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4 現代司法は間違っている

秋葉原駅から、100メートル程離れところにある大型施設UDX。半ば連行されるような形で連れてこられた俺は、訝しげに夕凪を見つめる。

引きずられた背中がピリピリと痛む。


「ここまで来れば安心かな‥‥‥」 


ほっ、と胸を撫で下ろす夕凪。

だが、悲しいかな。絶壁の如き胸は、撫でた腕スルリと滑らすだけで沈黙している。


「ちっさ‥‥‥」


心の中で留めるつもりが、するりと口を抜けてしまう。


「どっ、どこが。どこが!」

「‥‥‥背丈だ」

「うそつき! どうせ胸でしょ!」

「……正解」

「うがーーー!」


心を、読まれた‥‥‥? なんだこいつエスパーかよ。

そういえば2040年で、政府軍の連中は「超能力」の研究を行っていた。当時は、そんなことに金を回すなら現場改善に努めてくれと憤慨した物だったが‥‥‥あながち間違いではなかったのかもしれん。


「って、そんなことはどうでもいいの!」


何やら立腹している様子の夕凪。


「君、あれはやりすぎ!」

「あれ、とは」

「さっきのパンチだよ! 」

「お前の指示だろう」

「あそこまでやれなんて言ってないよ! 一芝居うってもらうだけのつもりだったのに‥‥‥」

「何か不味かったのか?」

「そりゃもう! 暴力沙汰なんて、とんでもないって! 警察呼ばれたらどうするつもりなの!?」


どうやら現代の司法では、あの行為はNGらしい。

だがな、間違っているのは俺の方じゃない。世界の方だ。


「夕凪。お前に一つ、いいことを教えてやろう」

「な、何かな?」

「問題が起こった時――最もスマートで手っ取り早い解決方とは、『暴力』だ」

「ぜんっぜんスマートじゃないよ! 暴力とは180度真逆にある言葉だってばそれ!」


反論できん。


「‥‥‥騒がしい女だ」

「むきーっ!」


ヒステリックに騒ぎ立てる夕凪。

だがな、暴力 is best ということは、過去の歴史――人類史においての戦争――が証明しているんだ。

ただ、どうやら現代日本においては歓迎されないらしい。意外だ。


「はぁ、はぁ‥‥‥」


騒いで疲れたのか、夕凪は肩で息をする。


「‥‥‥君、自己紹介でアメリカで育ったって言ってたけど‥‥‥アメリカって、ああいうのが日常なの?」

「あぁ。銃弾と拳が飛び交い、V2飛行爆弾が飛び交う自由の国。それがアメリカだ」

「へぇ〜‥‥‥」


ジトっとした目を向ける夕凪。

なんだ、疑っているのか。

‥‥‥怪しまれて、ないよな?


「ねぇ岬君」

「な、なんぞ?」


しまった。動揺のせいでおかしな言葉が口から出た。


「君、アメリカ育ちっていうの、嘘でしょ」

「‥‥‥‥」

「嘘、でしょ」

「‥‥‥」


!!?!!?!?!!

やはりこいつ‥‥‥エスパーか!?


「なんで、そう思う」

「いや、世の中の大半の人は察しが着くと思うんだけど‥‥‥」


そんなことを言う夕凪は、どこか呆れたような表情だ。

ぐっ‥‥‥。そんな世の中は間違っている。

動揺を悟られまいと、顔を下に向ける。

それにしても、マズイ。クラスメイトにバレたこともそうだ。ここ数日、クラスを観察してみたが‥‥‥夕凪はクラスにおいての中心人物。

今風に言い換えれば、スクール‥‥‥わ、ワースト?カースト?の頂点に君臨している。クラスにおいて、情報の集積地であり、発信地でもあるわけだ。

軍隊で例えるなら、ヘッドクォーター。そんな彼女に『転校生は一般人を血祭りにあげるクレイジーなヤツだぜHAHAHA!』と吹聴されてみろ。平穏な学園生活がオサラバすることは想像に難くない。

思索を巡らすが、解決策はちっとも湧いてこない。

万策尽きた、か‥‥‥?

