第一章 006 ファズ・ネデラル
ファズ・ネデラルはゴッツァレア邸の貴族につかえる魔操師の家の一番下の子としてこの世に生まれた。生まれながらの勝ち組。周りの人々は皆ファズのことを丁寧に扱っていた。
6歳の時に行われたマドレティア王立魔操学校入学試験。どのような魔法を使うのか期待を寄せられていたが、結果は誰一人予想していないものになったのである。“ランク6”。6つあるうちの一番低いレベルだったのだ。
ファズには魔操の力が他の兄弟とは比較にならないほど弱かった。ランク6の中でも低い方で才能がないのだ。
それがわかってからというもの周りの者のファズに対する態度が急変した。由緒ある家庭だったがゆえに貧乏層の人々から罵声を浴び、暴力を受け、あげくの果てには実の両親や兄からも嫌われるようになっていた。その事実は6歳の少年にはひどく辛いものだった。
しかし、そんなファズにも転機が訪れる。いつものように学校でいじめを受け、帰っている途中のことだった。屋敷の近くまで来たときに、一人の女の子が連れていかれそうになっていたのだ。
助けを呼ぼうにも、そのときは運悪く、家族のものは皆貴族間の食事会だなんだで家にいるのは置いてけぼりにされたファズだけだったのだ。周りの住民は自分に被害が来ることを恐れて誰一人として動こうとしない。
ファズも逃げ出そうと思っていたそのときだった。今襲われている女の子がこっちを向く。その子はファズがつかえるゴッツァレアの貴族の一番下の子だったのだ。
魔操の才能はなかったファズではあったが、主人に対する忠誠心だけは揺るいでなどいなかった。
(あれは確かお嬢様!?どうやって救えばいいのだ。こんなときにお兄様がいれば…)
自分に魔操の力ないことを恨む。だがそんなことばかりをしていてもなんににもならない。
(こうなれば…)
そう思い、道に都合よく置いてあった木の棒を掴み、それを構える。もちろん剣の経験などは一切ない。だがやらなければ連れていかれてしまう。それだけはなんとしてでも回避しなければならない。
『うりゃぁぁぁぁ!』
もうやるしかない。そう思って連れていこうとしている男に棒を振るう。
ブゥゥン!ドカッ
勢いよく振ったファズの木の棒がファズの接近に気づいていなかった男の後頭部に直撃する。その渾身の一撃は空気の流れを生み出し、それが木の棒に集約される。その木の棒から放たれた力は男を地面へと叩きつけ、その地面はあまりにも強い衝撃だったあまり、ヒビまで入っている。
そして不思議なことにお嬢様はあの男と近い距離にいたのにも関わらず、衝撃による傷が一切なかったのだ。
『そんなことより…大丈夫ですか?お嬢様っ!お怪我などはされていないでしょうかっ?』
一番大事なことを思いだし体に異変などがないかを聞くためにもまずは無事を確認するために急いで近寄っていく。
『……』
どうやらまだ理解が追い付いていないようだ。そりゃそうである。ファズ自身も、この惨劇を繰り出したのが自分だということにまだわからないことがあるのだ。
しかも、襲われたと思ったらいつの間にか助けられていて、その救った人物が自分の家につかえる魔操師の家の落ちこぼれだ、というのは非常に信じがたい話で理解が追い付かないのも当然だ。
『お、お嬢様?…あ、あなたも、あの人たちのの仲間なの?』
やっとその場にたたずむファズに気づいた様子である。ただ、ひどい勘違いをしているようだ。多分混乱していて、仲間がまた来てしまったと思っているかもしれない。ファズはこのお嬢様のことを一方的にしっているだけであって、面識はない。そんな見たことない相手にいきなりお嬢様と言われたらさらに混乱が深まったのだろう。
(誤解していらっしゃるのか?…それはまずい!)
ファズとしては救った相手に悪者呼ばわりされてはたまったもんじゃない。ましてや相手はここら辺では有名な家のお嬢様だ。そんなお嬢様を連れ去ろうとしたなどの疑いを着せられてはただでさえ低いファズの人気がこれ以上下がるところがないところまで下がってしまう可能性も十分にある。
そのことを考えたファズは誤解を解くためにお嬢様に再度話しかける。
『お嬢様。私は先程の男の仲間等ではございませぬ。あなた様を救いに参ったのです』
そうすると彼女はうつむき、なにかを考えたのかひとつ間を置いて、
『わかった、わ。あなたはあの人たちの仲間じゃないのね。それはそうと、あなたは誰なの?』
と言い、やっと誤解を解いてくれたのだ。そして彼は何者なのかを尋ねる。
『私はネデラル家の末っ子で役立たずのファズ・ネデラルでございます。昔からゴッツァレア邸につかえております。以後お見知りおきを。クベラお嬢様』
自分のことをそう名乗る。なぜ自虐ネタをいれるのか。それは
『あぁあのお父様とよく一緒に居られるおじさまがおっしゃっていた子のことね』
こちらの方が伝わりやすいからだ。由緒ある家の恥として有名なファズはこう名乗った方がいろんな人に伝わるのである。
『はい。そうでございます。私がお父様…いえ、そのおじさまがおっしゃっていた者です』
苦笑しながらも肯定をする。そんなファズにかけられた言葉は意外なものだった。
『そうなの。私あなたのこと勘違いしていたみたいだわ。みんな役立たず、役立たずって言っていたけれどあなたは全然役立たずなんかじゃないわ』
『っ!?』
罵倒されてしまうかと思っていたファズにかけられた言葉は優しさを放っていた。
『命令よ。あなたは今日から私の騎士よ。私のこと守ってね』
『!?』
思わず涙が溢れてくる。そんな様子のファズを見てクベラは戸惑いを隠せない。
『え?そんなに嫌だった…?』
(どこまでお優しいんだこの方は…)
この時、ファズは誓った。一生クベラを守り続けるということを。
『いいえ、嬉しいのでございます』
『そうなの?じゃあよろしくねファズ。私の騎士さん』
そう言ってクベラは笑う。
これがファズとクベラの出会いだった。
今回は主人公不在です