第一章 001 冗談じゃない
いつからだろう。3歳くらいの時にアニメに出会ってから、いやもしかしたらこの世界に誕生した瞬間からかもしれない。
とにかく俺はアニメ、漫画、ラノベ、ゲームが大好きで世間でいうオタクという存在になっていた。小さい頃、七夕のとき短冊に『いせかいにいきたい』と書いて病院につれていかれてしまったこともあったくらいだ。
そんな俺でもさすがに将来のことは考えていた。
異世界に転生するだなんて空想上での話だ。そりゃ転生してこの目で異世界を堪能することができるならいいと思う。
でも現実はそんなに甘くない。このご時世働かなくて食っていけるのは本当に一握りの人間だ。俺はそんな裕福な家庭ではないし、ニートになっては趣味にお金をつぎ込めない。
だから俺は一応高校にも通っているところである。成績自体はそこそこだし、学校も県内のなかで中の上くらいだから将来の心配はあまりしてない。学校にいってる間アニメを拝むことはできないけどそこは我慢している。
そんな高校生活も2年目に入り、梅雨になっていた。
いつものようにオタク仲間と新作ゲームのはなしやアニメの見所で盛り上がり、それなりに充実した学校生活を送っていた。
そんな日常もずっとは続かなかった。
その日もいつものように学校生活を過ごしていた。
ただ昼飯のときに突然に激しい雨が降りだした。外はだんだん冷えていく。
「学校早く終わるんじゃ?」
「よし!体育ねーな」
それぞれが喜んでいるなか、俺も実は超喜んでいる。オタク仲間と席をくっつけていたので、今日家に帰ったあとゲームを一緒にできないかの打ち合わせを始めた。雨の日は外に出れなくても、家の中でオンラインゲームができる。
「今日家かえったら速攻で○○○○しようぜ」
「だな。今日は親家にいねーしずっとできるわ」
「雨なんてラッキー」
なんやかんやで教室がワイワイガヤガヤ盛り上がってるところに担任が入ってきて開口一番で
「今日はもうこのあとは休校になった。帰る用意をしろ。」
その一言がでただけで教室中が歓喜の声で包まれた。まさに狂喜乱舞とはこんなときのためにあるのかと思うような状況だ。
そのあとみんなが帰っていくなか俺はオタク仲間と打ち合わせを済ましてから教室を出る。その頃にはほとんど人がいなくなっていた。
「じゃあな」
「一時からだぜ?」
「わかってるっつーの」
と短い会話を済ませ、校舎から出る。
「さっむ…」
今日はやけに冷えている。俺は寒いのが苦手だ。だから早く帰りたいという気持ちでいっぱいになった。
校門まで来たときに先生が一人いた。担任だ。
「天川、遅かったな」
「さーせん、話が盛り上がったんで」
「時間もあれだから急ぎながら気を付けて帰るんだぞ」
急ぎながら気を付けるって矛盾じゃねーかなどとは思ったが口には出さない。口に出したら説教コースだ。
「さよならー」
そういって校門から勢いよく飛び出した。横目にあいつが目を見開いているのが見える。
ーーそんなに驚くことか?こんくらいのスピード出すのは俺でも余裕なのになに考えてんだか…
「おいッ!天川ッ!」
先生も導も激しい雨が降っていたから気づかなかった。気づけなかった。横からスリップしたトラックが猛スピードで突進をしてきていることに。
ゴォォン…!
雨の中に激しい衝突音が鳴り響く。
先生が気づいたときには導の体は吹っ飛んでいた。全身から血を流しそれに雨が混ざって独特の風景を作り出している。
「え…?あ……が?」
うまく言葉を口にできない。
自分に何が起こったのかわからない。なぜかあいつがこっちの方に来るのが見える。焦ってるみたいだ。
そっと自分の手を見る。その手は呪われているかのように赤黒い色をしていた。
「ハハッ………」
不意に笑いがこぼれ、徐々に意識が遠退いていく。目の前の世界が深紅に染まっていく。
これまでの記憶がフラッシュバックする。ああこれ走馬灯か。これまでの16年とちょっとの時間は一瞬で終わった。
そして俺は今自分が置かれた状況を理解した。
「ッ……!」
感情が込み上げて涙が出てくる。あのときの思い出が全部消えてしまうみたいだ。
死ぬときはこんなにも辛く、呆気ないことを知った。
ーーこの世界は理不尽だ。
ーーもっと生きたかった。
ーー死ぬべきやつらは他にもいるだろっ。
様々な感情が導の胸の中を駆け巡る。この行き場のない感情たちは徐々に別れ、別々のものへと変化していく。
「あぁ………!」
魂が抜ける感覚がした。その魂はバラバラに引き裂かれる。その時一緒に導の記憶も空に飛んで消えていった。
雨と人の声がけたたましく鳴り響く中場違いなように静かに
『天川 導』は命を落とした。
─────────────────────────────────
「面白そうなやつだ。こいつには別の世界がお似合いだな。フフッ。久々に面白いことになりそうだ」
そういって全身に黒い服をまとった何者かが暗闇の中で一人ほくそ笑む…。
パチンッ
指をならすとさっき粉々になった導の魂が再構成されていくのであった…。
─────────────────────────────────
「じゃあな」
「ッ!?」
「おいおい導大丈夫かよ?忘れたのか?一時からだぞ」
「あぁ、わりぃわりぃ。ボーッとしてたわ」
ーーなんだ?これ?俺は死んだんじゃ…。疲れてて見た夢とかか?縁起わりぃ
気になったものの、幻想として済ませておく。人生何事も切り替えが大事なのだ。その頃には1時過ぎになっていたから急いで外に出て帰る。
「·············んだよォ!」
「危なかったでしょうっ!?」
校門あたりがどうも騒がしい。なにかもめてるみたいだ。
ーー面倒だな。
聞く限りでは片方は全然知らないおっさんの声だ。怒っている。で、もう片方の注意している方は聞きなれた声。うちの担任の声だ。
なにかと思って見てみれば門に馬鹿デカイトラックが突っ込んでいる。
ドクン…ドクン…
「……え?」
導にはあのトラックには見覚えがあった。さっき幻想の中で自分を引き殺したいまいましいトラックにそっくりだったのだ。
とっさに自分の体を見る。そこには湿気で少し湿った制服があるだけだった。
ドクン…ドクン…
ーーそんなこと…あっていいのか?
導は否定する。だが体はその否定に反するように心拍数をあげていく。頭じゃ覚えてなくても体が覚えている。
「やはり君は面白い。消した記憶まで覚えてるとは大したもんだよ全く」
突然頭に声が響き渡る。それと同時に導の意識は遠退いて…
─────────────────────────────────
「ぉい…おい、あんた大丈夫か?」
「あ、はい大丈夫ですけど…なんd!?」
最後まで言葉にならない。
「冗談じゃねーぞ…」
なにせそこには全く見たことのない風景が広がっていたのだ。