15 体系・年齢・体重
「うーむ……」
時刻は5時10分。
グラスに注がれたアイスコーヒーを前に、俺は頭を悩ませていた。
「どうしたの? コーヒーが苦かった?」
オレンジジュースをちびちびと飲み干しながら、夕凪が問いかけてくる。
ここはいつもの空き部室ではない。秋葉原UDXビルを末広町側に抜けた交差点にあるファミレス、ロイヤルホストだ。
『帰る方面は一緒なんだし、たまには別の場所で反省会しよっ』という夕凪の提案があり、特に反対意見も無かった俺は二つ返事で賛成した。
「いや……あらためて、自分の常識の無さを噛み締めているところだ」
「へぇ、なにかあったの?」
「柳田のことなんだが……」
そう切り出した俺は、今日の昼食のことを話した。
柳田の積極性を不思議に感じたこと。
過去に会ったことがあるのか、聞いたこと。
結局、過去の接点が存在しなかったこと。
あと、彼女が大食いなこと。
「現代――っと、日本では、これが普通なのか? 俺のいた場所じゃ、そんな積極的にコミュニケーションを求める人間は少なかったんだが……」
それらを聞いた夕凪は、口元に手のひらを寄せ、考える仕草を取った。
「大食い云々はどうでもいいけど……岬君が疑問に思うのもわかるよ。柳田さん、岬君に積極的というか、何か興味がある感じだもん」
「やっぱりそう見えるのか。でも、過去に接点が無いとしたら、一体どういうことなんだ」
「うーん……あっ」
「なんだ」
「もしかしたら、一目惚れとかっ」
「ヒトメボレ……?」
ヒトメボレ……人目彫れ?
まて、目を彫るのは残虐すぎる。失明じゃ済まないぞ。
ヒトメボレ……一目惚れ、か?
「いや、ないだろ」
「いや、わかんないよ? 岬君、目付きは最悪だけど、身長高くて細身だし。女子の中じゃ、結構評判いいんだよ」
げっ……。
心の中でうめく。
戦闘中の瞬発力を高める為に筋肉を絞った成果がこんなところに出てくるとは。世の中わからないものだ。
「なんで微妙そうな顔してるの?」
「……目立つのは好きじゃない」
注目されるということは、自分の情報を知られ、対策を取られる可能性が高まるということだ。それは戦場においては命取りになりうる。
現代でも同じことで、目立てば目立つ程、『平凡』から遠ざかることは明白だ。
「じゃあ嬉しくないの?」
「いや、褒められることは嬉しいぞ? 目立ちたくない欲の方が上ってだけで」
「へー。普通の男子高校生なら飛び跳ねて喜ぶシチュエーションだけど……岬君はやっぱ変わってるねぇ」
ぱっちりと目を開き、驚いた様子の夕凪。
普通の男子高校生は目立ちたがりなんだな。
普通の男子高校生……。
普通=平凡。
あれっ?
「ウレシイナァ…」
「えっ」
「トビハネルホドウレシイゾ……ヒヒッ」
「ひぃっ! 目が笑ってないよ岬君……」
普通に引かれた。
悲しくなったので、コーヒーに癒やしを求める。うん、美味しい。下手なインスタントコーヒーよりも良い香りだ。
「ごほん。色々と疑問はあるが……現状、柳田とは上手くコミュニケーションを取れていると考えている。夕凪から見たらどうだ?」
「うん、いいと思う……って言いたいけど、1つ気になる箇所があるよ」
「なんだ」
「女の子に食事量が多いとか言っちゃダメっ」
「フードファイターという比喩表現ならセーフか?」
「もっとNGだよっ!」
デリカシーが無いだのぶつぶつ呟く夕凪。
「岬君にいいこと教えてあげる」
「なんだ」
「女性とコミュニケーションを取る上で、体系・年齢・体重の話はNG! 胸のサイズなんてもってのほか!」
最後のは絶対私情だろ……。口にするのも野暮なので、ここは素直に聞き入れておく。
「了解、心に留めておく」
「うんうん……あ、背が小さいとかも言っちゃ駄目だからね」
「……ところで、腹も減ったし食事でも頼むか。夕凪はお子様ランチでいいか?」
「君、確信犯でしょ!」
二つ結びの髪を逆立てて怒る。中に針金でも入っているのだろうか、器用なやつだ。
「適度なイジりは会話を円滑にするけど、使い過ぎには注意っ! これは会話の鉄則! だから胸と身長の話は無しっ!」
まぁ夕凪の言うとおり、何事も加減が重要だ。イジリとやらがイジメとやらに発展するかしないかの線引きは、そこにあると思う。
ここは素直に従って、話題を変えるとしよう……と思ったが、夕凪の方が先に口を開いた。
「まぁこの話はさておき……次にやるべきことを伝えるよっ」
話が横道にそれて忘れかけていたが、この場は反省会。
平凡な学生生活を送るため、俺の行動を矯正する場なのだ。
「あぁ、次は何をすればいい」
「柳田さんとの中を深める。以上!」
「……それだけか?」
「うん、それだけっ」
「他になにかやらなくていいのか」
「柳田さんと話せば、他人との距離感・会話のテンポもある程度掴めるでしょ?」
柳田は同年代の女子だ。彼女と話すことで、コミュニケーションのノウハウを培うことが出来る、そう夕凪は言いたいのだろう。
確かに一理ある。下手に動くより、安全策の方が上手く行くことは経験済みだ。ここは従っておこう。
「わかった」
「まっ、今のままでも会話は大丈夫そうだけどね」
そう言ったところで、ウェイターがトレーを運んできた。生クリームと大粒のイチゴで構成される、山盛りのイチゴパフェ。
夕凪のオーダーした品だろう。
夕凪が表情をぱぁっと明るくする。
「いただきまーすっ」
「太るぞ」
「うっ……」
「まぁ胸は太らないんだろうけど」
「前言撤回! ぜんぜん大丈夫じゃないよっ!」




