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17 クレイジーサイコ女ココネ

普段通り、秋葉原駅は人でごった返していた。京浜東北線からホームへ降り、秋葉原駅を後にする。 


『ごめんっ。6時から、ミキちゃんと洋服買いに行く約束してて……』


夕凪は友人と浦和に行くとのことで、今日は一人で帰ることになった。別に、珍しいことじゃない。いつも一緒にいるから忘れそうになるが、夕凪はスクールカースト(昨日調べた)上位勢。俺と交友を持っていること自体、奇跡のような物だからだ。


そんな訳で、末広町にあるアパートに向けてUDX沿いを歩く。


「……」


車のエンジン音、すれ違うカップルの談笑、UDXの野外カフェで、ウェイトレが慌ただしく働いている――――金曜日の夕方にも関わらず、街中は賑やかだ。でも、誰も俺のことを気にも止めない。まるで、透明人間にでもなったかの様な、不思議な感覚だ。


「……?」


ふと、違和感を覚える。

秋葉原の喧騒に紛れて、誰かが俺を見ているような。それも、一瞬じゃない。何十秒間もずっと注視されている感覚だ。


人とは、自分で意識せずとも気配を放っている。これはオカルトとか眉唾とかそんなモノじゃあない。呼吸、衣擦れ、脈拍、足音――――無意識に放つ微細な音。20dbにも満たないこれらの音は重なり合うことで、知覚音域まで増幅され、俗に言う『気配』という存在に昇華されるのだ。

未来では、義務教育課程における教科――『体術Ⅱ』で、気配の感知方法を学ぶ。本来は全身の神経を研ぎ澄ませ、集中しなければ感知することが出来ないのだが……物事は慣れ。戦闘を重ねる内に、自然と行えるようになった。

現代に来てからでも、その感覚は抜けきっていないようだ。

発生源は……後方。距離は35.6mといった所か?


「……ッ!」


勢い良く振り向き、その姿を視界に捉えようとする――しかし。

そこに、それらしき姿は無い。

勢い良く振り返った俺に驚いたカップルが、ギョッとした目をこちらに向けているだけだった。

気のせい、か……?

現代に来てから、感覚が鈍ったのかもしれない。それもそうだ、かれこれ2ヶ月以上、戦闘行為を行っていないからな。腕――というか耳が鈍っても、不思議じゃない。


そもそも追跡者がいたとして、俺を尾行するメリットは何だ。現在の俺はただの男子高校生。戸籍データでもそうなっているはず。そんな人間を付け回して、どんな得をするっていうんだ。

少し不安だけど……きっと、気のせいだろ。


5分程度歩いて、木造のアパートに到着した。俺の住処は2階。1番端っこの205号室だ。ギシギシと軋む、ボロい鉄製の階段を登る。

制服のポケットから鍵を取り出し、部屋に入る。


「……ただいま」


そんな言葉を言ってみるが、ここに住んでいるのは俺1人。当然、「おかえり」は返ってこない。

別に、返事が返ってくるだなんて思っちゃいない。ただ――現代では家に帰った時、「ただいま」というのが礼儀だと、本に書いてあったからそれを実行しているだけだ。こうやって現代の価値観に頭を馴染ませることは、とても大切。


玄関の縁に腰掛け、革靴の紐をほどく。


「おかえりー」

「あぁ、ただいま」


きつく結びすぎたのか、紐はなかなかほどけない。えいっ、えいっ。ほどけん。

……まさか、米国の一個大隊を壊滅させた俺が靴紐程度に苦戦させられるとはな。

俄然、燃えてきた――って、えっ?

……今、「おかえりー」って聞こえたような。


靴紐との戦闘を中断する。

辺りを見回す。玄関には、俺以外の姿は見えない。

このアパートの間取りは2DK。玄関とはどの部屋も扉で隔たれていて、ここから中を伺うことは出来ない。

思えば、違和感がある。

どうしてスイッチに触れていないのに、玄関の電灯が付いているんだ? 

いつも新聞入れに入っているはずの夕刊は、どこにいった?

買った覚えの無い芳香剤。ピンクのあしらわれた、小綺麗なマットレス。

今朝、ここを後にした時の光景――その時との小さな違いが、あちらこちらにある。

力任せに革靴を脱ぐ。傷んでしまうかもしれないが、仕方がない。

ダイニングキッチンに続く扉から、人の気配を感じる。さっきとは違う、確かに人がいる感覚だ。


心当たりは無い。もしかすると――俺の行動に気がついた未来のレジスタンスが送り込んだ暗殺者か? いや、「おかえり」なんて言う間抜けな暗殺者、いてたまるか。


じゃあ、誰だ?


獣のように腰を低く据え、戦闘体制を取る。扉に近づくにつれ、気配が濃くなっていくのがわかる。

不思議なことに、柑橘系の甘い香りもする。

恐る恐る、ダイニングへの扉を開くと――


「―――っ!」


女が、いた。部屋の奥――壁に併設されたキッチンで、鍋をかき混ぜている――どうやら料理をしているようだ。俺に背を向けているせいで、顔をうかがい知ることは出来ない。

でも、俺はその後ろ姿に見覚えがあった。


「……ぅあ」


思うように口が動かない。言葉を発しようとしても、漏れるのは空気だけ。体も、固まりかけのセメントのように硬直してしまっている。裏腹に、心臓だけが――バクバクと、弾けんばかりに脈打っている。