弁解する内容も思いつかず、黙り込んでしまう俺だったが‥‥‥


「まっ、深くは聞かないよ」 

「はっ?」

「追求されたくないでしょ? だから気にしないって」


あっけらかんとした様子で、そう答える夕凪。明る気な表情の奥には、作為や打算とは程遠い、無邪気さだけが見え隠れしている。


「気にならない‥‥‥のか?」

「そりゃ、気にはなるけど‥‥‥人を不快にさせてまで知りたくはないかなぁ」


えへへ、と小さな笑みを浮かべる彼女。

どうやら俺は、重大な勘違いしていたらしい。スクール○ースト(あやふや)の頂点に位置しているのだから、狡猾で非情な人間だとばかり考えていたが‥‥‥そうではないようだ。


「あ、それと、ありがとね」


そう言って夕凪はぺこり、と頭を下げる。


「? なんで礼を言う」


礼を言いたいのはむしろこちらなんだが‥‥‥。

そう言うと、夕凪は意外そうな顔をした。


「形はどうであれ、一応助けてくれたんだし。お礼は言っておくべきかなー、って」

「礼を言われる筋合いは無い。善意から助けた訳じゃないんだからな」


腹が減ってたし、早く家に帰りたかったから助けたまで。そこに善意は無く、ましてやクラスメイトとしての義理なんてものは欠片も無かった。

食欲だけが、そこにあった。


「‥‥‥なんか君、変わってるね」

「まぁ、そうだろうな‥‥‥」


思わず同意してしまう。

彼女の価値観は、平和で道徳的な2018年のモノだが‥‥‥対する俺のそれは、泥水のように黒く濁った、混沌とした時代のモノだ。押し付けられた宗教観と、それを疑おうとする自意識。そいつらがごちゃまぜになって出来た価値観が、現代のそれとかけ離れていることは想像に難くない。


「君に善意が無くても助けてくれたのは事実だし。お礼は素直に受け取るべきだよっ」

「……そういうものか?」

「そういうものなのっ!」


納得できない‥‥‥が、ブレザーのポケットからメモ帳を取りだし、『お礼は素直に受け取るもの』と書き込む。


「それじゃ、私はそろそろ帰るね」


少し話し込むつもりが、かなり時間が経過していたらしい。さっきまで浮かんでいた夕日はビル群に吸い込まれ、半月が顔を覗かせていた。辺りは薄暗い。


「あぁ」

「また明日学校でねっ」


夕凪は向日葵の様な笑顔で俺に挨拶を告げ、秋葉原駅方面へと歩き出した。

俺もアパートに帰る為、反対方向の神田消防署方面へと向かう。彼女に背を向け、歩き出し――


「おーーいっ!」


とんとんっ、と肩を叩を叩く感覚。

振り返ると、秋葉原駅へ向かったはずの夕凪がそこにいた。


「どうした」

「あの、1ついい?」

「構わないが」

「あのねっ――」


そう言って、さっきとは打って変わった真剣な表情をこちらに向ける夕凪。


「何か困ったことがあったら、私の所に来てっ。たぶん、力になってあげられると思うから」


「――!」


言葉が出ない。

喜び、怒り、嫌悪、嫉妬――その感情全てが消去され、『困惑』が心に浮かび上がってくる。

なんでだ? 目の前のコイツからは、打算も、狡猾さも、欲も――どれも感じられない。

ただ、『力になってあげる』と。透明な水のように純粋な善意を、まっすぐにこちらへ投げつけてきた。

家族でも、戦友でも、ましてや教祖ですらない。出会って日の浅い俺に対してだ。

メリットなんて何一つないだろう。それなのに、なんで夕凪は、笑っていられるのか。

疑問が頭を覆い尽くし、思考を鈍らせる。


「なんで‥‥‥」


咄嗟に口を突いた言葉。

たった3文字の問いで、彼女は全てを答えてくれるのだろうか。それを求めるのは、俺の傲慢なのかもしれない。それでも、聞かずにはいられなかった。

そんな俺の葛藤など、知りもしない彼女は――


「だって君は、私のクラスメイトで。私を助けてくれたんだから。理由としては十分だよ」


そう言うと、少し照れ臭そうな顔をして笑った。

‥‥‥ダメだ。いくら考えても、目の前の彼女の頭の中は理解できそうに無い。


「それじゃっ、またね」


待ってくれ、行かないでくれ。

目の前の彼女の重要度が、メキメキと上昇するのを感じる。


「‥‥‥待ってくれ」

「?」


夕凪の考えは、以前として理解できない。でも、彼女の提案が、俺にとっての助け縄のように思えた。

これに甘えない手はないだろ。


「恥を偲んで、頼みがある」

「んっ、どうしたの?」

「俺に――」


「――俺に、学校での立ち回りを教えてくれ」


――

これが、俺と夕凪神奈の出会いだ。

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