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6 需要と供給

「平凡な生活を送る為、かな」

「……!」


一番しっくりくる答えだった。

仲のいい人間と談笑し、好きな飯を食べ、趣味に打ち込む。時には喧嘩し、涙し、喜びを感じる。

誰を殺さなくても、許される世界。

映像や小説の中でしか知らない、輝いた景色。きっと俺は、それに憧れているのだろう。


「それなら、頑張って友達作らなきゃ。平凡な学生っていうのは、友人の一人や二人、いてもおかしくないんだからねっ」


人差し指を突きつけ、夕凪はそう言った。

……平凡な学生っていうのも、大変なんだな。


「『友人を作る』。それが、新しい目標か。一理あるな」 

「そういうことっ」


したり顔でこちらを見据える夕凪。

2018年風に言うと、したり顔じゃなくて……キ、キメ…キメラ顔? だっけか。たぶんあってる。

それはさておき。


「それで、具体的な作戦はあるのか」

「うんっ、考えてきたよっ」


夕凪は鞄から、2年B組の名簿表を取り出した。

わら半紙にプリントされたものだ。

それを机の上に広げると、夕凪は持論を語り始めた。


「これは私見なんだけど……人には相性があると思う」 

「どういうことだ?」

「同じクラスの伊野君って覚えてる?」


伊野……あぁ、あの男か。

伊野 雄介。俺と同じクラスに所属する男子生徒。 

いつも取り巻きと騒いでいて、活発――というよりかは、騒がしいイメージが強い。髪も茶色に染めている辺り、今風の男子高校生という印象だ。

今日の昼休みも、大人し目なクラスメイトに対して執拗にちょっかいを出していたな。あれは見てて気分の良いモノじゃなかった。


「覚えてるが」

「じゃあ、岬君は伊野君と仲良くしたいと思う?」

「思わん」


即答だ。

個人的な印象だが、彼は思慮の浅いところがあるように思える。

戦場では、考えなしに敵陣に突っ込み敵に捕獲され、味方の情報を洗いざらい吐いてしまう厄介なタイプだ。


「そ、即答っていうのも……まぁ、仕方ないよね。私もあんまり好きじゃないし。それが相性ってやつ」

「それで、何が言いたいんだ?」

「闇雲にあたるより、数人にターゲットを絞って友人関係を構築していく方がいいのかな、ってこと」


そんな夕凪の言葉は、一理あるように思えた。下手に大人数に手を出すと、相性の合わない――地雷のような人間と出会う確率も上がる。


「なるほどな。具体的なターゲットは?」

「岬君さ、需要と供給って知ってる? 知らないでしょ? ふふん」

「まぁ、言葉の意味程度なら知ってる」

「……は、博識だねっ」

「一般常識じゃないのか」

「ぐぬっ……」


訓練生時代、座学で習った覚えがある。

それはそうと、何故か夕凪は悔しそうな顔をしていた。


「それで、人間関係と経済用語にどんな関係があるんだ」

「それを友人関係に当てはめるんだよ」

「というと?」

「例えば、さっきの伊野君。彼の周りには、取り巻きの人達が沢山いるよね。ちょっと多すぎるぐらい」

「いつも6、7人のグループだもんな、あそこ」


そう言うと、夕凪は久保とその取り巻きの名前に、赤のマーカーでラインを引いた。


「うん、供給過多になっちゃってるの。久保君が本当に友人だと思ってるのは、1人か2人しかいないと思う」

「そうなのか?」

「私見だけどねっ」


スクールワースト(たぶんあってる)の上位に位置する夕凪が言うことだ。その観察眼の信憑性は高い。

ひとまずは信じるとしよう。


「だから、彼らはターゲットから外すの。これ以上の友人は求めていないだろうし、関係を構築する難易度が高いから」


先程ライン引きされた久保グループが、ぐりぐりとシャーペンで上塗りされていく。ブラックホームに吸い込まれる小隕石を連想する。かわいそうに。


「次は、女子のグループだけど……これも同じ。岬君じゃ難易度が高いから」

「決めつけはよくない。可能性に賭ける人間だけが、いつの世も世界を動かしてきたんだ」

「じゃあ挑戦してみる?」

「……拒否する」

「よろしいっ」


同じように、グループを構成する女子達が塗りつぶされていく。

何度か作業を繰り返すと、7人程度の男女が残った。


「この人達が候補かな」


その中に、見知った名前があった。


『柳田 優里』。

今朝、俺に話しかけてきた黒髪の女だ。


「こいつ……」

「ん、柳田さん? ……あー」


そう言うと、夕凪は考え込むような仕草をとった。今朝の出来事を考えているのかもしれない。


「よし、柳田さんをターゲットにしよっ」

「構わないが、理由は?」

「友人が少ないっていうのもあるけど……何より、向こうが君に興味を持ってるってところがポイントかな」


確かに……今朝の出来事も、向こうから接触してきたのが始めた。彼女が俺に何らかの興味を持っている可能性は否定出来ない。まぁ、その理由が何かは知らないが、イチから人間関係を構築するより、何らかの橋頭堡がある彼女の方が攻略しやすいというのは最もだ。


「それで、具体的な作戦展開期間の目安はどのくらいだ」

「さ、さくせんてんかいきかん……」

「……目標達成までの期間は、どのくらいだ」

「4月中が目安かなっ。その方が楽だしっ」


確かに今の時期は、高校生になりたてということもあってクラス内での人間関係は目まぐるしく変動している。

グループや友人関係が固まりきらない内に、作ってしまえということだろう。


「炭は熱いうちに打て、だよっ」

「あぁ、砕けるな」


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