装甲外鎧名前はアガレスが勝手に付けたわ。」
エイラがやけに神妙な顔で言う。
「あの機体は今は亡き魔王、アンドロマリウスが人魔大戦で用い帝国の最終兵器、国喰を自身の命と共に討ち取った。魔王軍の最高戦力……」
「そして、それを目の前の彼女が使ってる。どういう意味かもうわかったでしょ?」
魔国現最強が彼女ってことか……!
驚きのあまり声が出ない。
俺の様子を見たエイラが頷きつつ続ける
「アガレスは貴方を試すと言った。そしてあの機体にはもう1つ特徴があってね。決戦戦闘装甲外鎧、その保持者は機体に好きな権限を持たせることが出来る。」
エイラがより深刻な顔で言う
「今の権限は…自身の戦闘能力未満の存在をこの世から抹消する。」
「ウル、あなたは今、対象者に………」
魔国は難攻不落の帝都を破壊したウルを帝国最終兵器、国喰と同程度の驚異と判断し、魔国最強戦力と比べ、それ未満なら排除、以上なら戦力増強の一手にしようと模索したのだとエイラは思う。
「私はあなたに恩返しもまだできてない…ここでお別れなんて嫌。」
「私も協力するから……お願い」
国喰と戦うより条件が厳しい
俺は目の前の巨影に突撃をかましているアガレスを見る。
「エイラ、できる範囲でいい、無理はするな。」
「レイヴン!行けるな?」
【承知致しました。】
「武器系統全使用!この際、出し惜しみはしない!」
俺は考える。
なんて条件、突きつけられてんだよ。全然ついてない。この世界にやってきて、ろくな事がない!捕虜にされて、この手で上官を殺して、挙句に災害級の相手と戦闘、自分の存在さえ危うい。
これが命を投げ打ってまで殿を務めた報い…
割に合わない。
俺は操縦根を強く握る。
【パイロット、あまり気負わないでください。まだ手立ては残ってます。】
「レイヴンの言うとうりよ!ここにはアンデッド部隊の将が居る。大丈夫、傷は癒えてきたわ。いつでもいける。」
「ありがとう……その時は頼むぞ。」
Arbiterを迫る巨影に向け、ブースターを展開させる。
「レイヴン、銃火器の照準を任せる。小型レーザー兵器は常時使用。隙を見てバルドルを撃つ。」
Arbiterが国喰に近づいていく。
今一度、相手にしてみると恐怖で引き返したくなる。しかし、やるしかないのだ。この脅威を乗り越えた先に待つ未来を信じて。