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2.ぬの

「なぜ制服を破らねばならないのですか! この学園の制服は、他国からも羨ましがられているのですよ!」

「へっ?」


 ぽかん、という擬音が場内に響き渡った気がするのは、気のせいだろうか。

 そのくらいには、パーティ会場である講堂の中は静寂に包まれていた。楽隊ですら音楽を奏でることなく、マキナを見つめている。

 もちろん、サード王子やその取り巻きたち、テスもその中の一員である。


「父上や母上がお召しになっていた以前の制服も気品と歴史に満ちた良いものでございましたが、今の制服になってからますます評判は上がっているのです。わたくしは、あの制服に袖を通したときの感動を今でも忘れていませんわ!」


 視線の中心でマキナは頬をわずかに紅潮させ、まるで演劇の主役のようにとうとうと言葉を紡いでいく。

 制服。学園や軍隊などの組織において、組織の所属者が着用することを規定された服装のことである。

 王族・貴族と平民に分けられた身分制度が存在するキングダミア王国ではあるが、少なくとも王立学園で学んでいる間だけはその身分に厳しく縛られることなく、平等に学問に触れることができる。そう、学園を設立した過去の王は宣言した。

 その象徴として、生徒には制服の着用が義務付けられたのだ。王族の者も平民も、この学園に在籍している間は同じ生徒であるというその印として。


「わたくしどもは既に卒業した身でありますから、もう身につけることはないのですけれど……でも、あの制服を纏うために学園を目指された方もおられるのではなくて?」


 ただ、十数年ほど前からデザインが古臭い、という評判が立っていた。設立当時から同じデザインの制服を延々と使用していれば、そういった意見が増えてくるのは当然のことだろう。もっとも、その制服で学園生活を過ごしていた大人たちからは今のままで良い、という意見もあったのだが。

 そこで現王陛下が、数年前にデザインコンペを行った。元の制服も含めて匿名で提出されたいくつものデザインの中から選ばれたのは、新進気鋭のデザイナー、フロウア・シャナンが作り上げたものだった。

 古典的なデザインの中に色使いやアクセントなどで斬新さを現す彼のデザインは、若い者から老人たちにまで良い評価を受けている。学園長を務める現王陛下も、その結果にはとてもとても満足しておられたと広報官は伝えたものだ。


「この学園には王族や貴族だけでなく平民の方々、さらには他国からの留学生も在籍されます。故に髪の色も肌の色も様々で、それぞれに似合う色というのは異なりますわ」


 くるり、と身を翻すマキナの髪は栗色。サード王子とテスは共に金髪だが、テスのほうが赤みがかった色になる。

 会場内にいる卒業生や来賓、楽隊たちを見渡しても白に近い銀から漆黒、赤や緑がかった色まで、まるで花畑のように色とりどりの髪が見受けられる。肌の色もほとんど日に当たらないような白い肌から、南方からの留学生と思しき浅黒い肌までさまざまだ。


「制服の変更がなりましたのも、様々な色の人々が生徒としてこの学園に通うことになったから、というのが大きな理由の一つですわね」


 夢見心地の表情で、マキナは言葉を続ける。やはり、周囲の者が口を開くことはない。いや、あっけにとられて開きっぱなしの者は数名存在するようだが。

 そうして、マキナの熱弁はなおも続いた。というかおそらく、ここからが本番らしい。


「まずはどのような髪色、肌色にも合うシンプルなクリーム色に染色され、滑らかかつ丈夫に織られた生地ですわね! ジャケットやスカート、スラックスに使われている布はアンルーテ綿ですわ。皆様ご存知かと思われますが、アンルーテ綿は魔力を馴染ませることができます。しかも制服用の布はその身を守護する魔力壁を紡ぎあげることのできる、特殊な織り方で作られた布なのですよ!」


 アンルーテ地方は、この国の中でも木綿の一大生産地として知られる。土壌の特性からか、その地で収穫された綿糸には人間の魔力が馴染みやすいという。

 そのため、アンルーテ綿と呼ばれるその綿糸は軍隊や王族の正装などに利用される。今マキナが言葉にしたとおり、特殊な織り方をされた布は自らに馴染んだ魔力を使って守備用の壁を生み出すことができるからだ。

 学園の生徒たちはその大半が王族や貴族の子女であり、特待生として通う平民もその高い能力を買われ卒業後は国の要職につくことも多い。商人の子であれば、ゆくゆくは小さな領地の収入に匹敵するほどの資金を動かすことになるだろう。

 そういった者たちが通う故に、万が一の事態を考えて学園には国軍の部隊が常駐している。そのうえで生徒個人を守るために、アンルーテ綿の制服による防御手段が施されているのだ。


「またブラウスやリボン、ネクタイの生地は、セイトンカ村とその周辺にのみ生息する桑の葉で育てた特殊な蚕が作る絹! しっとりと肌を包み、また汗や匂いを吸収して周囲に不快を与えぬと大変評判が高いものですわよね? これも皆様、ご存知のはずですけれど!」


 一度胸の前で組んだ両手を離し、空に掲げる。そのさまはまるで、超常の存在に呼びかけているかのようだ。

 セイトンカ村は山の中腹にある、小さな村である。アンルーテ地方と同じく土壌が影響し、この村周辺に育つ桑の葉で育てた蚕が紡ぐ絹糸はマキナが言葉にしたとおりの効果を持つ。これは洗濯の回数を減らし、学園で働く者たちの負担を減らすことにもつながった。

 フロウア・シャナン率いるシャナン・ファクトリーはセイトンカ村と契約を交わしており、絹を買い上げる代わりに桑や蚕が順調に育つように研究を進めている。無闇な大量生産によって品質の低下を招かないようには、気をつけているとのことだが。


「アンルーテ綿やセイトンカの絹の品質が向上したのは、一つには学園に制服を納入するようになったからとも言われておりますわね。一定の品質を保たねば、キングダミア王立学園の制服にはふさわしくないと契約を打ち切られてしまいますもの……もちろん、そのような愚かなことをしない産地であるからこそ、契約はかわされたわけですが」


 各生産地における産出品の品質が落ちることは、生産地だけでなくシャナン・ファクトリー、そして学園自体の名誉にも関わることとなる。

 契約先が王立学園であることのメリットが、ここで生きてくる。王族・貴族や大商人の子女はせいぜい数が限られており、特待生や留学生については学園側の裁量で受け入れ数を決定することができる。つまり、毎年の納品数はほぼ一定数で安定しているのだ。


「ですが、学園側の裁量と生産者たちの努力により、向上した品質は保たれておりますわ。そして、キングダミア王国以外の国からもその高品質な素材は羨ましがられている、と伺ったことがありますわね」


 そこまで朗々と唱えきって、マキナは満面の笑みを浮かべた。

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