「おかえりなさい、リンっ」


俺に気がついた彼女が、くるりと振り返る。

耳の少し下で束ねられた、おさげの髪型。ブロンドに輝くそれは、トパーズの原石のような――不思議な光沢を放っている。

相変わらずの美しさ、だ。物資が乏しい未来(・・・・・・・・)でも、彼女の容姿は不思議なぐらい綺麗だった。


「お風呂にする? ご飯にする? ううん、もちろん私だよね?」

「う……」


何がもちろんなのかわからない。最後のやつ、選択肢に入ってなかったろ。

いや、まず――彼女がここに存在していること自体、理解出来ない。

………いや、理解出来ないというより、認めたくない。


「あっ、ごめん。そうすると、先にシャワー浴びなきゃだよね? お風呂沸かしてあるから、一緒に入ろっか」

「……なんで」


やっとの思いで、絞り出した問い掛け。混乱する頭では、三文字が限界だった。


「なんで、って……シャワー、浴びない方がいいの? 少し恥ずかしいけど、リンが好きならそれでも――」

「違うっ。なんでお前――ココネが、現代に居るんだっ」


目の前にいる少女――ココネは、ここにいてはいけない人間。俺と同じ未来人だ。

そして、俺が現代に逃げてきた理由の1つでもある。


そんなココネは、俺の問い掛けを受けて不思議そうに首を傾げた。


「リンの隣が、ココネがいるべき場所なんだよ。そんなの、当たり前でしょ」

「訳のわからんことを言うな。現代じゃ、そういう人間をデンパって言うんだよっ!」

「訳がわからないって……なんでそんなこと言うのッ!? 」

「ひぃっ……」


会話を初めて1分足らずで、クレイジーぶりを発揮。さっきまでの向日葵のような笑顔はどこへやら、悪鬼羅刹も裸足で逃げる表情へと変貌を遂げた。

思わず少女みたいな声を上げてしまう俺。

きしょいな、俺。


「リンったら……ココネのことを置いて過去に行っちゃうなんて、裏切りもいいところだよッ!」 

「それは……」


マズいぞ。ココネは、俺に邪険に扱われると豹変するケがあった。そして、人格のスイッチが切り替わると――俺を束縛しようと、攻撃してくる。

どうにかして切り抜けないと、刃物沙汰は不可避。下手をすれば、二人揃ってお陀仏になりかねん。


「俺は……タイムマシンの誤作動で過去に飛ばされたんだ。お前を置いて行くつもりは無かった」


咄嗟の言い訳だが、こうする他ない。


「嘘つかないでっ! 目を合わせて喋ってよッ!」


ひぃっ……。

テンパり過ぎて、視線を逸しながら話してしまったことが裏目に出た。

マズい、どんどんヒートアップしている。

ここで俺は、対話は不可能と判断し――逃亡に作戦を切り替える。


「嘘じゃない。和室の押入れの中に証拠が入ってるから、それを見れば分かるはずだっ」

「和室の、押入れ……」

「そうだ。そこに証拠がしまってある」

  

もちろん、嘘だ。


「探してくるッ!」


よしっ……! 心の中でガッツポーズを取る。


和室の扉が閉まるのを確認してから、急いで玄関へと向かう。彼女がダイニングに戻る前に、ここを脱出するんだ。

物音を経てないよう、玄関から外へ飛び出す。鍵は掛けない。そんなことをする時間があれば、一刻でも早くアパートから離れるべきだ。

ココネの行動を見るに――恐らくだが彼女は、俺個人を追跡する手段は持ち合わせていない。学校へと押しかけて来なかったのがその証拠だ。何らかの手段(・・・・・・)を用いて俺のアパートを特定し――ピッキングにより、忍び込んだ。そう考えるべきだろう。

……あっ、学生鞄、アパートに置いてきちまった!

ぐっ……今更遅い。アパートに戻ったら、ココネと鉢合わせることは明白。そうなったら、冗談抜きで死にかねん。

持ち金0円で街に出るのもやむなし。当分、芳林公園でサバイバル生活を送ることになりそうだ。食料は木の根っこ……。

錆だらけの階段を駆け下り、秋葉原駅に向かって走り出そうとした――そんな時。


「うぉっ」

「きゃっ!」


何かとぶつかった。勢いが付く寸前だったので、俺は転ばずに済んだが――相手は、コンクリートに尻餅をついている。

焦っていたのが裏目に出た……! 放置する訳にもいかないので、手を差し伸べる。


「大丈夫か、お前――って」

「いたた……うぅ……」


目の前の彼女――聖星の制服に、肩をゆうに越すロングヘアー。柳田 優里で間違い無いだろう。

なんでここに……?


「わ、わたしっ。あのっ、ち、違くって。決して後を付けていた訳じゃ――」

「とりあえず落ち着け。ほら、立て」


わたわたと振られる手首を掴み、柳田を立ち上がらせる。

タイムロスになってしまうが、致し方ない。


「お前、どうしてここにいる?」

「あ、あのっ……」


柳田を見ると、まるで教官に叱られる新兵のように怯えた表情をしている。

そんな柳田を見て、ある可能性が浮かんだ。

もしかして――


「家、近いのか?」

「ふぇっ? ――う、うん。そうなの。家、近いの」


何やら戸惑っていた様子の柳田だが、嘘を付いている様ではなさそうだ。

思えば、いつかの朝――彼女はUDXの前をうろついていたことがあった。確かに、近くに家があるのかもしれない。


(………!)


咄嗟の閃き。木の根っこ生活を打ち破る方法が、稲妻の様に頭をよぎった。

死中に活を見出すとは、こういうことなのかもしれない。


「なぁ、柳田。俺とお前は、友人だよな?」

「えっ―――うん。もちろんそうだよ!」

「それなら話が早い。お前を友人と見込んで、頼みがある」

「う、うん。……どうしたの?」

「家、泊めてくれないか?」

「……ふぇっ?」



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